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第3話

ちょっと長くなってしまいましたが楽しんでください。

 入学3日目にして学校に行きたくない。

 俺の希望の星、旅行部がとんでもない部活にしか見えなかった。

 結局昨日の部活動紹介の後、運動部の一番奥にある旅行部に与えられた部室に行くことができなかった。

 正直に見に行くのが怖かったのだ。あんな紹介を見せられたら普通に活動している部活に見えない。

 学校に向かう足取りも物凄く重い。

 こんなことだったら旦過中央高校にしておけば良かった。学力もまぁ背伸びしなくて良かったはずだから、勉強の部分でついていくのに必死ということもなかっただろう。ということは部活やらバイトやら勉強以外の青春を堪能することも出来ただろう。

 だが平和通学園はというと、俺が旅行部という餌で物凄くスパートをかけて勉強をして滑り込んだ学校だ。

 昨日のテストの結果もきっと悲惨なものになるだろう。おまけに昨日は部活動紹介のワクワクで午前中の最初のテストからもう心ここにあらず状態だったのだ。

 部活動紹介がおわった後も心ここにあらずになってしまったのだが。

 そんな昨日のことを思い返していたら足は勝手に学校に向かっていたようで、30分ほどの徒歩での道のりだが、すでに学校の門は見えてきた。途中でモノレールでの通学組の中の俺の席の後ろの奴が声をかけてきた。

「城野くーん! 旅行部ってどうだった?」

 朝からテンションマックスのようで元気120%のようだ。

「おはよう」

 俺は抑え気味な朝の挨拶と笑顔で俺の席の後ろの奴の質問を全部スルーした。

「おはよー。で、どうだったの? 面白そうだったの?」

 スルーできないようだ。お前は野球をやってろよ。気になるならまずお前が旅行部に入って安全かどうかを確認してきてくれ。

「実はね、うちの学校野球部って硬式なんだって。俺軟式がしたかったのになー」

「え? 軟式?」

 高校野球と言えば硬式だろ? みんなで3年間汗水たらして甲子園を目指すあの高校野球だろ?

「だって硬式って痛いじゃん。それに俺は甲子園を目指したいとかプロになりたいとかじゃないからね。健康のために体を動かすために野球がしたかっただけなんだよ。健康のために野球をするのに、その野球で怪我するなんて本末転倒だよ」

 周りが俺たちのことを遠巻きに見ている。そりゃそうだ、通学路で立ち止まって男二人で何事だと思うだろう。

 ひそひそ話が聞こえるのだが、勘違いされてないだろうか? 何の勘違いかは知らないが。

「城野君、遅れるからそろそろ行こう!」

 そう言って勝手に学校に向かって歩き始めていた。お前が俺を引き留めたんだろう……


 学校についた俺は早速頭を悩ませることになっていた。

「ねぇねぇ美祢さんって旅行部に興味があるの?」

 また俺の後ろの奴のとんでも発言が聞こえた。相手は全校生徒がいるあの場面で手を挙げて発言をするような奴だ。きっとろくな奴じゃないだろう。ああいう奴が旅行部に集まって行っているのだろう。

