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(13)そして旅立ちへ…

サブタイトル追加(2008/11/09)

(13)


 昔からお父様の偉業を聞かされ、伝説の英雄の話を聞かされ、私は幼いながらも将来は彼らのように世界中を旅して歩きたいと思っていた。

 王女という役割から逃れ、気の赴くままに世界中を旅して回りたいと思っていた。

 だけど、最近になって私は理解した。グラジオン王国の王女として生まれた以上、それは叶わない夢なのだって。

 いつかは他国の王子と結婚させられ、何の色彩も感じられない生活を送るのだろうと、あきらめかけていた。

 だけど・・・なぜ?

 私はどうしてこんなにも思い悩んでいるのだろうか?

 夢をあきらめたのならもう悩む必要なんかないじゃない。

 だけど・・・・。

 ミリオンの言葉が思い浮かぶ

『君は自分のやりたいことをやるといい。己の意志で・・・。』

 私の意志・・・私が本当にやりたいこと・・・それは望みもしない人生を甘んじることだというの?

 いや、違う・・・私は・・・・。


 レミーは緩やかに瞳を開いた。窓から差し込む柔らかな月の光はまるで初めてこの世界に生まれた時を思い起こさせる。

 いや、そんなこと覚えているはずもない。だが、彼女にとってはまるで自分が新たに生まれ変わったような感覚に包まれていた。

「・・・・・今なのね・・・。」

 レミーはそういうとベッドから身を起こした。

「迷うことなんてなかった。」

 彼女はそう呟きながら鏡台の蓋を開き中をのぞき込んだ。そこに映るのはまだ自分の中の思いを決意にしきれていない少女の顔。

「あなたは誰?」

 鏡に映る少女も同じ言葉を紡ぎ出す。

「私はレミュート・アンファイン・グラジオン。この名前はこの王国の王女の名前。だけど・・・この名前は私が私であるという唯一の確信。だったら、あなたはいったい何がしたいの?」

 レミーは鏡に映し出されたもう一人の自分に話しかけた。そして、目を見開き、はっきりとした口調で宣言した。

「私は、私。それ以外に何者でもない。私は・・・・私自身が納得のできる道を歩む。ただそれだけよ・・・。」

 レミーは鏡に映る自分をはっきりと見た。大丈夫、この決意はもう揺るがない。そうでしょう?レミー・・・。あなたは自分のやるべきことを為し遂げるだけ。たとえ周りがなんと言おうと、たとえお父様が反対しようとも。自分自身の決意は自分だけの物なのだから・・・。

 レミーは無言で鏡台から離れた。彼女の目の前に佇むのは煌びやかなドレスを身にまとった一人の少女。

 彼女は身体を締め付ける帯を解きはなった。

 ふわりと音もなく床に落ちる華やかな布地をただ無心に見下げ、彼女は髪を戒めるリボンをほどいた。

 暁にも似た深紅の髪がまるで風になびくように肩に降り立ち、彼女はチェストに足を進めた。

「ごめんなさい、お父様。だけど、私は自分自身に嘘はつけないの。私は・・・。」

 煌びやかなドレスが並ぶ中、彼女はその中でただ一つ何の光も放たない服を取り出した。

 それは、お忍びで街に遊びに行ったときに使った庶民の服。他のドレスと違い、何の飾り気もないそれはあくまで動きやすさを目的としたものだったが、今の彼女にとってはその服が他のどれよりも美しく輝いて見えた。

