(4)午後の憂鬱
現在修正第二稿目(2008/10/31)
・本文大幅修正
・サブタイトル追加
公務に多忙を極める父王は昼食の場に現れることはなかった。いつものことと諦めながらも侍従が周囲に控える中、レミュートは少し寂しい思いで昼の食事をとった。
本当は、ベルディナ達と一緒に食堂で昼食をとりたかったがそればかりは許されるはずもない。
ミリオンもそんな彼女の側に控え終始無言で彼女を見守っていた。他人の感情の動きには少しばかり疎い彼から見てもレミュートの背中に寂しさが漂っていることは明らかだった。
彼女に何かしらの声を掛けてやれれば良かった。しかし、侍従の見守る中では彼の仕事に対する責任感はそれを阻害した。ベルディナだったら、おそらくそんなものは気にせずいつものように少しセンスに欠ける冗談の一つでも言って場を和ませただろう。
ならば、せめてレイリア王子がここにおられればと考え、ミリオンは詮無いこととそれを打ち消した。
レミュートには双子の弟がいる。王国の王子として生を受けたレイリア・アンファイン・グラジオンは数年前から王宮を離れて、今は異国の地にいる。
王位継承権を持つ次代の国王として期待されている彼は王家の慣習に倣い現在は、他国に留学している頃だと聞いている。
レイリアとレミュートは母親を早くになくしてしまったせいかとても仲の良い姉弟だった。
ミリオンは知らないことだが、幼少の頃はレミュートはレイリア、ユアと共に毎日を過ごしとても良く笑う朗らかな少女だったらしい。
レイリアが留学し、ユアが責任のある仕事に就いてからというもの彼女の笑みには少し影が差すようになってしまったと人づてに彼は聞いていた。
王位継承権を持たない王女が王宮で与えられる自由はいかほどのものか。彼はそれを考える度に胸が重くなるのを感じていた。
自分に何が出来るのかと考えていつも居たる答えは、結局自分は一塊の騎士に過ぎないという現実だけだった。
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昼食後、朝の挨拶の際に言われたとおりエスフェリオン公国の使者が王宮に現れ、国王と謁見した。
その煩わしい公務から解放されたレミュートは先ほど謁見の間で行われた話を思い返していた。
エスフェリオン公国からの使者が述べる長々とした口上を右から左に逃しながらただ時間が過ぎるのを待ち続けていたレミュートは、使者が最後に述べた口上だけは聞き逃すことが出来なかった。
『さる明後日、我が公国の皇太子殿下におきまして生誕の晩餐会を催す予定でありますにつき、国王陛下、王女殿下におかれましては是非ともご出席を賜れますようお願いを申し上げる所分にございます。』
それを聞いた瞬間、レミュートは憂鬱の上にさらなる憂鬱がのしかかることを感じていた。
「パーティーに出席しなければならなくなったわ。何でもエスフェリオン公国の公子の誕生日なんですって。」
謁見の場に居なかったミリオンにそれをきかれたレミュートは投げ出すかのような声で答えると「はあ・・」と肩を落とした。
「それは・・・、何ともいえないことだな。」
ミリオンは空を仰ぎ見た。太陽はちょうど斜めから彼らを見つめている。彼らはそれがまるで自分たちをあざ笑っているかのように見え、妙に憎々しかった。
その話を聞いた頃にはミリオンはすでに理解できていた。何でも、そのパーティーに出席するのは国王陛下と王女殿下であるらしい。
そうなれば当然、その専属護衛官である自分も例外ではないということだ。
(まったく、冗談じゃない。)
実のところ、この王国に来る前は自由気ままな旅人ミリオンもレミュートに負けずそういった堅苦しい場所を嫌っていた。
(まあ、今更じたばたしてもはじまらんか)
ミリオンは首を振って邪念を追い払うと、
「ところで、この後の予定は?」
「本日はもう部屋で休みます。夕食後も特に出歩くことは無いと思いますので本日の職務はこれで終了となります。お疲れ様でした、ミリオン。」
すっかりふてくされてしまったのか、侍従の手前王女らしい言葉遣いをしているがその口調はあまりにもとげとげしい。
「承知いたしました。ごゆっくりお休みくださいませ。」
ミリオンは深々と礼をし、去りゆくレミュートを見送った。
「すっかり嫌われちまったみたいだな。」
レミュートの護衛の仕事が無事に終わったことに少しばかり気を抜きかかっていたミリオンにその奇襲はあまりにも心臓に悪かった。
ミリオンはわずかにびくっとすると、その声がした方、つまり背中の方に向き直った。
「・・・ベルか・・・あまり私を脅かすな。」
奇襲の相手が見知った相手であると知ると、ミリオンは一気に肩を落とした。
剣士としての習慣か、無意識に握っていた剣のグリップから指をはがしながら彼はベルをにらんだ。
「まあ、そういうな。護衛の仕事が終わったんだろう?だったら少しつきあえ。」
ベルはどこから持ち出したのかテーブルと椅子の一組を指さして彼を促す。
ミリオンは肩をすくめながらもベルの誘いに乗ることにした。
二人は椅子に腰を下ろした。
ベルは湯気を立てているポットを傾けると、ミリオンと自分のカップに紅茶を注ぎ込んだ。
点てて少し時間がたっているのか、紅茶に関しては素人であるミリオンでもその温度は低すぎると分かるほどそれは冷めてしまっているようだ。
「それにしても。」
と、ミリオンが紅茶を一口飲んで気分を落ち着けたのを見計らってベルディナは口火を切った。
「なんだか憂鬱そうじゃねぇか。なんかあったのか?」
ミリオンはそれをきいて薄く笑みを浮かべた。
(全くこの男は何処までもお見通しなのだな。)
ミリオンはカップをソーサーに下ろすと、少し彼に愚痴を聞いてもらうこととした。