 俺は知らないふりして話を聞いていた。窓の外をぼーっと眺めながら。

「何々? キミも旅行部に興味があるの? 私と一緒に旅行部に入らない?」

「僕もちょっぴり興味はあるんだけど、城野君が入学式の日から旅行部のこと気になってたみたいだから。美祢さんも旅行部のこと知ってたみたいだし」

 今話の流れに城野君っていう言葉がでたよな。その城野君ってのは俺のことだろうなきっと。聞き間違いじゃないよな。となるとこの後の話の流れは、

「へぇ、城野君! どこに居るのかわからないのだけれど、旅行部に興味があるのであれば私と旅行部に入りましょう! 恥ずかしがらずに出てきてもいいわよ!」

 俺はお前の目の前に居るんだが聞こえなかったふりをしておこう。

「美祢さん、美祢さん。目の前に居るよ」

 まぁそうなるよな。

「なんだ。元気いっぱい手を挙げればいいじゃない。シャイボーイなのかな?」

「なんだよシャイボーイってうるせーな。お前ら朝から元気ありすぎだよ」

 思わず反論してしまって、ちょっと声が大きくなってしまった。

 周りが何々? とこちらを見ている。俺としてはあまり目立ちたくないのだが、こいつらがどうにも目立ちまくっている。

「よし! じゃあ今日の放課後一緒に行こう! そして入部しよう!」

 行こうじゃないよ。あと俺に選択肢はないのか? すでに行く気満々なんだが。

 もう頭痛くて早退しそうだよ。

「お前は昨日行かなかったのか?」

「お前じゃないよ。私は美祢 彩耶乃(みね あやの)覚えてね。じょ・う・の・く・ん」

 こいつの笑顔、不覚にもドキッとしてしまった。こんなとんでも女。

「じゃ、放課後一緒にね! 楽しみだねー」

 楽しみだねーじゃないよ。俺はお前……美祢が昨日旅行部に行ったかだどうかを知りたかったんだよ。美祢といい、俺の後ろの席の奴と言い会話が成立しないからストレスになる。

「で、昨日は行ったのか?」

「はーい席についてー」

 美祢はニッコリ笑ったまま席に着いた。先生、タイミング最高に悪いですよ。



 テストの結果が続々と返ってきてゲッソリとしている俺の前に美祢が立っている。

 あぁもう放課後なのか。

「さぁ行くよ!城野 信玄(じょうの のぶはる)くん!」

「なんで俺のフルネーム知ってるんだよ」

「調べたんだよーん」

 ニコニコ満点の笑顔にピースをしながら答えてくる。いちいち可愛いからイライラ倍増だ。もうちょっと素直だったらって俺は何を考えているんだ。

 俺の席の後ろの奴も巻き添えにしようと思ったらすでに居なかった。逃げたな。

「さぁ何やってんの? 行くよ!」

 そう言ってる途中から、俺の手を引っ張って走り出した。

 走らなくても旅行部は逃げはしないだろうに。だるそうに対応していた俺だが、ワクワクしていないといえば嘘になる。

 変な人たちとは言え、やっぱり旅行部が気になってたから。旅行部で学校を決めたくらいだからね。ただ俺が素直じゃないのと、心細かったのと、想像を遥かに超えていそうということだ。最後の部分は想像でしかないのだから、結局行かないとわからない部分もあるんだけど。

 正直こういう美祢みたいなタイプはありがたかった。うじうじしてた俺を強引にでも引っ張って部室まで連れてってくれるんだから。美祢が居なかったら、俺……もしかしたら旅行部あきらめてたかもしれないし。

 さあ一気に部室までと思ったらいきなり美祢が急ブレーキ。俺はそのまま美祢の柔らかい体に突っ込んだ。

「キャッ。城野くんのえっち」

 何がエッチだよ。お前が急に止まるからぶつかるに決まってるだろ。と頭の中では突っ込む言葉浮かんだが、あまりのことに口から言葉は出てこなかった。

 だっていい匂いがしたらそんな言葉全部吹っ飛んじゃうよ。

「教室に残っているみなさーん! 今から旅行部に見学に行く人はいませんかー? 一緒に行きましょー!」

 俺の体が美祢に突っ込んだ状態なのはお構いなしに仲間探しをし始めていた。

 しかし反応はイマイチのようだ。流石に昨日の部活動紹介での印象が悪すぎる。旅行部への期待値が高すぎた俺も迷ってたくらいだからな。

「旅行部って昨日のアレでしょ? ちょっと……」

「あの旅行部……いやー私は」

「美祢さんと城野くんって仲がいいのね」

 やはり反応はどうとっても悪い。皆、存在すら知らなかった上に、昨日のあの紹介だから仕方がないといえば仕方ないだろう。俺も存在の知らない部活で昨日の紹介をされたらちょっと……ってなるな。うん。

 それと、俺を美祢と一緒の仲間みたいな扱いにするんじゃない。

「うーん面白そうなのにどうしてなのかしら。みんなシャイなのかしらね」

 美祢は首をひねって考えている。ついでに唇に人差し指を当てるおまけ付き。可愛いじゃねぇかちくしょう。こいつ黙ってたら結構モテるんじゃないか?

