第42話
ゆかり先輩の小さな小さな呟きを何とか聞き逃すことなく反応した俺は今ゆかり先輩に手を引っ張られて連れ去られている最中だ。
どこに連れていかれるのかわからないということと、若干の駆け足で引っ張られている状況なのでゆかり先輩の手の温もりを楽しむなんて余裕はない。ちなみに美祢はついて来なくて手を振っている。
誤解を生む発言をしておいてからのこのお見送りである。もう意味不明だ。
俺は美祢が廊下であることない事言いふらしていないか、桃花先輩に変なことを言っていないかという心配が膨らんでいる。特に桃花先輩はこの手の話題を実に楽しむので困ったものだ。
ゆかり先輩に連れてこられた場所は元旅行部の部室だった。
何でよりにもよってここなのかよくわからなかった。もちろんカギは開いているわけがないのでドアの前で立ち尽くす形になる。
しかしゆかり先輩はポケットに手を突っ込んだかと思ったら鍵を取り出した。
そして何のためらいもなくカギをドアノブに差し込み捻る。
カギが開いたときの音がしたのでゆかり先輩は元部室のカギを持ち歩いているのだろう。いったい何のために?
抜け殻になった元旅行部の部室に手を引っ張られる形で連れ込まれて二人っきりになる。
窓も空いてない部室は10月を過ぎたというのにものすごく蒸し暑くてすでに汗があふれ出してきそうだ。
たまにゆかり先輩は大胆になるのだが、勢いよくやっていることが多くほとんどは状況を確認すると恥ずかしがってしまう。
「あの……ゆかり先輩……これはいったい……」
とりあえず現状を確認するために聞いてみる。俺もいきなり連れてこられてしかも元部室。
再び湧き上がる疑問。どうしてゆかり先輩はカギを持っていたのか?
まさか最初からここに連れてくるつもり? でもたまたま俺がゆかり先輩に話しかけたからこうなったわけで、一応桃花先輩を問いただす選択だってあった。そうなっていたらゆかり先輩は俺をここに連れてくることは不可能だったと思う。
まぁ何が言いたいかというと俺は混乱しているということと、ゆかり先輩がいつもカギを持っているのか? という疑問がわいたということだ。
俺がずっと考え事をしている間もゆかり先輩は黙ったまま。もちろん俺も黙ったままなので部室の中は沈黙が続いている。外の話し声や運動部の掛け声が部室の中に聞こえてくるくらい静かだ。
黙ったままのゆかり先輩は何やらブツブツと小さな声でつぶやいている。この静かな部室でもその独り言は何を言っているかは聞き取れない。そしてたまに頭を抱え込んだりプレハブ小屋の隅に行ってしゃがんだりしている。
これは完全に勢いでここに来たのだろうと予想した。
「あのー俺はどこから何のことを聞けばいいんでしょう?」
俺からちょっと話いいですかと切り出しておいて何なんだが、まさか元部室に二人っきりになるなんて思ってなくて混乱して俺も自分で何を言っているかわからない状況になっているんだ。言ってて意味不明だということは俺が一番わかっている。
そして俺の意味不明な発言を聞いたゆかり先輩は壁を向いたまま小さく吹き出して笑ってしまっている。
壁際でウロウロしていた行動が笑いと同時に停止して、笑顔のまま俺の元に近づいてくる。笑ったゆかり先輩を見て俺は嬉しいという感情が湧いていた。
「今日初めて笑いましたね」
自然とそんな言葉が出た。
「ノブくん何言ってるかわかんないんだもん」
また思い出したのだろう笑いながらそんなことを言う。
「俺もそう思います。自分で何言ってるのかわかんないんでよ」
ゆかり先輩はまだクスクスと笑って目尻から涙をこぼすほどだ。そんなに笑うほど変だったかなと思ったが今のゆかり先輩が笑ってくれるなら何でもいいやと思ってしまった。
「さっきの美祢ちゃんがおかしくって」
今度は盛大に笑い始めた。美祢の一体何を思い出して笑っているのかわからない。でも大体美祢は変なことしてるし言ってるから何がゆかり先輩の笑いのツボにはまっているのかはわからない。
「あれ? 俺のことで笑ってたんじゃないんですね?」
「うん。ノブくん何言ってるかわかんなかったから」
俺のことで笑ってくれてると思ってたから……なぜだろう俺のことで笑われてないことが分かったのにショックだ。
「先輩意外と傷つくことを言いますね」
「でも笑ったら少し気分が軽くなったかも」
ゆかり先輩はそう言ってるが表情はあまり明るくなったようには見えない。
「辛かったら話さなくても大丈夫ですよ。まぁ桃花先輩って気まぐれですし基本的に気分屋ですよね。あっこれは桃花先輩には内緒ですよ」
俺は笑いを誘うつもりで軽い感じで桃花先輩のことを言ったんだけど効果は全然無いようで完全に失敗だったようだ。むしろゆかり先輩は真剣な顔をして言葉を探しているように見えた。
「違うのだからね、私が悪いの。……あのね、桃ちゃんとけんかしてるんだけど本当は私が悪いの。旅行部を助けようと思ったけど上手にできなくて……それで……きっと桃ちゃんだったら上手にできたのかもしれないとか思っちゃって……」
俺はこのことを聞いて頭をフル回転させた。ゆかり先輩が何を思っているのか。それを聞いて桃花先輩はどう思うのだろうか? 何か二人はすれ違っているのではないだろうか?
