第60話
浅い眠りから、覚めたかどうかわからないほどウトウトとしたままの夢か現実かどうかわからない状況で、俺は昨日のことを思い出していた。
思い出しているそのことこそが浅い眠りの原因ということは俺自身が一番わかっていた。
昨日の俺は考えるよりも先に体が動いていた。どうしてそういう行動をとったのかということは俺自身が一番不思議に感じているところだ。
それと同時に、昨日俺がとった行動を冷静に思い出してみると顔から火が出るほど恥ずかしいことだと思い心臓の鼓動がバクバクと早まっていくのが分かった。
ベッドの中で一人悶々としているとすっかり脳が覚醒したのでとりあえず起き上がると机の上に無造作に置かれた携帯電話がピカピカと光っていた。手に取りメールを確認するとまたしても心臓のドキドキが早くなっていくのが分かった。
『ありがと』
美祢からメールで一言。そう書かれてあった。いつもみたいに謎の文面を長々と送ってくれれば別になんとも思わないのだが、こんな文面だと美祢の事を変に意識してしまう。いや、いつも美祢が本音じゃないということではなくて、いつも本音を隠しているように感じていたのだ。実は美祢のストレートな表現はあまり記憶にないのだ。いつもごまかし気味の変な表現をしているからそっちのほうだけが記憶に残っているのかもしれないがこんな風にストレートな表現はほとんど記憶にないと思う。
俺はとっとと支度をしてしまって家を出て学校へ向かう。文化祭がいよいよ始まるということもあるが、結局心の中がモヤモヤしっぱなしで居ても立っても居られなくなったからとりあえず学校へ向かうというのが一番の理由だったりする。
朝早くから学校に着いてしまったわけだが入学式の時みたいな一番乗りではなかった。本日昼過ぎに行われる我がクラス1年2組のコメディ演劇の準備を行うために早朝から数名のクラスメイトがすでに教室で作業をしていた。その教室の中で一番に美祢が目に入ってしまってまたドキドキしてきたのだがすぐにそれどころではなくなってしまった。
そう、クラスメイトが昨日のことを茶化してきたのだ。まぁある程度予測できていたのだが実際茶化されると恥ずかしいし照れてしまうものだ。人間こういう緊張の仕方をしても周りが全く見えなくなって自分が何をしているか何を言っているのかも真っ白になってしまう。
「ひゅーひゅー! お熱いねぇ城野」
「美祢ちゃん元気になってるねー。昨日何したのかな?」
いろんな言葉でクラスメイトから茶化されたのだけれど不思議と悪い気はしない。みんな悪いように言ってるようには聞こえないからだ。美祢も元気になってるようで本当に良かった。
「城野くんお熱いねぇー!」
いろいろとクラスメイトに言われて紛れていたのだがこの声は聴き逃さなかった。
いつものように突っ込もうと思ったのだが美祢の顔を見ると急に心臓が鼓動を速めてきたし、言葉が詰まって出てこなかった。
「ん? どしたの?」
首を傾げた美祢の何でもない顔を見てさらに心臓がドキドキする。
何意識しちゃってるんだ俺。えっ? 意識してるのか? ……でもそうとしか考えられないな。
完全に俺は美祢のことを意識してしまっている。悔しいのか認めたくないのか自分の気持ちがよくわからないが意識しているのは間違いないらしい。
いつもよりも短めのホームルームだったのだが美祢のことを考えるとさらに短くあっという間に感じた。内容は全く聞いてなかったのだが、文化祭開始の式をするらしく全校生徒か体育館へ移動するらしいので俺もクラスメイトについて行く。
体育館で文化祭開会の式が行われているのだが壇上で生徒会長であるゆかり先輩の挨拶が続いている。烏丸先輩とは真逆のタイプの生徒会長であるゆかり先輩。一生懸命に喋っている感じがこちらにもひしひしと伝わってくる。
そんなことを感じながらも俺は壇上の一番右にいるソワソワと落ち着かない人物、美祢を自然と追いかけてしまってた。
結局ゆかり先輩が何を言っていたのかは全くと言っていいほど聞いておらず美祢をただ観察してただけになってしまったのだが無事文化祭が始まったようだ。
始まったといっても各クラス、各部活動まずは準備といったところのようで全校生徒が思い思いの場所に散らばっていく。
俺もとりあえず午後のクラスの演劇の準備がないか確認のために教室に戻ることにした。
教室に戻ると再び昨日の美祢誘拐事件についていろいろと茶化され、そして昨日の帰ったことを根掘り葉掘り聞かれてしまうことになった。
しかしよくよくその話をしてみると美祢がいろいろと話を大きく膨らまして喋っているようで呆れてしまった。本当にアイツは何がしたいのか。
いつものように美祢を止めようと思うのだが、何かいつもと違いブレーキがかかってしまい言葉が詰まったり、行動しようとするとバンジージャンプの最後の飛び立つ前のように最後の一歩が出ない。まぁバンジージャンプなんてしたことがないのだけれど。
そんなやり取りをしている途中に助け舟なのか俺の携帯電話が震え始めた。
すぐに携帯電話を取り出して画面をのぞくとそこには、
『桃花先輩』
この文字を見て固まってしまった。
一気に昨日美祢を連れて帰る前の事を思い出した。昨日美祢を連れて帰る前に桃花先輩から鬼のようにメールと着信があったことを美祢の件ですっかり忘れてしまっていたのだ。
そう、俺は完全に桃花先輩を半日以上無視していたのだ。
「城野くん今日なんか変だよ? なんかいつもと違う感じがするし、顔色も悪いみたいだけど大丈夫? 私の風邪がうつっちゃった?」
