(12)玉座の二人
サブタイトル追加(2008/11/09)
(12)
グリュートは夜の帳が世界を覆い尽くす様を、ただ静かに見守っていた。
ようやくなじんできた玉座も、やはり彼を縛り付ける枷のように重くのしかかる。
彼はふとすれば思い浮かぶ過去の幻想に思いを馳せていた。
「だいたい40年といったとこか・・・。」
グリュートはふと、玉座の下に視線を移した。
「ベルディナ・・・そなたか。」
グリュートはほっとした声で彼を呼び寄せた。
「俺がお前の所に来て、40年。人間のお前にとってはどれほどの時になるんだろうな。」
ベルはそれには応じずにただその場に佇んでいるだけだった。
「そうだな。私にとってこの40年は長かった。・・・そうか、そなたが私の元に来てもうそれほどになるか。」
「俺にとってもこの40年間は長いものだった。」
ベルは玉座に続く階段に腰を下ろし、まるで過去を懐かしむように語り出した。
「長命のエルフでもそう思ってしまうのだな。しかし、そなたは私が初めてまみえたときと幾分も変わらん。不思議なものだ。いつの間にか私のだけが年をとってしまったようだな。」
グリュートは玉座から腰を上げるとゆっくりとした足取りで階段を下り始めた。
「人は老いていく。しかし、エルフは人ほど早く老いることはない。時たまそれがたまらなく苦痛に思えてくるよ。」
ベルはその足音に耳を傾けながら天井を見上げた。煌びやかな装飾は夜の闇のなかで不気味な光沢を放っている。
「苦痛か・・・人の世界にいながら人よりも遙かに長く生きることはやはり苦痛を伴うのだな。」
「だからこそ、エルフ族は自分たちの世界に引きこもるようになった。その世界との中で生きていれば、だれも自分達を置いていくことはない。それは当然の帰結だ。」
グリュートは立ち止まり、後ろを振り向いた。階段の遙か上にそびえる玉座はそれだけで見る者を圧倒させる威圧感を醸し出している。
「そなたは・・・なぜ人の世界にとどまる?なぜ他のエルフと同様、自らだけの世界で生きようとしない?そうすればその苦痛を味わうこともなかっただろうに。」
ベルは薄い笑みを浮かべた。それはまるでそんなことは愚問だと諫めるような笑みで・・・。
「そうだな。確かにそうすれば苦痛を味わうこともないだろうな。だが、俺はそれが逃げいていることになるんじゃねえかと思ったわけだ。」
「逃げる?」
グリュートは初めてベルを見た。
「俺はあのとき、自分の命ほしさにあいつを犠牲にしてしまった。あいつを犠牲にしない方法なんて、探せばいくらでもあったはずなのに。俺は逃げたんだ・・・。」
「しかし、それは誰しも持ち合わせていることだ。他の生き物を犠牲にしない限り、人は生きてはいけない。そうであろう?」
「そう、人類って奴は業の深い生き物だ。他を犠牲にすることに罪悪を感じながらも犠牲にしなければ生きてはいけない。どうしようもない二律背反だ。」
ベルは立ち上がった。
「だからこそ、俺はもう後悔しない、逃げないと誓った。俺はあいつを犠牲にしてしまった。だから、今度こそ・・・今度こそは・・・。」
「ベルディナ・・・そなたはいったい何を言っておるのだ?」
グリュートはベルの表情をのぞき込んだ。
「ただの懺悔みたいなもんだよ。」
ベルはまるで自嘲するかのような笑みを浮かべていた。
深い沈黙が二人の間を支配した。
「・・・・やはり、行くのか。」
その沈黙を破ったのはグリュートの重苦しい声だった。
「ああ。」
ベルははっきりと答えた。
「血は、争えんか・・・。」
グリュートはまるであきらめたかのような声を絞り出した。
「かんねんしな。あいつはお前を見て育ってきたんだ。だったら、こうなることは当たり前だ。」
「・・・娘をよろしく頼むぞ。ベルディナ。あれはまだまだ幼い。そなたがおらんと、どうにもやっていけぬであろう。」
ベルはどうだかなと、曖昧な表情を浮かべるとグリュートに背を向けた。その背に背負っている物はいったい何なのか。それは、彼以外誰にも分らない。
「あのとき、俺はあいつを助けられなかった。だから今度こそは・・。レミーだけは俺の命にかけても守ってみせる。」
ベルは天井を見上げながらそうつぶやいた。それは彼にとって、何物にも代え難い決意だったのかもしれない。