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(1)ある夜の宴

舞台は魔法世界。王道ファンタジーの世界を描く。


現在修正第三稿目(2008/11/14)

 ・本文修正


修正第二稿目(2008/10/30)

 ・本文修正

 ・サブタイトル追加


 夜の闇が世界を覆い尽くしていた。光の届かない深海を思わせる夜空にはただ星々の瞬きと煌々とした月が輝くばかり。その空を四角く区切る城壁の中庭には冬の到来を告げる寒々しい風が吹き抜けていった。風を切る一条の鈍い銀光は周りの静寂さと相まって奇妙な響きを放つ。僅かにたなびく雲の間から注ぐ月の光が、一瞬それを映し出した。

 銀光と共に映し出された赤い髪がまるで水面(みなも)にちりばめられた輝紅石(ガーネット)のように輝く・・・。煌々とした光の粒を身に携えてそれはまるで世界に赤き恵みが降り立ったような幻想を抱かせる。

 少女はその身に携えた銀光を振り下ろし、おもむろに空を見上げた。白を基調とした煌びやかなドレスはおよそ剣とは似つかわしくない、しかし、彼女はまるでそれを扱い慣れている様子だった。

「・・・・星がこんなにも輝いてる。・・・綺麗・・・。」

 その澄碧珠(サファイア)の輝きもかすんでしまうほど澄んだ蒼の瞳には城壁が切り取る空に浮かぶ満天の星空が浮かび上がった。星々の煌めきと月の光が剣の銀光の中で鈍く輝いている。

 月の宝石と星々の装飾が彩る夜空のタペストリーに心を奪われた少女だったが、静寂にとぎすまされた意識は背後より忍び寄る彼の存在を認識していた。

「・・・ご苦労なことだな、レミー。」

 振り向いた闇の中に立つ彼のたたずまいには僅かながらの呆れと幾何かの憂いが混じっているように感じられた。おそらく遠目で見えた彼女の姿を見過ごすことが出来ず、如何なる言葉を説くべきかと思案していたのだろう。重苦しい装備を身に包み腰には少女の背丈ほどもある剣を携えた彼は、壮年の騎士に劣らないほどの威厳を秘めているが、携帯灯(トーチ)に映し出された双眸はいまだ熟年になりきれない青年の輝きを携えていた。

「こんばんは、ミリオン。お仕事ご苦労様。」

 レミーと呼ばれた少女は、まるでそんな彼の居住まいに気がついていないかのような笑みを浮かべると、無意識に向けていた剣先を下ろすと、折りに吹き付ける涼風に髪を押さえた。輝紅石(ガーネット)の髪がひらめき、幼さを残す少女の笑みが星空のように輝いた。

「鍛錬は結構だが、君は自分の立場をもう少し理解するべきだ。」

 ミリオンと呼ばれた騎士は、レミュートの言葉をまるで聞いていないかのように言葉をつなげた。

 己の立場。それは彼女の心に暗雲をもたらす。レミーと呼ばれた彼女の名、レミュート・アンファイン・グラジオンが告げるとおり彼女は一国の王女でありその名には常に義務と責任がつきまとう。

 レミュートは眼前の騎士から目をそらし口を噤んだ。 

 季節柄時折吹く風が木々の梢を遠慮がちに揺らす。日の照りつける空の下ではその喧噪に紛れて気にもとめないようなかすかな囁きは月空の下に満たされ、まるで悪戯好きな妖精のように聞く者を夜の深淵へと誘うようだった。

 今、視界をよぎった黒い影は、風にあおられた老葉かそれとも夜を謳歌する蝙蝠こうもりの子供か。彼女はそれを目で追いながらも心は月にとらわれていた。

「ずいぶんと風が冷たくなってきたようだ。」

 ミリオンの言葉が意味するところは遠回しでありながらその言裏に意味するところは明白だった。そして、それは折を見て励む鍛錬の終了を意味することを彼女は知っていた。

「そうね・・・・、今日はこれで終わりにするわ。」

 彼女は剣を鞘に収めると、それをミリオンに手渡した。その仕草はいかにも不満を持つ者のそれではあったが、眼前にいる者がミリオンであった幸運に感謝もしていた。それが他の者であったのならここまであっさりとした幕引きはあり得なかっただろう。