 そんなことを考えていたらまた手を引っ張られて、今度は急ぐことなく歩き出していた。

「今度は急に止まるなよ」

「それはまた止まって私に突っ込みたいという意味でとっていいのよね? 走ってないから突っ込んでこれないよね。ハハハー」

 繋いだ手をぶんぶん振りながら歩く。コイツの思考回路はどうなってるんだ? そりゃまぁ嫌とは言わないけどコイツは本当に急に止まりそうだから気をつけないと。

「何ニヤニヤしてるの? さっきの感触を思い出してニヤニヤしてるのかしら?」

 俺の顔そんなにニヤついてたのかな? 考えたが自分では確認のしようがないがコイツのことを考えていたのは事実だから見抜かれていたのかなと考えてしまう。

「前向いて歩けよ」

 俺の精いっぱいの抵抗の言葉に、笑ってハイハイと返事してくれた。

 周りがみんな俺たちのことを見てることに気が付いた。そのあと俺は美祢と手をつないで楽しそうに喋りながら歩いていることに気が付いた。気が付いたが気が付かないふりをした。

 旧校舎から新校舎、そして新校舎の一番反対側の出口の先に運動部の部室と思われるプレハブが並んでいた。そういえば運動部の部室の一番奥とかなんとか昨日言ってたな。

 野球部のユニフォームやらバスケ部のユニフォームやらスラリと綺麗な足が伸びたテニス部女子とかぞろぞろと出入りしている。

「ねぇ、城野くん。いっつも鼻の下伸ばしてるけどこの私じゃ満足できないの?」

 また来ましたとんでも発言。コイツ自分に相当自信持ってるのか? 冗談でもそういう言葉は出ないと思うのだが、女子高生ってみんなこうなのか? 

 そんなやり取りしてるとついに旅行部の部室の前に到着した。

「さ、入ろ」

「お、お前は昨日も来てるかもしれないけど俺は結構緊張してるんだよ。先輩たちと初対面なんだからちょっと心の準備をさせてくれ」

 俺のちょっと待ったの言葉の前にポカンとした表情で俺を見てくる美祢。

 俺は本当にコイツが何を考えているのかちっともわからない。

「何言ってるの? 私も今日が初めてだよ。初対面って言ったって昨日あんな感じで紹介してた先輩たちだから気負う必要なんてないでしょ。ささ入るよ」

 そういって美祢がドアに手をかけようとしたときに中からドアが開いた。

 低く鈍い音が1回響いた。

 美祢の顔と部室のドアが正面衝突した音。

「ほら……変なこと言ってるから」

 言い終える前に美祢が抱き着いてきた。

「痛いよーーーーー。城野くん痛いよーーーーーー」

 うえーんとか言いながら俺の胸に顔をうずめてがっちりと俺に抱き着いた形で痛がっている。

 俺はどうしていいかわからずに両手を挙げて降参のポーズ。心臓は飛び跳ねるようにバクバクしてる。

「部室の外でいろいろ喋ってた失礼なこととか聞こえてるんだけど、何か用?」

 こんなプレハブ小屋みたいなところだとそりゃ中からも外からの音もつつぬけですよね。俺はどうしようと両手を挙げたままオロオロとしていると急に美祢が復活して俺を突き飛ばした。

