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(2)王国の朝




現在修正第二稿目(2008/10/30)

 ・本文修正

 ・サブタイトル追加

「・・・頭が痛い・・・。」

 まるで四方八方から針を突き刺されたような痛みがミリオンの頭を襲っていた。

 ベルからもらった酔い止め薬が効いてきているため、目覚めた時よりも穏やかになっているが、針のむしろに横たわっているような感覚はまだ続きそうだ。

 それでも公務を果たさなければならない義務は無くなるわけではないため、だるい体を引きずりつつ部屋からはい出てきたというわけだ。

 しかし、自分はこれほどの苦痛を味わっているというのに事の発端となったベルディナはまるで平気そうな顔で歩いているというのはいったいどういう事なのだ。このかた宿酔いになったことがないと言うベルディナを彼は羨ましく思った。

「気分が悪そうね、ミリオン。」

 その隣に立つレミュートは表情を変えずにそっと耳打ちした。

「ああ、昨夜は少しあってな。」

 二人は普段は着ないようなきらびやかな服装で立っていた。

「あまり無理はしないほうがいいわよ。」

「いや、これは私の不手際だ。」

 ミリオンは「心配は無用」と言わんばかりに背筋を伸ばし、少し乱れていた髪を整えた。

「国王陛下の御成です。」

 謁見の間の側面に位置する扉のそばに立っていた衛兵が重々しい声色でそれをつげた。

 二人は会話を打ち切ると、きりっと姿勢を直した。

 彼らが立っているのは玉座の前。朝は決まってレミュートの父、グラジオン王国国王のグリュート・レファイン・グラジオンと挨拶を交わすのが決まりなのだ。

 広い部屋の側にそびえる豪華な扉が重苦しい音をたてて開かれる。

 二人はさらに背筋を伸ばし、玉座に視線を固めた。

「おはようございます、お父様。」

「おはようございます、陛下。」

 二人の声が重なり合って静かな部屋に響き渡る。

「うむ。おはよう。」

 グリュートはそのまま玉座に腰を下ろすと、思いっきりあくびをつき首をコキコキと鳴らした。

「ふむ・・・、今日も良い朝だな。」

 玉座の正面にそびえる巨大なステンドグラスからはすがすがしい朝日が差し込んできている。

「ええ。今日はとても晴れていてすごしやすい一日になりそうです。」

 レミュートはきらびやかなドレスの裾を踏まないよう気をつけながら前に歩み寄った。

「うむ。それは結構だ。」

 グリュートは柔和な笑みを浮かべると、側に控えていた側近を呼び寄せると手で合図を送った。

「本日は午後より隣国のエスフェリオン公国からの使者が来られる予定です。それまでは、特に主だった公務はございません。」

 レミュートは密かに『最悪ね・・・』と毒づいた。

 エスフェリオン公国はグラジオン王国と友好関係にある。その使者との謁見には王女であるレミュートも同席しなければならないのだ。

 同席すると言っても彼女には発言する機会など与えられず、ただ穏やかな笑みを浮かべてそばに控えておくことがその仕事となる。それを使者が述べる長々とした口上を聞きながら長時間耐えていなければならないのだ。それは苦痛を通り越して一種の拷問にも思えてしまう。