 冬初めにもかかわらず肌に浮き上がった汗がもたらす冷気にレミュートは身を震わせた。

「夜更かしは控えた方がいい。身体に毒だ。」

 ミリオンはそれを受け取り、自分の剣と一緒に腰に差した。彼の持つ思いの外長大な剣に比べるとその剣は随分小柄に映る。

「そうね、気をつけるわ。それじゃ、お休み。」

 これ見よがしに下手くそなウィンクを贈る彼女は紅い髪を翻しながら軽快に駆けていった。

 『赤い髪を持つ者はやがて災いをもたらし、蒼い双眸の先には死が垣間見える。』

 黒くそびえる楼閣に消えていく彼女の背を見送りながら、ミリオンはそんな言い伝えを思い出していた。

 ミリオンは軽く面を振ると再びトーチを掲げ夜の闇に身を投じていった。


   ※


 グラジオン王国の王宮の長い廊下は、一面に黒曜石を敷き詰めたような闇に閉ざされていた。

 夜の見回りの仕事を終えたミリオンは、トーチの光を追いながら静かに廊下を歩いていく。周りの部屋から一片の光すらも漏れてこない。

 しかし、そのとばりも自室に近づくにつれ薄くなっていくように感じられる。

 彼はトーチの光から目をそらし、じっくりと前を見据えた。

 闇になれた目に徐々に浮かび上がってくるものは、廊下の外れに位置する部屋の戸口から漏れ出る淡い光だった。

 こんな時間に誰か起きているのだろうか。彼は不思議に思うが、それが紛れもない自分自身の部屋だと気づいた頃にはその疑問も氷解していた。

 どうやら招かざる客が来室のようだと彼は直感した。

 彼は肩を落とすと、何の警戒もなく自室の扉を開けた。

「やっと帰ってきたか。待ちくたびれたぜ。」

 宿舎のドアを開けると中からおどけたような声が響いてきた。少し酒のにおいがするのはおそらく気のせいではないだろう。

「こんな時間に珍しい・・こともないな。いったい何の用だ。」

 時々寝酒をたしなむために用意してあるテーブルに座っていたのは、この城の宮廷魔術師のベルディナ・アーク・ブルーネス(彼と親しい者からは単にベルと呼ばれている)だった。

 彼は既に少し飲んでいたのか、その口から出される言葉には酒のにおいが混じっていた。

 短くまとめられた蒼碧の髪と、深緑の瞳が怪しく光る。彼がこんな雰囲気の時は何かろくでもない事をたくらんでいる証拠だとミリオンは知っていた。

 今日もまた訳の分からない理由でこの部屋を荒らし回って帰るのだろうか・・・。

「・・・ごめんなさい・・・でも、少し話したいことがあって・・・・。その・・・。」

 ベルディナの影から儚い雰囲気の声が響いてきた。白銀の長い髪と黄金色の瞳が弱々しく光る彼女は、まるで天から降りてきた羽衣のような幻想的な美しさを纏う女性だ。

 入り口からはちょうど影になる所に座っていたらしく、ミリオンは声を聞くまで彼女がそこにいることが分からなかった。

 ユア・タリス・キルリアル、この王宮の占星師だ。加えてこの王宮で一番の美女と噂されている。

 ユアがいるのだったら、ベルディナがただ酒を飲みに来ただけではないな、とミリオンは推測した。

「まあ、座れよ。話はそれからだ。」

 ベルディナはそう言うと、机に広げてあったつまみ類を少し脇の方へよけた。

「ここは私の部屋のはずだが。」

「・・・ごめんなさい・・・。」

 ユアの言葉にミリオンは「別にかまわん。」と答えると、戸棚を一瞥した。やはり、ベルディナの前に鎮座しているウィスキーのボトルはその戸棚から持ち出されたもののようだ。