「はい! 1年2組美祢 彩耶乃(みね あやの)。一応入部希望です!」

「……」

 美祢が俺を突き飛ばして先輩たちの方を向いて手を挙げて自己紹介。

 めっちゃ元気いっぱいに自己紹介している。もちろん部室の外で。

 ほかの部活の人たちも何事とこちらを見ている。

「ほら、あんたも自己紹介しなさい!」

 美祢に促されて我を取り戻す。美祢に突き飛ばされていた俺はゆっくりと立ちあがり、お尻についてる砂を払い落として、落ち着いた感じを装って普通の自己紹介をする。

「美祢と同じ1年2組の城野 信玄(じょうの のぶはる)です。武田信玄の信玄と書いてのぶはると読みます。同じく入部希望です。よろしくお願いします」

「城野くん元気がなーい!」

 美祢の突っ込みを無視して沈黙が一瞬。

 部室の外で二人が自己紹介。中に居る先輩たちも唖然としている。

「ちょっと中入って中」

 先輩たちが手招きで部室の中に俺たち二人を招き入れようとする。

 美祢は堂々と、俺は恐る恐る部室に入った。何か怒られるのかな? コイツの言った変なことも聞かれてたっぽいし。

 先輩は突っ立ったままの俺の手を引っ張り強引に部室に引き込んだ。


 部室の中で沈黙が……流れなかった。

「ひゃっほーーーーーー」

「やりましたわーーーーー入部希望者ですわーーーーー」

「こ、これで……」

「入部できるーーーーーー」

 先輩たちが喜んでいる中に紛れて美祢も喜んでいた。すでに溶け込んでいる。

 一応まだ仮入部してる段階だぞ。

 部室内はどんちゃん騒ぎのお祭り状態だ。 

「旅行部さんうるさいでーす」

 外からか隣の部室からか柔らかい苦情が入った。

「静かにしますわ。しーですわしー」

 人差し指を唇に当てて黙ってのポーズ。そのポーズと同時に静かになる旅行部の部室。

「ちょっと俺いってきます」

 一人の先輩が部室から出ていった。昨日の紹介を見る限りまた揉め事かと思い内心ドキドキしてきた。いってきますってどっち? 言ってくる? 行ってくる?

 壁が薄いせいか外でやり取りしているからか先輩の声がよく聞こえた。

「入部希望がありちょっとはしゃいでしまいました。申し訳ない! お恥ずかしい」

「あーはいはい。おめでとう」

 簡単にあしらわれている。旅行部ってそういう扱いなのか。

 外に出ていた先輩が戻ってきた。

「いや、はしゃぎすぎてしまったようだな。そういえば君の顔はどこかで見たような……」

 謝りに言っていた先輩が俺の顔を見ながら考えている。

 俺、この先輩とたぶん認識はないと思う。同じ中学でもなかったと思うし。一応名前も知らない。顔はまぁ……一方的には。

 そうすると女性の先輩がはい! と仕切り、手を叩いた。

「とりあえず自己紹介ですわ。1年生だけに自己紹介させっぱなしだと失礼ですわ。まずはわたくしから。わたくしは遠賀 桃花(おんが ももか)と申しますわ。この旅行部を作りましたの。よくやく、ようやく部活として認定していただける時がやってくると思うともうワクワクがとまりませんわ。次はゆかちゃんお願いしますわ」

 旅行部を作ったという遠賀先輩。やや色の抜けた長い髪を振り回さんばかりの勢いで自己紹介している。手足も長くてスタイルはいい。

 独特の制服の着方をしている。ブレザーを腰に巻いてその上からカーディガンを肩にかけている。いわゆるプロデューサースタイル? しかし全体的にごわごわしてたりスカートが妙に長かったりと独特のファッションセンスだ。これで校則的には大丈夫なのだろうか?

