(8)夕闇の馬上
サブタイトル追加(2008/11/09)
(8)
車輪が石に乗り上げる不快な振動が身体を揺らす。
「不機嫌そうだな。」
レミー正面に座るグリュートが口を開いた。
「そんなことはありません。」
レミーは明らかに不機嫌そうに答えた。
「ふむ・・・何かあったのか?」
グリュートはレミーの隣に座るベルを一瞥する。
「・・・・。」
ベルは特に何も答えずただ肩をすくめただけだった。
「ところで、なぜ、王宮魔術師殿が同乗しているのですか?」
レミーの反対隣座るミリオンがベルに視線を向けながら口を開いた。
「私の側近としてだ。そなたも知っているとは思うが、ベルディナは元々私の教育係だったからな。」
「それは存じています。しかし、それは以前の話なのでは?」
ミリオンはまだ納得いかなそうな顔をしている。
「まあなんだ。大陸きっての優秀な魔術師を自慢するには格好の機会ということだ。」
ベルはつまらなさそうに馬車の外に視線をやった。
「そうあからさまに言うでない。」
グリュートは諫めるが当の本人はまるで聞いていなかった。
「どういうこと?」
レミーはそっとミリオンに耳打ちする。
「遠回しな自慢だよ。ベルは、あれでも現在最も偉大な魔術師って言われているからな。」
「そうなんだ。現在最も偉大な魔術師か・・・。なんだかすごいね。」
レミーは感心するように頷いた。
「別に、そんなたいしたもんじゃねえよ。周りの連中が勝手にそう呼んでるだけだ。」
ベルはレミーの呟きをまるで無感情に否定した。
「・・・・・。」
レミーはそれを聞かなかったふりをして窓の外を見つめた。黄昏の気配が外に漂い、世界は闇に包まれようとしている。
「そういえば、今向かっている、・・・その・・、エスフェリオン王国でしたか。そこはどのような国なのですか?」
レミーはとぎれた会話を持ち直すように口を開いた。
「緑豊かな国だ。私もあの国のように、王宮にいろいろな木を植えたいものだ。」
グリュートは瞳をランランとさせ語り始めた。
「時間がなくてできないって、いつも嘆いてたな。」
ベルが代弁するように口を挟んだ。
「そうだ。さっさと後継者でも立てて、私は隠居したいものなのだが。」
「その跡取りもまだその年齢に達していないですからね。」
ミリオンが苦笑しながら言った。
グラジオン王国の跡取り、それはレミーの事を言っているのではない。彼女ももうずいぶんあっていないが、彼女にはレイリアという弟が一人いる。今はスリンピア王国に勉強に言っているが彼の噂はたびたび本国にも届いている。その書状では測ることは出来ないが、つかの間の自由な生活を満喫しているとのことだ。
後数年もすれば王国に帰ってくる予定ではあるが、さて、どうなるかなというのはベルの言葉だ。
「まあ、後10年ぐらい我慢すりゃいいんじゃねえの?そんなに先のことでもあるまいし。」
「そなたにとってはたかが10年だが、私達にとっての10年は長いものなのだ。」
ベルは実に気楽に言うが、それはあくまでもエルフ族としての感覚だ。人の身であるグリュートにその感覚を共有しろと言っても無理な話だ。
「そりゃそうか。」
エルフ族の時間の感覚は人間のそれとは違う。エルフはざっと1000年近いの命を持っているため、10年や100年など気を抜いたらあっというまだ。
「これでも、そういった感覚はずいぶん人間に近づいたと思ってるんだけどなあ。」
「人里で過ごすのが長いからですか?」
「そうだな。」
レミーの質問にベルはどこか遠い目をしながら答えた。
「それはそうと、ベルディナ殿はラジオン王家に来られる前はどちらにおられたのですか?もう40年ぐらいはこの王国に在住されておられるのでしょう?」
ミリオンはベルの顔をのぞき込んだ。
「王国に来る前の100年間は魔法ギルドにいたな。」
「なるほど、そういえばギルドで教鞭を執っていたと聞き及んでいました。」
「ミリオンはどうだったのですか?」
「私ですか?私はずっと旅をしていました。王宮騎士団に入る前は冒険者でしたからね。」
「それは初耳です。」
レミーは”いいなー”と思いながら相づちを返した。
「憧れるでないぞ、我が娘。」
グリュートは苦々しい表情でレミーを諫める。
「分っています。」
レミーは内心すこしあわてながらも表情は冷静を保った。
「それならよいのだが。」
「いいじゃねえか。今の国王だって若い頃はしょっちゅう城を抜け出していたわけだし。」
ベルはにやにや笑いながらグリュートの目を見た。
「それは、言わない約束だ。」
グリュートは座席に座り込む。
「そのたびに前国王の愚痴につきあっていたのはどこの誰だったかな?」
ベルはにやにやしながらグリュートの顔をのぞき込んだ。
「ああ、ベルディナ・・・。分っておるよ。そなたには面倒をかけた。それには感謝しておると、いつも言っておろうが・・。」
「まあ、感謝されるほどのことはしてねぇんだけどな。」
ベルは肩をすくめた。
「陛下。もうそろそろエスフェリオン王国に到着となります。」
そんな会話の合間をねらっていたのか、行者の物が馬車の中に顔を覗かせた。
「うむ、ご苦労。」
グリュートは適当に答えると降りる準備を始めた。
「意外と近いのですね。」
レミーは馬車の窓から外を眺めた。その向こうから王宮の城壁がどんどんと近づいてきていた。
「相変わらずでかい王宮だぜ。目がくらみそうだ。」
ベルは窓から身を乗り出しながら大きな声で叫んだ。
ともすれば子供みたいな仕草をする彼を見てレミーは違和感を感じた。