 ミリオンはグラスをとりだした。

「それで、今夜は何だ。酒盛りだけが目的ではないだろう。」

 ミリオンは自分のグラスにウィスキーを注いだ。

「鋭いな。今日は少し真面目な話だ。」

 ベルディナは、空になったグラスをテーブルに置くと、ユアのほうに視線を向けた。

 ユアは何も言わず、膝においていた水晶の玉を机においた。

「何でも、ユアが奇妙なものを見たらしい。」

「占いか。」

「そういうことだ。」

 ミリオンの視線は水晶の煌めきの中にとけ込んでいく。

 ユアは水晶にゆっくりと手をかざしながら目を閉じ、意識を水晶の表層から深みへと沈ませていく。

 ベルディナの目には、ユアの手のひらから発せられた魔法力の流れが水晶の表面をゆっくり包み込みながらその中心へと染み渡って行くように見えていることだろう。

 そして、その魔法力の流れが水晶玉の全体を満たしたとき、変化は起こった。

 ユアは目を開くと手をかざしたまま水晶を見つめた。

 さっきまで水晶玉を薄く包んでいた光のベールが、一瞬の閃光と共に取り払われ、その残光が一つの形となって明滅を繰り返していた。

 ベルディナはグラスを置き、水晶をのぞき込んだ。

「これは・・・ずいぶん古い文字だな・・・。古代スリンピア文字に似ているが、文法が明らかに違う・・・。文法自体は源流フィブラス言語そのものだが・・・。」

 ベルディナは文字と言うが、ミリオンにはミミズがのたうった跡のようなものにしか見えなかった。

 普通、水晶での占いはそこに現れた光と色とその形を術者が読み取って意味に訳す。故に、占い師が紡ぎ出す言葉は時として実に曖昧で理解が難しい者となってしまう。

 しかし、このようにはっきりとした文字で表されることは実に希有な事なのだ。

「『剣を持つ運命にある者よ。今こそなんじの意志を我に委ねよ。竜へと至るきざはしは開かれた』って書いてあると思うのだけど・・・。」

 ユアは、そう言うと上目遣いにベルディナを見た。

 ベルディナは、「確かにそう書いてあるようだな。」と答えた。

 ユアは、ほっとした様子でかざしていた手を下ろした。光は淡い燐光を残し消え、水晶玉は透き通ったただの水晶へと戻った。

 彼女はそれに布を巻き、ベッドの上にそっと置いた。

「曖昧な言葉だ。・・・だが、"竜"と"剣"といえば・・・私に思い当たるものは一つしかない。」

 ミリオンは腕を組み、ベルディナの方に目をやった。

「聖剣エグザヴァイサーか・・・。」

 ベルディナは言葉をかみしめた。

「ならば、"剣を持つ運命にある者"とは聖剣の英雄のことか。」

 ミリオンはそういうと、グラスを静かに持ち上げた。

「まだ見ぬ未来の英雄の事だろうな・・・。」

 ミリオンはいつの間にか空になっていたグラスにウィスキーを注ぐと、一口だけ口に運んだ。

「・・・竜への階というのは・・・?」

 ユアは水晶を拭くと丁寧に鞄にしまい込んだ。

「聞いたことがねえな。」

「君が分からないとなると誰にも分からんと考えても良さそうだ。ともあれ、これは私たちにとって・・・・・・・重要な事だ・・・と考えてもいいのか。」

 ミリオンの目にはわずかながら懐疑心がやどっている。

 ユアの占いを信じていない訳ではない。ただ、今まで文献でしか預かりしれなかったようなことがいきなり降りかかってきたとして、それを己のこととして受け入れられるはずもない。

「分からねぇよ。そうなる可能性もあるってだけだ。」

 ベルディナは酒瓶を逆さに傾けたが、それはグラスの半分ほどの量しか残っていなかった。

「ちっ!」

 ベルディナは空になった瓶をテーブルにたたきつけると、グラスに残った酒を一口で飲み干してしまった。

「ペースが速すぎるぞ。気をつけた方がいい。」

 安酒は悪酔いしやすい。ミリオンも酒に慣れていなかった頃は随分それで苦労したことがあった。ミリオンは彼と飲む度に悲惨な目に遭っていた頃のことを思い出し少し陰鬱な表情を浮かべると、空になった瓶を床におろした。