 次に名指しされたゆかちゃんと呼ばれた人が律儀に一歩前に出て自己紹介を始めた。昨日最後に壇上に並んだ先輩だ。そしてなぜか生徒会の腕章をしていた先輩だ。

 背が小さくてかわいらしい。美祢も小柄だが美祢よりも小さいだろう。 やたらとスカートが短いので目がそちらに向いてしまう。

四辻 ゆかり(よつつじ ゆかり)です。生徒会の役員です。さっきの桃花とは幼馴染という理由で旅行部に居ますが辞めたいです」

 ボソボソとうつむいて小さな声で自己紹介を始めたが、今やめたいって言ったぞ。間違いない。聞き逃すはずがない。

「はい! 次俺!! 俺は日田 視紀(ひた あきのり)! 部員が増えて部活ができるとうれしいです! 何をやるのかはよくわかってません!」

 四辻先輩の辞めたい発言を完全にスルーしただけでなく、この先輩何をやるかもわかってない。旅行部って名前付いてるから旅行だろ? というか日田先輩大きくてよく動くから結構迫力があるな。

 そういえば日田先輩、昨日あんなに堂々と旅行部の紹介の時に喋ってたから部長と思ってたのに違うのか。なにか切り替えのスイッチでもあるのかな? まぁいろんな意味で大物な先輩だ。

「最後に俺が小森江 勝(こもりえ すぐる)勝ち負けの勝ちと書いてすぐるとよみます。よろしくお願いします」

 深々とお辞儀をした小森江先輩。さっきも外に謝りに行ってたし、まともな人がいて良かった。全員変な人だとただのヤバい集団だから。困ったことがあったらこの人に頼ることにしよう。先輩たちのファーストコンタクトをそんな感じで整理していたら遠賀先輩がまたとんでもないことを言い始めた。

「質問いいかしら? 彩耶乃ちゃんと城野君って付き合ってるんですの?」

 確かに一緒に来たし、よく思い出すと俺、美祢と手をつないで来たのか。先輩たちに最初に見られたときは確か美祢が俺に抱き着いていて……そりゃ勘違いされるか。

「いえ……」

 俺がやんわりと否定しようと思うと隣から勢いよく美祢が発言した。そりゃ否定するよな。

「はい」

 はっきりと否定されるとそれはそれで寂しいというか……はい? はいって言いました美祢さん。イエスのはいですか? っていうか俺も驚いてるんだけどいつから? 俺たちいつから? てかどうなってるの?

 小森江先輩がすげーって言いながら拍手してる。

「ねぇ、城野くんも驚いてるんだけどどういうこと?」

 四辻先輩がボソボソと呟く。よく表情を見てるな。油断できない。

「そういう設定です。なので私と城野君はカップルです」

「設定……なにそれずるいですわ。私も設定やりたいですわ」

 遠賀先輩が変なことを言い出した。設定とかいいから旅行部はどんなことをしてるのとかの話がしたいんですけど。

 遠賀先輩めっちゃ設定の部分に乗り気なんですけど。

「じゃあ美祢ちゃんはわたくしの妹っていう設定ですわ! わたくし妹ほしかったんですの」

「わかった! おねーちゃん」

 遠賀先輩が目をパチクリさせて固まっている。おい美祢、お前対応力すげぇな。もう妹設定受け入れて順応してるのか。

「かわいいですわ、かわいいですわ。かわいいですわ! もう一回! もう一回やってくださる?」

「おねーちゃん大好き」

 美祢が首を少し傾げて可愛いポーズをしながら放った言葉で遠賀先輩は一発ノックダウンだ。

 よく使う表現では、鼻血を出しながら後ろにぶっ倒れるという表現が今の遠賀先輩には一番合ってると思う。ついでにぐはっというような効果音も聞こえていそうなほどだった。

 実際は興奮しながら抜け殻のようにパイプ椅子に座り込んで目をキラキラさせながら美祢を見つめている。結構ヤバイ人に見える。

「旅行部、6人になったんだよな。6人だと部室狭いよな、部室大きくしてもらえないか生徒会に問い合わせてみようか?」

 日田先輩が閃いたことをそのまま口に出したように言った。

「特に活動してない部活にそんなことは難しい。そもそも旅行部が同好会にも認められない理由は人数の他にも……」

 そういえば生徒会だったな四辻先輩。同好会にも認められない理由が人数の他にもってさらっと何か聞こえたんですけど。そっちが気になるんですけど。と思ってる時に小森江先輩もなにか思い出したように声を出した。

