第68話
今日も今日で当たり前のように部室に向かって歩く。俺の隣にはこれまた当たり前のように美祢が一緒に歩いている。最近は腕を組んでくることもなくなって助かっている。入学直後の過激なスキンシップが今は懐かしい。
寒さも厳しくなってきた廊下を特にこれといった話題もなく内容のないおしゃべりを続けながら歩いている。あの文化祭の時のような変な距離感は最近感じていない。
俺も以前までの普通の接し方ができていると思うし、美祢も変に避けているような感じはない気がする。やはりあれは文化祭という魔力が生み出したものに違いない。
そうはいっても今も美祢のことが気にならないと言ったらそれは嘘になる。そこはもう否定できない感情が生まれていると思う。自分でも思うのだがどうして美祢何だとは思ってしまう。
部室に近づくとベガが既に部室の前に到着していた。部室に入ればいつも通りのおしゃべりが始まるからこれと言って声をかけなかったのだがどうも様子が変だ。
俺たちに気づいていないようなのだが部室の前から動かないのだ。寒いし早く入ればいいのだがどうしたんだろう。ベガの異変に美祢も気が付いたようだで俺を見てくる。
「どうした? 入らないのか?」
声をかけるとベガの表情は大袈裟な表現でこの世の終わりのような顔をしていた。
「開いてないのよ!」
よくわからなかった。別にベガの言ってることの意味が分からないのではない。言ってるセリフと表情が不一致すぎて意味が分からなかったのだ。
「カギとってくればいいじゃないか? 面倒くさいのか?」
「今日部活ないの?」
「先輩居ないの?」
「先輩たち来ないの?」
ベガが早口で大き目な声で畳みかけてきた。一体どういう事なんだ。こんなにベガが先輩先輩言う事なんて聞いたことがないぞ。部室の周りはまさにこの世の終わりのように静かだ。確かにこんなに静かなことは珍しいもんだ。
「今日はおねーちゃん達来ないんじゃない?」
先輩たちが来ないことをあっさりと告げる美祢。いや、それ早く言えよ。じゃあ俺たちはどうして部室に向かっているんだ? 確かに先輩たちが居なくても部室で喋ってくつろいで帰るんだろうけど。
「何で今日に限って来ないのよ! 困るんだけど!」
「先輩たちに何か用でもあったのか?」
ベガは先輩たちに何か用があったわけだな。この様子を見る限り急ぎの用事っぽい。ベガがこんなに慌てることも珍しいし。なんて俺は一人で考えていた。
「茶山さんは試験勉強だよね!」
美祢がどや顔で言い放って俺は直後に納得したと同時に思い出した。そういえば今日から試験勉強期間だったか。
「どうしてあんたは余裕なのよ」
そう言われて美祢は分かりやすいくらいに照れている。俺も余裕はないけれどこの中では一番余裕がないのは美祢に違いないはずだ。
「でも今まで部室で勉強してたじゃんか? 何で急に先輩たち来ないんだ?」
「そうよ! それそれ! 何で今回は勉強しないのよ!」
「おねーちゃんが言ってたんだけど先生がカギくれないって言ってた」
今まではカギくれてたのかよ。先生も先生だな。それでも先輩たちが簡単に引き下がるとも思えないから何か企んでいるのかと疑ってしまうのだが今は別のことをしないといけないな。
試験勉強ができないと焦って暴れるベガの暴走を止めなければいけない。ベガは試験勉強の部分は先輩たちに頼りっきりだったしな。
暴走しているベガとは正反対に美祢はものすごく落ち着いている。お前本当に美祢だよな? 別の人間が変装しているなんてことはないよな?
さっきベガも言ってたけどどうして美祢が一番落ち着いているんだという疑問が残ったまま。どっちかというと美祢が一番騒いでもいいんじゃないかと思うんだけどな。
まぁ先輩たちが居ても勉強しないか……という悲しい結論に達してしまった。
「チッチッチ、茶山さん。今更騒いでも変わらないのよ」
「いや、普通にアンタが一番やばいでしょ」
「それに、それは普段から勉強している人が言うセリフよ!」
「それよりも先輩たちはどこにいるのよ! アンタ知ってるでしょ!!」
またしてもベガが畳みかけて喋り始めてしまった。それを余裕のある表情で受け止める美祢。これは絶対に居場所を知っている顔だ。
美祢はわかっておちょくっているな。だがベガにはおちょくられている状況という事もわからないくらい余裕がないようだ。
まぁこういう状況なら仕方がない。俺は普通に帰って勉強しよう。俺だって余裕があるわけじゃないし。
「という事で、俺は帰るわ。帰って勉強する」
じゃあと言って帰ろうともできなかった。
「は? 何言ってるの? ちょっと待ってよ! 何で帰るのよ」
「あっそうだ! じゃあ今から城野の家に行って勉強しよう! そうしよう!」
「だめー! それはダメ! おねーちゃんのいる場所言うからそれはダメ!」
何がダメなのかはよくわからないが勉強の邪魔はされなくなるようだ。そして先輩の居場所をやっぱり知ってるようだ。
俺は今度こそじゃあと言って帰ろうとしたがやっぱり帰れない。
「今回はやばいのよ。教えてもらわないとやばいのよ」
「今回は? も? じゃないの? 茶山さん」
「あんたに一番言われたくないセリフよそれは! アンタはわかるのかしら? わかるんだったら誰でもいいのよ。教えてほしいんだけど!!」
ベガはそういいながら美祢のほっぺを引っ張っていた。美祢は痛い痛いと騒ぎながらもなぜか嬉しそうだ。
今日も旅行部1年生は平和だな。試験期間中なのに。
俺、帰ってもいいかな?
読んでいただきましてありがとうございます。
ずいぶんとお久しぶりになってしまいました。
ペースを取り戻してどんどん書いていきたいと思います。
まだまだちゃんと続きます。
ではまた次回。。。




