第53話
この感じがすごく懐かしい……ということもないかもしれない。
部室の感じはすごく懐かしいのだが1名の新入部員によって部内の空気はだいぶ変わってしまっているかもしれない。いや、変わってしまっている。
そう烏丸先輩の存在である。
旅行部を廃部にした張本人が入部するっていうとんでもない行動を見せてきたのである。
もちろんその存在を一番嫌がっているのは桃花先輩で、今も隠そうともしないくらい嫌そうな表情をしている。その嫌そうな表情は志位先生が顧問の先生になるとかならないとかの時を超える表情だ。
「今日は一体何をするのかしら? 結構ワクワクしているのよ私」
桃花先輩の表情を見て、わざとなのか知らぬふりなのか本当に気が付いてないのか。まぁそれは本人にしかわからないのだがワクワクしているのは烏丸先輩だけで他はみんな結構ドキドキしていると思う。俺もかなりどうなるのかドキドキしている。
そして一番ドキドキしているのはゆかり先輩だと思われる。いや、ドキドキというよりもオロオロしてまったく落ち着かない様子だ。
「これがいつも通りの旅行部ですわ」
いつもの腰に手を当てて謎のドヤ顔ポースではなく、小さな声でボソボソと覇気がない。明らかに面白くないというかテンションが低くても隠そうともしていない。ただ集まってることがいつも通りということも嘘ではない。まぁお茶を飲んだり漫画を読んだり布団で寝たりするところを見せられないから隠すつもりで素っ気ないのか……だから今日はお茶が出てないのか? 今日は本当に部室に集まっているだけでいつものお気軽なおしゃべりもない。まぁお気軽なおしゃべりがないのは烏丸先輩に原因がないこともないのだが。
ちなみに今日は久しぶりにお昼ご飯を部室で食べたのだが烏丸先輩は居なかった。たぶん言ってないのだろう。言われなければ部室でご飯を食べるなんてことわからないだろうからもちろん来るはずもない。
「ねぇゆか。本当にこれが旅行部の活動?」
烏丸先輩が一番この中で喋りやすいのがゆかり先輩なのだろう。さっきから何度か声をかけているが、ゆかり先輩は突然名前を呼ばれるたびに体をビクリと反応させて口をパクパクさせ始める。ゆかり先輩は桃花先輩を見て様子をうかがっているようにも見える。どういう風に答えていいのかがわからないのだろう。俺も同じ立場であればバカ正直に言うことはしないから様子をうかがうだろう。
「先輩って本当に旅行部に入るんですか? これって冗談ですよね?」
「あら? どうしてそういうことを言うの? 私が入ると何か問題があるの?」
桃花先輩は烏丸先輩が入部っていうことから疑っているようだ。頭を抱えて唸っている。俺も少し考えたのは、もしかしたら旅行部の活動を監視する意味で入部するとかそういう役割なのかなとか。しかし烏丸先輩の様子を見る限りではそんな雰囲気はない。まぁばれないように演じているのかもしれない。
「だからですね! みんながやりにくいんですわ!!」
この空気を見てと言わんばかりに手を広げて大きな声で言い放った。直球での一言。
でもその一言を受けても淡々と言葉を返す。
「本当にそうなの? あなた一人がそんなわがまま言ってるだけじゃないの? まぁ本当にみなさんが困惑しているのは私も気が付いているんだけどね。でも私は意地悪で言ってるわけじゃないのよ? 本当に旅行部が楽しそうだから混ぜてほしいだけなんだけどね」
烏丸先輩の言葉に誰も反応せずに沈黙。烏丸先輩は旅行部が楽しそうって言うけど旅行部が楽しいかどうかはさておき、旅行部のどの部分を見て楽しいと言ってるのかは疑問だ。旅行部は烏丸先輩に活動を見られた覚えがないし外での活動は夏休み以外やってないはずだ。やってるとすればただのお喋りだ。それを楽しそうというのは無理があるだろう。ということはやはり烏丸先輩は監視役として旅行部に入るということなのだろう。そう思ってしまう。
桃花先輩も苦手の烏丸先輩には勝てないようで黙り込んでしまった。
だがその沈黙を破る救世主が現れた。こんな重い空気をいつものように破れる人物なんてそんなに多くないだろう。
