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海辺の家に  作者: 今西薫
4/7

後書きについて。

あくまで、個人の感想、です。はい。

 無事に志望の高校に合格できた、入学までの休みの間にも会えた。

 何も持たずにふらりと向かう。

 一年前のことを思い出して海に行って裸足になろうか、なんて一瞬思ったけど、その日は風が冷たくて海に行く気にもならなかった。

 いるかな、と庭を覗くと、コーヘーはリュウイチと遊んでいた。今日はフリスビーじゃなくて、遠く離れたところいるリュウイチを座らせたり立たせたりフセをさせたり、呼び寄せたり途中で止めたりしていた。

 と、リュウイチがあたしに気付いたようにこちらを見た。

「わん!」

 今にもこちらに来そうな様子を見せながらも、リュウイチは来ない。すんすんと、鼻泣きをして立ったまま足踏みをする。

 その様子から振り返ったコーヘーがあたしを見てちょっと笑った。

 犬タラシめ、そういうふうに口が動いたような気がしたけど、声は届かなかった。

「リュウ、オフ!」

 コーヘーはリュウイチの方を向くとそう言ってあたしの方を向くと、親指で縁側を指した。

 そしてリュウイチはコーヘーの言葉を聞いた瞬間に走り出した。走り出してあたしのほうに向かってきて、そのままジャンプして塀を超えて、

「うわっ」

「リュウ!」

 飛び込んできたリュウイチをなんとか抱きとめたけど、後ろにそのままよたよた数歩下がってし、尻もちをついてしまった。転ぶまでに多少の猶予があったので、なんとか手を着くことができたけど、リュウイチは興奮してあたしの顔を舐めまくっている。

 驚いて少しの間声が出なくてされるがままでいたけれど、頭の片隅ではスカートをはいてこなくて 良かったと思っていた。

「みくっ」

 と、コーヘーの声と、ザザッと音がして、あたしの体の上に乗っていたリュウイチがどけられた。

 そこでようやく我に返ったあたしは、笑い出してしまった。

「あははははは!」

「悪かった、大丈夫……か?」

 リュウイチはコーヘーに抱きかかえられたままこちらに首を伸ばして、すーん、すーんと声を上げている。

 いきなり笑い出したあたしにコーヘーは戸惑った様子で、そのまま見降ろしている。

「あはははは、だ、大丈夫大丈夫……ぷ、ふふふふふっ」

 言いながらも笑いが止まらない。

 いないかもしれないとか、いてもイヤがられるかもしれないとか、心配していたことが一気に解消されて、なんだか心が軽くなったような感じがしていた。



「手、見せて」

 ようやく縁側に落ち着いて、リュウイチは「反省」とか言われて、ちょっと離れたところにフセで待てをさせられて(でも、瞳を爛々と輝かせてあたしを見ながらしっぽをパタパタと振っている)、あたしはコーヘーに両の手のひらを見せていた。

 無傷、というわけにはさすがにいかなくて、右手に少し血がにじんでいて、コーヘーは思いっきり顔をしかめてしまった。

「大丈夫だよ。さっき洗ったから、あとはバンソーコー貼っとけば」

「悪かった」

「え、大丈夫大丈夫。ちょっとびっくりしたけど、これくらい大したことないし、リュウイチに悪気があったわけじゃないもん」

 むしろ嬉しかったくらいだ。

 会ったのはたった三回。今日で四回目。それでもリュウイチはあたしのことをちゃんと覚えていてしかも、会えたことを喜んでいてくれる。

「悪気がないのがよくないんだよ。犬でも猫でも、人間には無い牙や爪や力があるだろ? それを飼い主が制御できないのは、本当によくない」

 コーヘーの反省の仕方は、あたし的にはちょっと小難しくて首を傾げてしまう。

「でも、いつもはイイコなんでしょ? あたしはちょっと嬉しかったな」

 そう言って、コーヘーの反省タイムを無理矢理終わらせる。

「はい、そこのバンソーコーとって」

「え、ああ……」

 言われた通り普通サイズのを一枚とって渡される。指をケガしたわけじゃないので、包み紙を剥がして、裏の紙を片方だけめくって、手のひらに貼る。それからもう片方の裏紙を引っ張りながら貼り付ける。

「手慣れたもんだな…」

 コーヘーが感心したように言う。

「うちの両親、共働きだし、おばあちゃんもなんでも一人でも出来るようにっていろいろ教えてくれるから」

 はい、とゴミを差し出すと、コーヘーは手のひらに受け止めて上着のポケットに押し込んだ。それにちょっと笑ってしまう。

 それをどう思ったのかコーヘーはようやく表情をやわらげた。

「高校、受かったんだって? おめでとう」

 どうやらおばあちゃん経由で話が伝わっていたらしい。

「ありがとう。四月からジョシコーセーだよ、なんかまだちょっと不思議な感じなんだけど」

 ほんの数日前まで中学生で、卒業式でみんなで泣いて、もう来なくていいよなんて言われて、それも不思議だったけど。仲の良かった友達が全員一緒の学校に行けるわけじゃなくて、ちょっと現実じゃないような感じがしている。

