第63話
慌ただしく駆け抜けた文化祭もいよいよ終盤戦に。太陽が西へ沈み始めた頃になりようやくゲテモノ炭酸バーに旅行部のメンバーが全員揃った。そう旅行部の部員には意外と生徒会役員や元生徒会、生徒組合が多いせいか各々の仕事もたくさんあったようだ。中にはずっと部室で寝ていた先輩も居たのだが。
店の外では烏丸先輩、桃花先輩、ベガが可愛さアピールでお客さんを呼び込み相変わらずの大盛況。だが3人のアピールの横で炭酸を吹きだす生徒達が現在進行形で大勢いる状況。いや、よく見なくても一般のお客さんも混ざって炭酸を吹きだしている。いったい何が……と言いたいところだがあの3人に勧められたら俺だってゲテモノ炭酸でも買ってしまうかもしれない。かもしれないじゃないな、買ってしまう。だが去年このゲテモノ炭酸バーに出会っていたら買うことは買っていただろうがここに入学しよう! 入部したい! とは思わなかっただろう。運命とは怖いものだと強烈に実感した。旅行部っていう部活よりもゲテモノ炭酸バーのイメージの方が強烈に残っていただろうから。
店の中ではせわしなくゲテモノ炭酸を作り出す俺と美祢と日田先輩。3人で作り出したゲテモノ炭酸をゆかり先輩と小森江先輩がお客さんに提供していく。
そんな状況の中、桃花先輩が誰かと電話をしている光景が目に入った。ちょうどタイミングよくかはわからないが、桃花先輩は電話を切って店の中に向かって走ってきた。何かあったのだろうか?
その表情を見る限り深刻な問題ではなさそうだ。なぜなら桃花先輩はニヤニヤと顔が緩みきって笑いをこらえきれていないからだ。
ターゲットは俺ではなく美祢だった。
「彩耶乃、ちょっとこっちへ来てくださいます?」
そういって桃花先輩は美祢の手を引きどこかへ連れ去ってしまった。
美祢は乗り気で桃花先輩について行ったので、俺も手を振って見送った。
さて、今度は何をやらかしてくれるんだろう桃花先輩。
数十分たっただろうか、先に桃花先輩が戻ってきた。だが美祢の姿が見当たらない。
桃花先輩は行くときの緩んだニヤニヤとは別の表情、苦笑いに近いような表情に変わっていた。
美祢が何かやらかしたのか、美祢が何かやられたのか。今回は後者だった。
美祢が物陰から顔をのぞかせている。
「どうしたんだ?」
俺が声をかけても桃花先輩を黙って睨んでいる。
そして美祢が半べそのまま姿を現して俺にも理由が分かった。
美祢もコスプレをしているのだが、3人の超本格衣装に比べるとずいぶんと安っぽく見える。どこかのディスカウントショップで売られているナース服のコスプレのようだ。
「どうして私だけコスプレナースなのーーーーー」
美祢が騒ぎ始めた。頭を抱えて走り回っている。
「しょうがないですわ。急遽準備することになったから、これくらいしか用意できませんでしたわ」
美祢も桃花が急いで準備してくれたというのは理解しているようだからそれ以上は騒がなかったが、気分はすぐれないようでしゃがみ込んで不貞腐れいる。
「美祢、ちょっとこっちに来て」
そんな美祢を見かねたベガが手を引き、ゲテモノ炭酸バーの裏手側に連れていく。何をするのか見ていると、ベガ自身の髪につけていた鈴を美祢につけて髪をセットし始めた。
俺はベガのあまりの手際の良さに見とれてしまった。
ベガはまとめていた髪がほどけ髪を下す形に、ベガとは逆に美祢はツインテールに鈴をつける形になった。
美祢はよほど嬉しかったのだろう。テンションが一気に上がりくるくると回って喜んでいる。
今美祢が来ている衣装はコスプレ用だから短いナース服からちらちらと太ももが見えてしまっている。
下手をすればパンツまで見えてしまうんではないだろうか? これは美祢にドキドキしているのか、パンツが見えてしまうというドキドキなのか? 俺の心臓が跳ね上がっているのが分かる。
「ノブくん目線がいやらしいですわ」
「うげっ」
いつの間にか俺の隣にいた桃花先輩がぼそりと呟いて、変な声が出た。幸い美祢本人やベガには聞こえてないようだけど。
「彩耶乃の脚綺麗ですものね」