「もーお姉ちゃんはどうして烏丸先輩とケンカするの?」
そう、美祢が重くなった沈黙の部室で当たり前のようにいつも通りの感じで発言した。
「お姉ちゃん? えっ???」
二度驚きそのまま固まっている烏丸先輩。
その烏丸先輩の様子を見てまた悪そうな顔をしている桃花先輩がいた。やられっぱなしだから反撃を思いついたとかそんな感じなのだろうがどう見ても一方的に相性が悪いように見えるので心配だ。
「そう! 実はわたくしたち姉妹なんですの!」
「いや、苗字違うでしょ……」
二人同時に口を開いたのだがどちらもよく聞き取れた。
「えっ? 何? 今度は何なの?」
烏丸先輩わざと聞こえないようなふりで桃花先輩に意地悪しているようにしか見えなくなってきた。絶対桃花先輩には烏丸先輩の言葉は聞こえてるだろうし。
このやり取りを見て部室の端っこで笑い声が聞こえたので振り向くとベガが必死で笑いを堪えようとしていたが堪えきれずに笑いが溢れ出ていた。
「もう! なんでもないですわ! それに姫ちゃん! 隠れて笑ってるの見えてますわよ」
顔を真っ赤にして怒ってるのか恥ずかしがってるのか面白いな桃花先輩。そして全く対照的に烏丸先輩は冷静だな。
「いや、だって笑うでしょ普通。桃花先輩慌てすぎだしバレバレだし」
最後は溢れ出る笑いを我慢できなかったのかもう隠せずに笑いながら喋っていた。
そんなベガにまた顔を真っ赤にしたままムキになっている桃花先輩だけど烏丸先輩にはそういう風に当れないからベガにその矛先が向いてるんだろうな。
「もう! ノブくんもそこで何冷静に考えてるんですの!!」
俺の表情がわかりやすかったのか心を読まれたのかはわからないのだがこちらにも怒りの矛先が向いてしまった。
「もー何で私の事無視してるの? 何でおねーちゃんは烏丸先輩とケンカするの? みんな仲良く! いつも通り!!」
美祢は無視されたのがそんなに嫌だったのか大きな声で割り込んだ。そして部室の中に置かれている物入れからコップを取り出しやはり部室に君臨する冷蔵庫の扉を開けて冷たいお茶を取り出し人数分のコップに注ぎ始めた。
冷蔵庫は隠すつもりはないんだろう。だって部室の中で響く低いうなるような冷蔵庫独特の音がって烏丸先輩めちゃくちゃ驚いてるし。やっぱり人間意識しないとあまり気が付かないものなのかな。いや、これは驚いてるんじゃなくて呆れているのかな?
「私物ですわよ。旅行部の道具もほとんど私物ですわ」
桃花先輩も一応言い逃れをしようとしているのか、でも意味不明なことを言ってまた空回ってる。
「道具が私物? それはどういう事……道具???」
またひとつ確認しては驚く烏丸先輩。
俺は烏丸先輩の驚きに一応フォローを入れるつもりで一言。分からない人には意味不明すぎるだろう。
「まぁ体験すれば道具の意味は分かります。文化祭が終わったら一回旅行やりましょう」
「もーどうして勝手に話が進むんですの!」
自分が主導権を握れないからだろう。またまた一人で怒っている桃花先輩。バタバタと手足を暴れさせながらもチラチラと俺を見る。俺は目を合わせない。
「旅行をやる? 行くんじゃなくて?」
烏丸先輩がブツブツと言い始めて混乱している。
「二人は仲好くできるの? どうしてさっきから私の事はずっと無視なの?」
美祢は美祢で二人を仲直り? させようとムキになっている。この狭い部室の中はひっちゃかめっちゃか大混乱だ。
「旅行部さんうるさいでーす」
久しぶりのこの苦情。この苦情すらも懐かしい。
そして小森江先輩が当たり前のようにテニス部にいく。ここまでがセット。
この部室内の混乱に静かに顔を覆ったまま俯いて座るゆかり先輩がなんだかいたたまれなくなってしまう。
部室の隅でもう声を大にして笑うベガ。
ここっていったい何部だっけ? まぁこれが旅行部だよな。
読んでいただいてありがとうございます。
涼しいクーラーの部屋の中でおなかをすかせて喜んでおります
復活した旅行部ですがちゃんと始まれるのでしょうか(笑)
ぼちぼちとおつきあいください。
ではまた次回。。。