「……ああ、ちょっと判る。中学まではだいたい同じメンバーだったのが、高校に上がる時にはバラバラになるんだもんな」

 少し視線を逸らして、そんなふうに言う。

「今まで歩きだったり自転車だったりで通学してたのが、電車やバスに乗ったりするし」

「うん」

 それからしばらく黙って空を見て、飽きたのか地面にぺったり貼り付くような体勢になったリュウイチを見ていた。

「そっか、みくも高校生か。何かお祝いしなきゃな」

 ふっと思い出したようにコーヘーが言いだした。

「やった! ええとね、欲しい物があってね」

 勢い込んで言いだすと、思い切り顔をしかめて、ちょっと待て、と言う。

「おまえ、遠慮って言葉を知らないのか?」

「オトナでお金持ちのオニーサマがせっかく何かくれるっていうのに、そんなもったいないことしないよ」

「みく、お金持ちは間違い」

 オトナなことと、オニーサマは合っているのか、となんとなく思いながらにっこりと笑う。

「辞書が欲しいの」

 有名なぶ厚い辞書の名を言う。お母さんにねだったら必要ないと言われ、お父さんにねだったら何を勘違いしたのかぶ厚い英和辞典をくれ、おばあちゃんにねだったら、違う辞書をくれた。お母さんの必要ないっていうのは、高校進学用に学校指定の国語辞典を購入するから、という理由あり。納得するしかないけど、おばあちゃんの違う辞書は、貰った時の大きさに期待値が膨らみ、包装を開けて表紙を見ていっきに萎んだ。それを面白そうに見ていたおばあちゃんは、いつかあってよかったって思うから、って言っていた。

 そう説明すると、コーヘーは腕組みをして、ふむ、と頷いた。

「英和じゃなくて、日本語の辞書?」

「うん。翻訳するのに、日本語も知ってなきゃいけないから」

 夏にコーヘーに会った時に言葉にして、改めて仕事とするのに何が必要なのか調べたのだ。

「そうか」

 コーヘーは納得したように、判った、と言ってくれた。



 お茶を淹れてくる、とコーヘーが姿を消したので、あたしはリュウイチと遊んでいた。

 マテ状態だったリュウイチは既に眠りこけていて、コーヘー的には「意味がない…」と嘆くような状態だったみたいで、立ち去る間際に「リュウ、オフ!」って声をかけていった。声をかけられた瞬間、しゅたっと立ち上がったリュウイチは、しっぽをふりながらあたしのそばにやってきてくれた。

「リュウイチすごいね、あんな塀なんて簡単に飛んじゃえるんだね」

 意味が判ってるのか判ってないのか、リュウイチは「わふっ」と鳴いて、ステップを踏むように走って、玄関脇に置いてあるプラスチックのバケツからボールを咥えてきて、あたしの手に押し付けた。

「ん? 投げたらいいの?」

 期待に満ちた眼差しを向けられて、投げてみる。ボールはそんなに遠くに飛ばなかったけど、リュウイチは喜んで取りに走っては拾ってきてあたしの手に押し付けた。それを何度も繰り返しながら、いつまで、と思う。

 いつまで、ここに来ようか、と。

 コーヘーはあたしのことなんてきっとただの子供だと思ってて、それでも要らぬウワサが立ったりしないように、家の中に入れたり、傷の手当程度にも触れたりもしないよう気をつかってくれている。

 お祝いをくれるって言ってくれたけど、今度来た時、って言葉は出なかった。

 好きになっちゃ、ダメなのかな。

 好きになるだけなら、いいかな。

 いつかコーヘーが結婚したら諦めるから、それまで好きでいちゃダメなのかな。

 考えながら、ボールを貰っては投げを繰り返していたら、いつの間にか手がリュウイチの唾液でドロドロになっていて、投げようと思ったらツルっと滑った。

「あ、ごめんごめん」

 今にも走り出そうとしていたリュウイチはあたしが落としたボールを慌てて拾おうと寄ってきたからそれを押さえて自分で拾う。でも、そのまま投げる気にならなくて何か拭うものが無いかキョロキョロしていたら、コーヘーが現れた。