美祢がくねくねしながら俺を見て心配して声をかけてくれたのだがもうそれどころじゃない。
「えーなにしたのー」
クラスメイトもまた便乗して面白おかしく喋り始めているが、俺は本当に全くと言っていいほど余裕がないのだ。もう今頭の中では桃花先輩が怒っている映像しか流れていない。実際には桃花先輩が怒ったような記憶はほとんどないのだが、何かされたり遊ばれたりこき使われたり遊ばれたりいじられたり遊ばれるようなことを想像してしまった。
「今日の城野くん本当に変だよ? ホントに風邪?」
俺が全く反応しないのでクラスメイトも心配して声をかけてくれているのだがその言葉に対して反応する余裕もなくなっている。だからなおさらクラスメイトが俺の心配をしてくれている。なんというスパイラル。俺はただ固まって思考停止し体中から汗が噴き出すような感じがしていた。
携帯電話の震えがおさまったと思ったら再び震え始め我に返った。何度も桃花先輩から着信が入るので余裕がなくなっている俺はとりあえず桃花先輩のところへ向かうことにした。
「ちょっと部室行ってくる!」
そう言葉を残して教室を出る。教室の中で何か言ってたが今はとりあえず桃花先輩だ。クラスの方はまた昼前にでも教室に顔を出せばなんとかなるだろうし、今俺が抜けても俺自身が演劇に出るわけでもないから大丈夫だろう。
教室を出た勢いのまま部室に向かって一直線。そしてノックもせずに部室に飛び込んだのだが誰もいない薄暗い静かな部室だった。
一瞬我に返って日田先輩が寝てるんじゃないかと思いそっと部室の中を見渡したのだが誰も居なかった。こういうイベントの時は日田先輩がよく部室で寝てるイメージなのだがここに居ないということは、今日は真面目に文化祭に参加しているのだろう。
さて、慌てて部室に来たわけだが誰も居なくて結局呆然と立ち尽くしてしまった。何も考えずに行動してしまった結果どうしていいか分からなくなってしまったのだ。今日の俺はずっと余裕がなくて空回り状態だ。
しかしそのタイミングで再び携帯電話が震え始めた。画面を確認すると桃花先輩だったので一度深呼吸をして電話に出る。通話のボタンを押す前はものすごく緊張して心臓が壊れるんじゃないかと思ってしまった。俺の心臓今日大丈夫なのか?
「走って部室に行っても何もありませんわよ。本当に昨日は大変でしたわ。わたくしと烏丸先輩とひめちゃんしか部活に来ないんですもの。文化祭前日ですよ? 前日。なのに三人で準備ですわ。あーほんとに疲れましたわ。いろんな意味で」
「すみません。ホントすみません」
俺は電話なのに自然と頭を何度も下げていた。しかし集まった三人がなんとも噛み合わせがよろしくない三人が見事に集まったものだ。ベガがどんな状況だったのか気の毒でならない。
さて、一つ桃花先輩が言ってたことが引っかかった。走って部室に行くところを見られているということは桃花先輩とすれ違ったかどこからか俺が見えたということだろう。
とりあえず電話をしたまま部室を出て周りを見渡すが桃花先輩らしき人物は見当たらない。
「そんなにキョロキョロしてみっともわいですわよ。もしかしてわたくしを探しているのかしら?」
やはり今も現在進行形で見られている。
とりあえずキョロキョロするのをやめて動きを止めて桃花先輩と会話をする。
「旅行部はグラウンドにお店を出してますのでこちらに早く来て最後の準備を手伝ってほしいですわ。詳しい場所はひめちゃんが分かってますから一旦そちらに行ってもらいますから部室で待っててもらってよろしいですわよ」
そう言って桃花先輩は電話を一方的に切った。どこかで見ているわけではないのか? 近くにいれば桃花先輩が直接来て出店場所まで連れて行ってくれると思っていたのだがそうじゃないのか? わけがわからない。
とりあえず言われた通りベガが来るまで部室で待機することにした。
そして一人になるとやっぱり美祢のことを考えてしまう。本当にどうしたんだ俺? やっぱりあれか?
今まで美祢のことをこんなに考えたこともなかったのだが、美祢のことを考えると頭がうまく働かない気がする。
そうしていると部室のドアノブをガチャガチャと回す音がしたのでベガが来たと思って部室を出ようとしたら思いもよらぬ人物が入ってきた。
「ど、どうしたんだ?」
「い、いや。みんなが部室行ってこいって言うから……」
部室のドアの前に立っているのは困惑気味の美祢だった。俺は予想外の展開で再び頭が真っ白になってしまった。
「そ、そっか」
俺自身意味の分からない返答で部室に沈黙が訪れてしまう。
美祢自身も今までの軽い感じではなく困惑しているようにしか見えない。
俺も自分自身で戸惑っていることを感じてる。
なんだか今日はずっと美祢と自然に話せなくなってる。今までは美祢が面倒くさいとかウザイとかいろいろあるときもあったけど楽ではあったのだけれど……
俺って美祢とどうやって会話してたんだっけ?
お久しぶりになってしまいました。
読んでいただいてありがとうございます。ようやく文化祭に突入することができました。
そして物語を動かせる感じになってまいりました。
初めてこういう形で書き始めてもう1年半ほどたつのですが、今更内容を構成して文章を整えて考えてみたいなことをする事を覚えました。
まだまだ迷走しそうな予感はありますが楽しんでもらえればうれしいです。
私も楽しく書くということは忘れないようにしたいと思います。
年内に頑張ってもう一回更新したいな。。。したいなじゃなくてする!
ではまた次回。。。