旅行部が助からなかっただけで桃花先輩が怒るとは思えないし、現状でも楽しんでいるように思えるのでゆかり先輩にだけ助けてくれなかったからと言って怒ったりするはずがない。だって桃花先輩はゆかり先輩に迷惑かけられないようなことを言ってたし。
俺がいろいろと頭を巡らせていたらゆかり先輩が、
「それでね、旅行部を助ける方法を考えてたんだけど思いつかなくて。旅行部を助ける方法が思いつくまでは旅行部に顔を出せないなって思って。方法が思いついたら顔を出してちゃんと桃ちゃんに謝らなきゃって思ってて……」
その言葉を聞いた途端にまじめすぎるし、どうしてそんなに背負っているんだろうという疑問がわいた。旅行部のメンバーらしくない真面目さだ。
「先輩真面目すぎますよ。ゆかり先輩は旅行部を助けるって言ってますけど作った張本人が結構今の状況をそれなりに楽しんでますよ。まぁ結構桃花先輩は意地っ張りだから俺たちには本当のところを見せたくないんでしょうけどゆかり先輩がそんなところまで全部背負う必要なんてないんじゃないですか? 一緒に楽しんで旅行部を復活させましょうよ! 旅行部は楽しくですよ!」
一応冗談っぽく言ってみたんだがそういう風に伝わったかな? それよりも自然と出た言葉だけど旅行部は楽しくとか楽しんでって普通に出てきた自分に俺はもう桃花マジックにかかっているのかなんて考えてしまった。
「それともう一つですね、ゆかり先輩も旅行部の一員なんですから一緒に旅行部復活の方法を考えましょうよ。一人で考えても浮かばなければみんなで話したら誰かが思い浮かぶかもしれません。そのためには部活に参加しましょうよ! まぁ毎日1年2組の教室で旅行部は旅行部復活復活とは言ってますけど復活の方法とか考えずに騒いでるだけなんですけどね。それでもゆかり先輩が桃花先輩と顔を合わせずらいのであれば俺が一緒に考えますから気軽に言ってください。一緒に考えましょう」
一気に喋ったので呼吸が少し乱れて口の中はカラカラになっていた。俺が呼吸を整える間、ゆかり先輩は黙ったままだったので何か考えているのだろうか?
「どうしてノブくんってそんなに優しいんだろうね?」
俺はゆかり先輩の言ってることがよくわからなかった。
俺が変な顔でもしていたのかゆかり先輩はクスクスと笑っていた。
ゆかり先輩の笑顔がステキだなとか考える余裕がなく俺の体からは汗が噴き出してきていた。
この汗がゆかり先輩を意識してしまってなのか、プレハブ小屋の暑さなのかどちらかわからなかった。
今週も読んでいただいてありがとうございます。
文章の書き方を毎日試行錯誤している日々です。
最近は特に本を読む量が増えてしまっています。
真似ごとじゃないですけど自分の表現に消化できればいいんんですけどね、そんなこと考えて読むと純粋に作品を楽しめなくなってしまうという。。。
そろそろ旅行部も動かしていかないといけないですね。はい動かします(笑)
ではまた来週。。。




