第55話
今の俺はものすごく寝不足だ。
寝不足の原因はよくありがちな昨日の夜あまり眠れなかったという単純明快なものなのだが、その眠れなかった原因というのがこれまた単純明快で今日のことが気になって眠れなかったのだ。
気になるといっても良い方でドキドキワクワクしていたわけでなくて不安がいっぱいのドキドキで眠れなかったのだ。そう目を閉じると今日のことを想像してしまったのだ。
簡単に言うと旅行部のメンツがまた俺の家にわざわざ集まるのだ。何故広くもない俺の家に集まるのかはわからない。単純に広さだけならきっと桃花先輩の家の方が広いだろう。行ったことはないけれど絶対広いだろう。
まぁ全員が来るということで烏丸先輩ももちろんやってくる。
何をしにやってくるのかというと文化祭の料理の練習と段取りの確認だ。何度も言うようだが桃花先輩の家の方がいいんじゃないだろうか?
俺の家のキッチンを使うということで母親に相談しなければならなかったのだがすでに母親は知っていた。桃花先輩が母親に直接メールを送っていたようだ。
毎度思うのだけれどどれだけうちの母親と仲がいいんですか桃花先輩。うちの母親と休みの日に遊びに行くとか行ったとか言い出さないか心配になってしまう。
ベットの上で寝ころんだまま天井をぼーっと眺めながら寝不足の頭で昨日からの不安を思い出してたら悪魔のチャイムが鳴った。そう団体様御一考がやってきたことを知らせてきたのだ。
まぁチャイムが鳴る少し前から外が騒がしくなっていたのに気が付いていたのだけれど。
俺がベッドから起きることを嫌がる体を無理やり起こして部屋を出ようとしたのだが、先ほどまでの外での騒がしさが一段階以上騒がしく聞こえるのでこれはもう中に入ってきてるのだろう。誰かが勝手に開けて入ってきたのだろう。今度からはしっかりカギをしておかないと最近は物騒だからな。
「どうぞどうぞおあがりください」
美祢のふざけた声が聞こえてきた。
お前も一緒に入ってきたんだろう。なんでお前が招き入れる形になってるんだと心の中で思わず突っ込んでしまった。
部屋のドアを開けて美祢と一緒にみんなを出迎える形になったのだが桃花先輩が見当たらない。俺は2度ほど全員の顔を確認してしまった。
俺がキョロキョロしてたことに気が付いたのだろう。ベガと目があった瞬間にベガがリビングの方を指さした。その方向を目で追うとすでに桃花先輩はリビングに入っていた。
「はい! では今日は文化祭の料理の練習と確認ですわ」
みんながリビングにぞろぞろと入ってきたのを確認して、手を一度叩いて今日のイベントの確認をする桃花先輩。日田先輩ははぐれてしまいリビングまでたどり着けなかったようだ。まぁ俺の家ははぐれるような作りではない。玄関からリビングまでは廊下が1本だ。その途中にある俺の部屋できっと漫画を読んでるか眠ってしまうのだろう。いつものことなので放っておくことにする。
リビングでは桃花先輩とうちの母親がテキパキと料理の準備を始めている。どうやら材料は桃花先輩が持ってきていたようだ。
そしてどの料理に何を使うのかを母親と話し合っているようだ。俺は何をすることもなくみんなの様子を眺めていた。
リビングのテーブルの椅子に座り同じように周りの様子を眺めている小森江先輩。ソファーに座ってテレビを見ながら我が家のように完全にくつろいでいる美祢。そして料理の話を興味深そうに聞くベガとゆかり先輩と当たり前のように馴染んでいる烏丸先輩。
みんなを眺めていると母親から声をかけられた。
「ほら信治、ぼーっと立ってないでお茶でも出して! お・も・て・な・し!」
見たことあるようなポーズをしながら喋る母親に俺はイライラしてしまった。そんな状況を見て美祢と桃花先輩がケラケラと笑っている。呆れている俺を見て笑っているのか母親のやったことが面白いのかはわからない。
しかしこの二人本当に同じような笑い方をしているので知らない人が見れば本当に姉妹だと思ってしまうかもしれない。それほどそっくりな笑い方だ。
