(10)予感
現在修正第二稿目(2008/10/31)
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「結局ミリオンは何をしていたの?」
昼下がり、ぽかぽかとした陽気に包まれた中庭で紅茶を飲んでいたレミュートは正面に座るミリオンに尋ねた。
「私はずっと会場にいたが。」
ミリオンは手元の本から少し視線をあげた。
「そう?私がホールに戻っても見つからなかったけど。そういえば、ベルもいなかったと思う。」
「あれだけ大勢の中だからな、見つけるのは一苦労だったのだろう。」
ミリオンはそういうと再び本に視線を落とした。
「うーん。なんだか納得いかないなー。なんだか嫌な気配が漂っていた感じがしたんだけど、すぐに消えたし・・・。何だったのかしら?」
ミリオンはあの日の夜のことを思い出した。レミュートの感覚は鋭い、確かにあの会場の外からはなにやらいやな気配が漂っていた。それにいち早く気がついたミリオンはその旨をベルに相談しようとしたが、彼はすでに会場の外に出た後だった。
ミリオンはそこで驚愕を覚えた。
会場の外、王宮の中庭は一見すれば何の以上も無かった。そう、目で見た範囲では世界は穏やかな様子を隠そうとしていなかった。
しかし、目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませばそれははっきりと浮かび上がった。その中庭のちょうど中程、その中庭を支える巨木のそばで魔法力が激しくぶつかり合う様子を感じ取れたのだ。
そして、次の瞬間彼の脳裏に聞き慣れた声が響いた。「お前も手伝え。」と実にぶっきらぼうで投げやりなその言葉が。
目を開くと、彼は現実の世界にいなかった。そばにはベルが煙草を吹かしながらたっていた。そして、彼らの前にはグラジオン王国に来る前には日常的に相対していた"モノ"が獰猛なうなり声を上げながら二人をにらみつけていた。
そして、ベルはもう一度ミリオンに言った。「俺一人じゃ少し面倒だ。お前も手伝え。」と。
ミリオンはその情景を失笑の元に振り払うと肩をすくめた。
「さて。私に聞かれても何のことか分からない。」
レミュートはカップをテーブルに置くと空を見上げた。
そよそよと吹き付ける風が心地よくレミュートはため息を一つ付いた。
「いい天気ね。こんな日はのんびりとお昼寝でもしたいわ。」
「それはいい提案だな。」
不意に聞こえた声に、レミュートは後ろを振り向いた。
「よう。」
「あ。ベル・・。どうしたの?」
レミュートの目には気さくな笑みを浮かべたベルが映っていた。
「窓からお前達が見えたもんでな。暇だったから俺も仲間に入れてもらおうと思ってな。」
ベルはどこから持ってきたのか、自分の椅子を取り出すと二人の間に席をつくった。
「ユアは?」
レミュートは周りを見回すが、ユアの姿は見えない。
「あいつは仕事だ。今日はやたら怪我人が多いらしい。飯も食わずに良くやるぜ。」
ベルはポットを傾けると自分のカップに紅茶を注ぎ込んだ。
「まったく、そういう無理は身体に毒だといってあるはずなのだが・・。」
ミリオンは少し呆れた顔で本を閉じた。
「・・・・・。」
レミュートはそんなミリオンを少し不思議そうな目で見つめた。
「ああ、そういえばレミー。侍従がお前のことを探していたぞ。お前のオヤジが呼んでるらしいな。」
「父上が、私に?」
レミュートは突然呼ばれて驚いたようにベルに方に視線を移した。
「ああ。なんでも重要な話らしい。」
「なんだろう。朝はそんなこと言ってなかったのに。」
レミュートは口に手を当て思案をめぐらしたが、特に何も思い当たることはなかった。
「急な話だとすれば急いだ方がいい。」
ミリオンはレミュートを促した。