 シャツに袖を通し、ゆったりとした大きさのキュロットに足を滑り込ませ、粗末な革製のチョッキのボタンをはめ、長く伸びた髪に木彫りの髪留めを通した。

 そして、チェストの奥深くに隠してあった小さなポーチを腰に回した。

 レミーは鏡台に置いてあった一つの宝石を手にすると再び鏡の中の自分をのぞき込んだ。

 そこに立っているのはどこにでもいるただの一人の少女だった。

「さようなら。あなた達のことは絶対に忘れない。いつか、また私がここに帰ってきたときには・・・再会を喜び会いましょう。」

 彼女は部屋を見渡して、誰となくそういった。

 蝶番のきしむ音が回廊に重く響き渡る。

 レミーは慎重に辺りを見回してみるが、暗闇に沈む空間には自分自身の鼓動のみが早鐘のように響いていた。

 レミーはドアを開け放ち、敷居の外に広がる闇を凝視した。

 そして、深呼吸を一つ。ゆっくりと足を前に押しやる。

 鼓動がさらに早くなった。ただ部屋から一歩外に出るだけのことがどうしてこんなにも決意を必要とするのか。

 彼女は目を閉じ、床の感触を探るかのようにゆっくりと足をおろしていく。

 カツン・・・という無機質な音が確かに彼女の耳に届いた。

「・・・・もう・・後戻りはできない・・・。」

 まるで噛み締めるかのようにそっと呟くと、目を見開き素早い動きで外に出て扉を再び閉じた。

「・・・・行きましょう・・・。」

 彼女は回廊を足早に進んでいった。

 やがて廊下の突き当たりにさしかかった。彼女は暗闇に目をこらし何とか月明かりの差し込む窓を探り当てた。

 幼い頃はここからよく裏庭に降りていたっけ。

 レミーはそっと微笑むとその窓に手をかけ、鍵をはずし、それを開け放った。

 冷たい夜の風が一瞬吹き抜け、彼女は身震いするが、次の瞬間にはその窓に足をかけ、一気に屋根へと降り立った。

 夜の風が優しく彼女を包み込む。レミーは壁のとっかかりを利用して何とか裏庭に降り立った。

「こんな時間にどこへ?」

 裏庭の噴水を背にいざ歩みを進めようとした彼女の背にそんな声が降りかかった。

 レミーははじかれるように踵を返し、暗闇に目をこらした。

「ふむ、街に遊びに行ということでもなさそうだな。」

 月の光が一瞬差し込んだその先には、壁に背中を預け腕を組んで佇んでいる一人の戦士が浮かび上がった。

「ミリオン・・・どうしてここに?」

 レミーは退路を確認しながらも落ち着いた口調をつくりながら彼をにらみつけた。

「それはこちらの台詞だ。警邏中に邂逅するとは驚かされる。」

 ミリオンの口調はどこかしら楽しそうな様子だった。

「私は行くよ・・・そう決意したの。あなたが止めようとも私は行く。」

 レミーははっきりとした口調でミリオンに言った。

「私は、力ずくでも君を止めることはできる。それでも行くのか?」

 ミリオンは壁から身を起こすとゆっくりと右手を剣のグリップに添えた。

「もう決めたことだから。」

 レミーは震えるほど冷たい汗をぬぐいもせずに答えた。

 今彼女が感じているものは恐怖、背が凍り付くほどの殺気が体中を駆けめぐっていく。気を抜けば今にも気を失ってしまいそうな思いに取り憑かれた。

「そうか・・・。」

 ミリオンは歩みを進めた。レミーは無意識のうちに後ずさりしていた。

 緊張が二人の間を駆けめぐる。

「それだったら都合がいいじゃねえか。」

 そんな緊張を破るような声がミリオンの後ろから響いてきた。

「え??」

 レミーは驚愕の眼差しを隠せなかった。

「旅は道連れ、世は情けって言葉もあるんだしな。」

 ミリオンはやれやれとため息をつきながら振り向いた。

「よっ。」

 さっきまでの緊張感がまるで嘘のようなほほえみが、二人の前に姿を見せた。

「ベル・・・やはり君も行くのか。」

 ミリオンは剣から手を離した。

「まあな。そろそろ同じ場所にとどまることにも飽きてきたところだ。それに・・・行くのは俺だけじゃねえよ。」

 そういうと、ベルはレミーを、正確にはレミーの背後に目をやった。

「そうだよ。・・・・私も・・・行くから・・・。」

 そこに立っていたのは月明かりを背にユアだった。

「ユア・・・あなたも?」

 レミーは言葉をなくした。

 そんな彼女を見ながらユアは微笑みながらうなずきを返した。

「そういうこった。とっとと行こうぜ。誰かに見つかったら面倒だ。」

 ベルはそういうと三人を促すように歩き出した。

「ちょっと待ってよ!これって・・・。」

 レミーはベルと共に歩き出した。三人を押しとどめるように叫んだ。

「どういうことかと?」

 ミリオンはそんなレミーを見ながら笑みをこぼした。

 レミーは言葉なく頷く。

「言ったはずだ。私は君がどのような決意をしようとも、どのような明日を望もうとも、君について行いくと。それだけのことだ。」

 レミーは、ハッと顔を上げた。

「そして、私は・・・・そんなミリオンと一緒に行きたい。」

 ユアは力強い眼差しでミリオンを見つめた。

「んで、俺は自分自身のために・・・ってわけだ。」

 ベルはおどけた口調で肩をすくめるとイタズラっぽい笑みをレミーに投げかけた。

「後は君の思い次第。さあ、どうする?今ならまだ引き返せる。」

 ミリオンはレミーを見つめた。

「・・・・・・。」

 レミーは目を閉じた。

 耳に聞こえるのは夜の静寂と自分自身の鼓動のみ、そして、その鼓動はいつにもなく穏やかな旋律を奏でていた。

 大丈夫・・・私はもう迷わない・・・。大丈夫・・・。

 レミーはそう自分に言い聞かせると、ゆっくりと目蓋を持ち上げ、ミリオン、ユア、そしてベルの表情を順番に見つめた。

「私は行くわ・・・。こんな心強い仲間がいるんですもの・・・。何も恐れることはないわ・・・。」

 レミーは静かにそれでいてはっきりと宣言した。

 月は優しい光をたたえていた。


ここまで読んでいただきましてありがとうございました。これにて第一話完結でございます。

今後も加筆、修正を行って行くつもりですのでその際はよろしくお願いします。


第二部も現在連載中ですのでよろしければご覧ください。

第二部→(http://ncode.syosetu.com/n0074f/)

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