「エスフェリオン公国か・・・。書簡はしょっちゅうだが使者が直接参るとは珍しいな。」

 グリュートは側近に視線を送った。

「はい。二年前の前公主の葬儀以来のことです。」

 レミュートはなにやら嫌な予感がしたが、言葉を挟むのはやめることにした。

「今朝はこの程度だな。皆も今日一日健やかにあれ。」

 グリュートの言葉にレミュートは深くお辞儀をし、ミリオンは堅苦しい敬礼をすると二人とも静かに玉座から退出した。

「エスフェリオン公国の使者か・・・何か記念祭でも執り行う予定でもあるのか。」

 周りに誰もいないことを確認するとミリオンはさっきのグリュートと側近との会話を思い出していた。

 酔い止めのクスリが効いてきたのか、さっきまでの頭痛はずいぶんと収まりつつあった。

「分からないわ・・・、だけど・・・・なにか嫌な予感がするのよ・・・。」

 レミュートはため息をついた。

「それほど気にする事ではないだろう。」

「そうだといいのだけれど。」

 レミュートはさらに深くため息をついた。

「おや、レミュート様。朝の儀礼は終わられましたか?」

 二人の進行方向から落ち着いた老人の声がした。

「おはよう、レンジャミン。ええ、今さっき終わりましたわ。」

「それはようございました。」

 何が良かったのかはあえて追求することはしない。この老人は何かにつけて"ようございました"と言いたがるのだ。

 レンジャミンは"ほっほっほ・・"と柔和な笑みを浮かべると、

「時にレミュート様。最近、剣のほうは上達しておられますかな?」

 レミュートは心の内で舌打ちすると、

「ええ・・まあ・・・・。」

 背筋に走る冷ややかな汗を感じながらもレミュートはぎこちない笑みを浮かべる。

「陛下はかつては無敗将軍として軍を指揮されておられましたからなあ。レミュート様がその道にあこがれるのも分らないでもございませんが・・。」

 レンジャミンはすっと目を細めると、

「しかし、王女としての気質、王族としての気構えをお忘れになってはなりませぬぞ。レミュート様は、たとえ王位継承権がないにせよ、将来、この国を導く義務がおありになられますからな。」

 耳にたこができるほど聞かされたことにレミュートは表向き素直に頷くと、レンジャミンは満足そうな笑みを浮かべそのまま去っていった。

「いつものことだが、王族というのも何かと不自由なものだな。」

 ミリオンはその背中を目で追いながらそっと呟いた。

「仕方のない事よ。納得はできないけど。」

「それが賢明だ。」

 二人はしばらく道行く者達に会釈をしつつも廊下を歩いていった。

「ところでミリオン、これからの予定はどうなってるの?」

 一通り挨拶が終わったところでレミュートはミリオンに話しかけた。

「私の仕事は君の護衛だ。今日は特に騎士団長にも呼び出されていないからな。」

 ミリオンの言葉に迷いはなかった。ミリオンは王国騎士団に所属しているが、その主立った任務は王女の護衛、付き人ということになっている。

「そうね、それもそうだわ。今日もベルのところに行こうと思うのだけれど、どうかな。」

「分かった。ベルはおそらく自室だろうから問題ないだろう。」

 ベルディナは国王の補佐官であると同時にレミュートの教育係の一人に任命されている。

 ついでに言うと、ベルディナはこの王国に独自の研究室を持っている。彼が何の研究を行っているのかレミュートは知らないが、彼の日頃の言動から推察すると「社会の役に立つ何か」を研究しているといったところだろうか。

 詳しいことは述べないが、魔術師が行っている研究という物はもっぱら魔術の繁栄と神秘の具現化を目的とした物であり、ベルディナのように社会の役に立つものを研究している魔術師はある意味一般ではないともいえる。

 少し前であれば研究室に篭もりっぱなしという日が何日も続いていたようだが、どうやら今はそれも一段落ついたようで、太陽が昇っている間は城の中をぶらぶらしているのをよく見かけるようになった。

「決まりね。」

「だが、あくまでベルのところに勉強しに行くことを忘れるな。」

「それは大丈夫、安心して。」

 ミリオンがレミュートにため口をきくことはレミュートがそう頼んだからだ。王宮には同年代の子供はおらず、彼女が王女であるために気安く近づく者は少ない。ミリオンは最初は躊躇していたが、彼女のそういったいきさつを知らされた後は出来る限り彼女の要望にこたえるようにしていた。

 レミュートはそれを本当にありがたく思っている。

 そして、ミリオンと同じように接してくれるベルディナとユアに関しても同様だった。

「では、本日はベルディナ殿のところで、勉強をするということでよろしいですか、殿下。」

 廊下の隅から大臣が顔を見せたところで、ミリオンはきりっと姿勢を正すと宣言するようにそういった。

「ええ、そのように。」

 レミュートは吹き出したくなるのを堪えながらも、王女らしい振る舞いでドレスの裾をちょこっと持ち上げた。

「勉学ですか・・・いいことですな。」

 廊下の向こうから歩いてきた大臣はそういうとレミュートに会釈をして去っていった。

「いつものことだが、これは慣れないな。」

 大臣の姿が見えなくなってミリオンは姿勢を元に戻した。

「しかたないよ。ここは王宮なのだから。」

 レミュートのそのほほえみはどこか寂しげだった。

「それでは、支度を済ませてくるといい。」

「うん。ちょっと待ってて。」

 "そのちょっとが長いのだ"

 とミリオンは思うと、レミュートの部屋の前に控える。

 王女のドレスは煌びやかすぎて動くことにむかない。これから彼女はラフな格好に着替えなければならいのだが、この王女のドレスは専用の着付師が必要なぐらい複雑な構造になっているのだ。

「今日も時間がかかりそうだ。」

 ミリオンは晴れ晴れとした空に向かって呟いた。


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