桃花先輩がどういう意味で呟いているのかわからなかったので返事はしなかった。どう返事をしても面白がられるだけだし。
俺が無視したからだろうか、桃花先輩は今度は二人にも聞こえるような大きさで喋り始めた。
「彩耶乃の脚綺麗ですものね! それにもうちょっと彩耶乃が激しく動けばパンうぐぅ」
俺は慌てて桃花先輩にすべてを喋らせないように口をふさいだ。この先輩、放っておいたらどこまで喋るかわかったもんじゃない。恐ろしい。
「あーそっちだけ盛り上がっててずるい!」
美祢にはこちらがじゃれあってるようにしか見えなかったのだろう。美祢もこちらへ向かって走ってくる。
桃花先輩は襲われたようなポーズでうつむいている。
「ノブくんが、ノブくんが」
泣き真似を始めてしまった。俺はもう呆れるしかなかった。
「どうしてそうなるんですか」
泣きたいのは俺の方だよ。俺も一緒にしゃがみ込んだ。なぜ俺も一緒にしゃがみ込んだのかよくわからなかったが体が勝手に、桃花先輩につられるようにということにしておこう。しゃがみ込んだのだ。
俺が一緒にしゃがみ込むと桃花先輩がニヤニヤと笑っている。ものすごく嫌な予感しかしなかった。桃花先輩のこの表情さっきも見たばかりだ。
「ノブくんノブくん。この勢いのまま彩耶乃が来たらきっとパンツ丸見えですわよ。どんなパンツ履いてるんでしょうね?」
先輩がぼそぼそと呟いて俺の心臓が大きく鼓動。目線は自然と美祢の脚を、太ももを、その先を追ってしまっていた。
「おぬしもわるじゃのぉ」
桃花先輩は俺の目線を追いかけていたのかどこぞの悪代官のような口調で楽しんでいる。
美祢の勢いを止めたのはまたしてもベガだった。俺と桃花先輩の会話なんて聞こえてないだろうと思う。そう思いたい。
「あんたこのまま突っ込んでいったらパンツ丸見えよ! 制服じゃないんだから気をつけなさいよ!」
「あっそっか」
美祢はそういいながらしっかりとナース服の裾を抑えてなぜか俺の方をじっと見ている。まさか視線がばれてしまったのか?
しばし美祢と見つめあってしまった。
そんな二人の固まった状況を桃花先輩が動かしてくれた。
「なーんだ。てっきりノブくんなら大丈夫ーって彩耶乃は言うとおもってましたわ」
桃花先輩の言葉になぜか心臓のあたりがチクリとした気がした。なんだこの気持ち。
恋人設定だのカップル設定だの騒いでたときは美祢の言葉からそういう言葉が出ていたかもしれない。そう思ってしまったらなんだか今の状況が寂しく? 思ってしまった。なんだが美祢がよそよそしくしているように感じているし、俺も美祢の接し方がよくわからなくなってしまった。自分の気持ちがよくわからない。今日の朝の気持ちに逆戻りした感じだ。
そういえば最近美祢は恋人だーとかカップルだーとか言ってないし腕も組んだのはいつ以来だろう。久しく記憶にないことも思い出してしまった。
「あれれ? ノブくんもどことなく元気がなくなってしまいましたわ。じゃあお姉さんが慰めてあげますわ」
桃花先輩がギュッと俺を抱きしめてくれた。
あまりの出来事に恥ずかしさとか美祢の事とか全部忘れてしまった。
桃花先輩が俺を抱きしめたときにため息をついているのが分かった。なんのため息かは今の俺にわかるわけなかったのだけれど。
「ちょっと! どさくさに紛れて何やってんのよー」
ベガが俺と先輩を引きはがし先輩を攻撃している。
「あっヒメちゃんパンツ見えてますわよあががががが」
桃花先輩がベガにやられて、周りが騒がしくなっていつも通りに見えるのに、俺は一層美祢との距離感をメインに桃花先輩との距離感もわからなくなりそうになっていた。
今回も読んでいただいてありがとうございます。
文化祭でいろいろとみんなの心を動かしているつもりなのですが動かせているのかな?
まぁとにかくコツコツと書いてます。
そういえば年末に旅行部のゲテモノ炭酸バーではないですが家で炭酸コーヒーを作ってみました。
それはもう酷かったです。なんか泡がすごかったんです。もう作りません。変なことしません。でも旅行部は変なことをします。
そんなこんなでまた次回。。。