「うん。分った、とりあえず行ってみるね。」
レミュートは飲みかけのカップを置くといそいそと立ち上がり、
「それじゃ、また後でね。」
と言い残すと早足で王宮に入っていった。
「国王がレミーに話か。いったいどのような内容なのか気になるところだ。」
レミュートの姿が城の楼閣の中に消えていったことを確認するとミリオンはベルのほうに目を向けた。
「さあな。ろくでもねぇ話じゃねぇことを祈るしかないな。」
ベルはそういって蒼穹を見上げた。
「見ろよミリオン。」
「どうした?」
ミリオンも言われたとおりに空を見上げた。その目に映るのは真青に染め上げられた大空と優雅に天を舞う白い雲。
「平和なもんだ。」
ベルはどこか遠い目をしながら呟いた。
「ああ。」
「世界はこんなにも平和に満ちあふれている。だが、それも危ういものなのかもな。」
「危うい?」
ミリオンは何か不吉な予感がして視線をおろした。しかし、ベルは何も表情を変えずにただ空を見上げているだけだった。
「感じるんだよ。地の底からはい上がってくる闇を。」
「・・・。」
ミリオンにはベルが何を言っているのか分らなかった。しかし、ベルの口調、そして表情から伺えるのは紛れもない、れっきとした危機感。
ミリオンは急激に周囲の温度が下がっていくのを感じた。
「何か良からぬことがこれから起きる。そんな予感がする。」
「まさか・・・。」
ミリオンは笑うことができなかった。この世界の滅亡。その一見したらばかばかしいと思えることさえ、今のベルの口から放たれた言葉としてはあまりにも現実味を帯びていた。
そして、エスフェリオン公国で垣間見た闇の存在。あれはいったいどう解釈すればよいのか。平和であるはずの世界の裏で蠢く闇が突如として現実のものとなれば、彼はそれを予感しているのか。
「バカな・・・と思うか?だろうな言っていて俺もどうかしてる気がしてきた。だがな、この状況は300年前に似ている。」
ミリオンは何も言えなかった。300年前、確かにこの世界は悪しき者の力によって滅亡の危機に瀕していた。かの英雄、クレア・ラインズ・フォントの活躍がなければ、この世界は今こうして存在していなかっただろう。
「俺はそれを感じることができる。だったら、どうすればいい?このままのうのうと暮らすか?」
「それとも、ユアの予言した剣を持つ運命にある者を探すか・・・。」
ミリオンはユアの言葉を心の中で反芻した。
「どちらにせよ、俺たちの旅立ちの日は近いのかもしれねえな。」
「私たち・・・か。」
「お前がどうするか決めるのは俺じゃねえ。自分で思う道を探すことだな。」
ベルはそう言い放つと、空になったカップに紅茶を注ぎ込んだ。
「共に行こうとは言わないのか。」
「俺にそんな資格はねえよ。」
ベルは突き放すように紅茶をぐいっと一口で呷った。
「世界の命運を私たちが背負っていると思うか?」
「そんなもん、俺の知ったこっちゃねえ。だがな・・・。」
ベルは少し言葉を濁した。
「だが?」
ミリオンはそんな彼を真っ直ぐ見つめた。
「どちらにせよ誰かがやらなきゃならねえんだ。それに・・・・俺はもう後悔だけはしたくない。それだけだ。」
「君はいったい何を・・・。」
「さてと、そろそろ行くぜ。」
ベルはミリオンの言葉を遮るように立ち上がった。
「待て、私の話はまだ終わっていない。」
ミリオンはそんな彼を押しとどめるように立ち上がるが、彼が足を止めることはなかった。
「じゃあな。」
そう言い残すとベルは去っていった。
「・・・・いったい私にどうしろと・・・。世界のために今のすべてを捨てろとでも言うのか・・・。果たして私にそんなことが出来るのか・・・。」
そんな彼の背中を眺めつつミリオンはそう呟いた。
「答える者はいないか・・・。」
いつの間にか厚い雲が空を覆い始めていた。