 手に持っているお盆にはマグカップが二つと、濡れタオルが二つ。

 コーヘーはあたしがボールを持っているのを見て納得したように頷くと、お盆を縁側に置いて、ちょっと待ってな、って言ってまた奥へと引っ込んだ。

「リュウイチ、休憩だよ」

 なかなか投げないあたしを、それでも期待に満ち満ちたまなざしでみていたリュウイチはちょっと残念そうな顔をして、お座りをした。

「うん、賢い」

 コーヘーみたいに「グッボーイ」って褒めるのがいいのかもしれないけど、なんとなく照れくさくて普通に日本語で言ってみた。リュウイチは理解したようにパタパタとしっぽを振ってくれた。

「ホント、犬タラシだなあ」

 くくく、と笑いながらやってきたコーヘーは、別の濡れたタオルを渡してくれた。

「それでよく拭いて、ついでにボールもよく拭いて、それからこっちのタオルで拭くこと」

「はーい」

 コーヘーが淹れてくれたのは一年前と同じホットミルクで、嬉しさと寂しさの混じったような味がした。


「ん? 浩平はやっぱり来てないのか」

「あ、乃木灘、遅かったねー」

「綾菜、おまえ、もう出来上がってんの?」

「そういや、浩平、最近あんまり誘いに乗って来ないよな。忙しいのか?」

「三木ぴょん、それは違う違う」

「綾菜、おまえちょっと休め。三木もそう思うか?」

「浩平クンはですねー、今、恋をしてるんですよー!」

「綾菜」

「えー、いいじゃん、修一。こういう楽しい話は、みんなと共有しないと」

「え、どういうこと? 恋人ができたからデートに忙しくてこっちに来れないってこと?」

「千沙ちん、それは違う。だいたい、浩平が過去一度だってそういうことしたことがあるー?」

「ないから驚いてるんじゃないの。ねえ、修ちゃんは知ってるの?」

「ふふふふー、浩平はね、いつやってくるか判らない中学生の女の子を待っているのです」

「中学生?!」

「そりゃ、犯罪だろ」

「えー? いいじゃない。中学生っていうと、今、十四歳とか?」

「三年生とかだから、あ、春から女子高生だ!」

「十五歳下とか!」

「あり得ん! それ、変態の域だぞ」

「乃木灘、そこまで言うと偏見だわ」

「平坂はじゃあいいのか? 十五歳差って言うと、浩平がハタチの時に女の子は五歳だぞ? ほら、犯罪じゃないか!」

「実際の彼女は今度高校生なわけでしょ? アリなんじゃないの? 五歳と二十歳なら犯罪でも、二十歳と三十五歳はアリでしょう」

「いや、ダメだ。考えてみろ、仮にだ、自分の娘が十五歳年上の男を連れてきて結婚したいとか言ったら、おまえ許すのか?」

「……ねえちょっと三木、笑ってないで解説しなさいよ」

「乃木灘の娘ちゃん、今三歳くらいだっけ?」

「今、さんさいっていうとー、じゅうはっさいの男の人かー」

「綾菜、ちょっと飲むの休もう」

「わー、やめろ、千沙! どう考えたって犯罪だろ!」

「うーん、オンナ的にはアリなんだけどなあ…。たとえばさ、乃木灘が十八歳で、その時の担任が三十三歳の美人の独身教師だったら、憧れたりしない?」

「………う、そりゃ、え…」

「あとその年齢差なら、あのお菓子のCMに出てる女優とか」

「やめろー、やめてくれー」

「乃木灘のそういうところ、いいよねえ。こういう場合に、男はいいんだとか言わないところ」

「千沙、からかって遊んでるでしょ」

「三木も止める気はない、と」

「おまえらな! でもだからって、マズいだろう?」

「あ、正気に戻った」

「ふふふー、すんごく可愛い子らしいんだよー。浩平ママが言ってたんだけどねー」

「なんでそこまで仲がいいのに……」

「そうね、なんででしょうね。……でも綾菜、それでなんで浩平は付き合いが悪くなったのよ」

「んー、だからー。その子はー、春休みとー夏休みとー冬休みにー、一日しか会いにこないのー」

「修一、説明しろ」

「……」

「あ、修一が睨んだ! ひっどーい!」

「………はあ。……長期休みに、浩平ん家の近所にあるおばあさんの家に泊まりにくるらしいんだよ。で、その間の日曜とか休みの日に、約束も無しに突然やってくる。浩平はいつくるか判らないから出かけられない」

「……それは」

「アポなしってわけね」

「んー、でもねー、その子もー……」

「あ、落ちた」

「その子も、なんなのよ!」

「そうだ、綾菜、寝るな!」

「だから、その子も遠慮してるし、浩平の気遣いには気づいてないんだよ」

「修一詳しいわね」

「ま、修一だからね」

「やっぱそれ、変態の域なんじゃねーのか?」

「ちがう、恋っ、なの!」

「あ、また落ちた…」

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