俺はとりあえずお茶をコップに注いでいくとそのお茶が注がれたコップを烏丸先輩がみんなに配り始めてくれた。なんか気使わせてしまったかな。
「あっ私はコーヒーがいいなぁ」
俺の方をチラチラと見ながらそんなことを呟いているのはうちの母親。おもてなしをしろと言っておきながら自分でも要求している。
「私も! 私もコーヒー!」
ソファの上で手を挙げて美祢も便乗する。そして母親と美祢が変なテンションでコーヒーコーヒーと騒ぎ始めた。なんだこの二人の、ネジが吹っ飛んだようなテンションは。
俺が頭を抱えていると桃花先輩の慌てた言葉が飛んできた。
「そのコーヒーは炭酸コーヒーを作る用ですから駄目ですわ」
その桃花先輩の言葉で嬉しそうに一人で拍手をするゆかり先輩と事情を知らない烏丸先輩と母親以外は皆ピタリと動きを止めてしまった。俺も頭の方から血の気が引く感じがして口がピリピリしている気がする。
「あ、味見……するの?」
ベガが恐る恐る桃花先輩に尋ねている顔は引きつっているように見える。そして俺も口の中がカラカラだったけど無理やり唾を飲み込んで桃花先輩の言葉を待つ。
「当然ですわ。どんな味かはきちんと確認しないといけませんわ」
桃花先輩のこの言葉に両手を挙げて喜ぶゆかり先輩。この人の口は本当に一体どうなってるのか。
「ゆかちゃんの味見は無しですわ。トモちゃんと烏丸先輩に味見をしてもらう予定ですわ」
両手を挙げて喜んでいたゆかり先輩が思いっきりがっかりうなだれている。あまり感情を出さないゆかり先輩が珍しい。もしかして食べ物関係だと感情を大きく出すのかな?
ちなみにトモちゃんとはうちの母親のことだ。桃花先輩がうちの母親を下の名前でフランクに呼ぶたびに頭痛がする気がする。
「どうしてよ。みんながものすごく嫌そうな顔してるのがわかるんだけど。ちょっと私味見したくないのだけれどだめ?」
さすがに周りの状況をよく見ている。ゆかり先輩以外があからさまに嫌がっているし雰囲気はすぐに察したのだろう。俺が烏丸先輩の立場でも容易にこの答えにたどり着くことができただろう。
それなのにうちの母親ときたら、元気いっぱいに嬉しそうに手を挙げている。
「だったら私は味見をしましょう!」
俺はまた頭が痛くなってきた。どうして桃花先輩みたいなポーズをとってどや顔してるんだ。もしかしてうちの母親は桃花先輩と親子なんじゃないか? そんなわけあるはずがないがよく似ていると思う。俺は自分が考えていることが意味不明なことはわかっているけど本当にそのポーズはやめてほしい。
「じゃあさっそく作っちゃいますわ」
桃花先輩がそう一言いうと炭酸を作る機械という謎のペットボトルと変な装置を取り出し、手慣れた感じでセットしていく。おそらく家でも作ったんじゃないのかな? そのくらいテキパキとしていた。
ペットボトルにコーヒーを入れて謎のタンクにペットボトルをセットした。桃花先輩がペットボトルを回転させると謎の機械からシュワワとちょっと大き目な音とともに泡が注がれている。おそらく炭酸だろう。
みんな炭酸コーヒーができることよりもこの炭酸を作る機械の方に夢中になっていた。世の中にはいろんなものがあるものだ。
コップに注がれる真っ黒のコーヒーから泡がパチパチと立っている。見た目だけだとコーラみたいに見える。
そう、あの時と似ている。悪夢の歓迎会の悪魔の飲み物だ。
だがうちの母親は躊躇なくグイっと炭酸コーヒーを口の中に入れて、
一瞬で吐き出した。
間違いなく旅行部が求めている炭酸コーヒーが完成したようだ。こんなもの文化祭に出していいのだろうか? ということはまた別の機会があれば考えることにしよう。
読んでいただいてありがとうございます。
お久しぶりになってしまいました。
人生いろんなことがあるなと感じながら毎日を過ごしてます。
実は炭酸を作る機械ってのを買ってしまいまして炭酸にはまっております。
ちょっと炭酸コーヒー作ってみようかなって考えてたりします。
ではまた次回。。。