「・・・それ以上は・・何も分からないね・・・。」

 ユアは残り少なくなったビスケットにおずおずと手を伸ばしながら二人を交互に見つめた。

 ミリオンとベルディナは頷き返した。

 刹那の沈黙が部屋を支配した。

 月の光はすでに窓の外に消え、部屋には燭台の放つ炎のみが唯一の光となって三人を照らしていた。

「これ以上話しても無駄だな。なんにせよ、情報が少なすぎる。いっそのこと、俺達でその聖剣を探してみるのも悪くないかもな。」

「それは名案だ。」

 ミリオンは皮肉な笑みを浮かべた。

「おいおい、お前、本気にしたかのかよ?」

「君ならやりかねないと思ったのだが。」

「ミリオン、お前も冗談がうまくなったな。」

 ベルディナはどこか邪悪な笑みを浮かべると、思いっきり背を延ばした。

「さてと・・、こんな時間にこのメンバーが集まるのも珍しいことだし・・。」

 ベルディナは言葉を切った。

 ミリオンはその先に続く言葉を正確に予想できた。

 結局、彼は占いの件にかこつけけて一晩中飲み明かすことが目的だったのだろう。

「酒はもう無いぞ。君が飲んだ分で最後だ。」

 ミリオンは後ろ指で戸棚を指した。確かに、そこにはボトルこそ鎮座しているがどれもこれも中身は入っていないらしい。その半分以上がベルディナによって消費されていることはここだけの話だ。

「心配すんな、俺の所からいくつか持ってきてある。」

 ベルディナはそういうと腰に下げていた小さなポーチから・・・・・・・・酒瓶を3本ほど取り出した。

「今夜はずいぶん羽振りがいいな。これは・・・シリングバード産の高級ワインではないか。」

 ミリオンはその一つを手にとってラベルを眺めた。

「よく分かったな、俺のコレクションの一つだ。」

 ベルディナが世界有数のワインコレクターということはとても有名だ。シリングバードだけに留まらず、彼は世界中の多くのワイン生産家と交流が深い。そのため、各国が発行するワイン評論誌にも彼のコラムがたびたび掲載されていることは、ミリオンを始め王国の貴族達にも知られている。

「ずいぶん高い酒を持ってきたのだな。私の給料の何ヶ月分だ?」

 見ると、ボトルにかかれている年代がそれぞれ違っている、どうやら年代事に一番出来のいいワインを選んだらしい。

「いいの・・かな・・・?」

 ユアは心配そうに周りを見回した。

「いいっていいって。ばれなきゃな。」

「見つからないようにするが至難の業だろう。君は酷く騒ぐ。」

「まあ、そういうなよ。」

 何かと言ってもミリオンも酒好きのようだ。しきりにボトルを手にとってはラベルを見ているその様は、ご託はいいからさっさと飲ませろと言わんばかりだ。

「でも、私・・あんまりお酒飲めない・・・。」

 ユアはおずおずと口を開いた。

「この酒は口当たりがいいやつだからな。大丈夫だろう。」

 そう言いつつベルディナはボトルの栓を抜いた。

 ポンっという軽快な音と共に、熟成しきった葡萄の奥ゆかしい香りアロマが鼻腔をくすぐった。

「素晴らしい香りだ。」

 いつもは安いウィスキーで済ませているミリオンにとって、その香りは最高級の料理にも値する。

 ベルディナはグラスに少量注いだワインを揺らしつつ、香りを確かめ、舌の上で転がすように味を確かめた。

「香りは良好。味もバランスが整っててまろやかだ。後味もすっきりと引いて渋みも強すぎない。完璧だな。これ以上熟成すると逆に味が平たくなりすぎるか。20年辺りが飲み頃といったところだな。」

 テイスティングを済ませたベルディナは、そういうとにんまりと笑い新しく用意した三人分のワイングラスにたっぷりとそれを注ぎ込み二人に配った。

「よし、それじゃあ乾杯といくか。」

 ベルディナはグラスをかざして二人をみた。

「何に乾杯する?」

「そうだな。グラジオン王国と国王陛下と、一段落した俺の研究に。」

 ミリオンの言葉に答え、ベルディナは杯を掲げた。

「ここには居ない王女殿下と王子殿下に。そして、栄えある騎士団に。」

 ミリオンも彼に倣い口上を述べると、杯を視線より僅かに高く持ち上げた。

「えーっと、みんなの健康に。」

 ユアもそういうとゆっくりと腕を伸ばしグラスを掲げた。

(そして、この物語の行く末に・・)


「「「「乾杯。」」」」


 三人はグラスをチンと重ねた。

 かくして争乱の一夜は過ぎ去っていくのだった。


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