「城野くん……そういえば城野くんって一昨日ビラ渡しそびれた人だ」

 俺はずっと気がついてましたよ小森江先輩。昨日の壇上にいるときから分かってました。そして今日この部室に来て顔と名前が一致しただけです。しかし俺はここでしらばっくれようかどうしようか迷ってしまった。いえ、違うと思うんですけどって言ってしまえば勘違いだったかな? ってなるんじゃないかなと考えたからだ。さらにあの一瞬で顔を確認するのは難しかったんじゃないかなとも考えた。

 俺が否定の言葉を出そうとしたとき、本当にのど元まで言葉が出てたのにさえぎられた。こいつは本当に。

「えー何々? 城野くんって先輩たちと先に面識あったんだ。さっき私には先輩たちと初対面だって言ったじゃない。うそつきーうそつきー」

 半分ふざけながら美祢がちょっかいをかけてくる。本当に美祢は俺を振り回したり、俺の発言を邪魔したりすごい才能だと思う。

「手を振ったんだから振り返してほしかったな。寂しかったな」

「ビラを受け取らなかったとこじゃなくてソコですか!」

 小森江先輩の発言に思わずつっこんでしまった。俺って何やってんだ。

 しかし小森江先輩はわかっていないようで真面目に返答してきた。

「だって城野くんがもらってくれたらもう終わりだったのに、生徒会にもバレて怒られちゃうし……」

 俺には怒られてるように見えなかったが、俺が帰った後に怒られたのかな?

「ダメなものはダメだったから。あとすでに怒られてたでしょ、どさくさに紛れて渡そうとしてたじゃない」

 四辻先輩がぼそりと呟いた。もしかして止めてたのって四辻先輩? そういえば生徒会の人たちにゆかって呼ばれてる人がいたし、四辻先輩って四辻ゆかりだし……昨日の部活紹介の時も呼ばれてたし。

「ねぇ、城野くん。今、否定するような気がしたんだけど……それと、私は手は振ってないわよ」

 またまた四辻先輩がぼそりと小さな声で呟いた。じっと俺を見ながら。

 四辻先輩ってよく見てるのか? それとも当てずっぽうなのか? はたまたカマかけ? 俺は今試されてるのか?

「さ、さぁ。どうでしょう?」

 だいぶ苦し紛れに誤魔化したつもりだが誤魔化せてないかもしれない。まだ四ツ辻先輩はじっと見つめている。

 耐えられなくなった俺は目をそらしてしまった。なんか悪いことしてるような気がしてきた。いや、嘘は良くないんだけど、嘘つくつもりなんてないんだけど……つこうとしてたよね俺。

 四辻先輩はため息をひとつついて俯いてしまった。なにか見抜かれてる気がして罪悪感が残る。見抜かれていなければ罪悪感がないとは言わないが、まともな先輩だからもっとスマートに初対面を終えたかった。

 俺の中で空気を変えたかったから気になる話題を出してみた。

「旅行部って普段どんなことやってるんですか?」

 俺にとってはかなり気になっていた。さすがに毎週旅行に行くわけはないと思っているが、毎日何をしているのか。例えば旅行の計画を立てるとか、旅行の知識を増やすために観光地のことを調べているとか。もしくは観光地の検定の勉強をするようなことをしているのか。受験勉強の合間でもいろいろと妄想していたのだ。

 俺が質問をして何秒かたったと思うのだが先輩達からの反応が薄い。薄いというか反応がない?

 俺の質問が悪かったのかな? ということは質問の仕方を変えてみよう。

「じゃあ質問を変えます。先輩たちは普段ここでなにをしてるんですか?」

 一応部室に入ってからチラチラと部室の中を見ていたのだが普段何をしてるのかわからない。想像もつかない。

 俺の妄想していたようなものの欠片もなかったのだ。旅行のパンフレットとか観光地検定の参考書とかとにかく旅行っぽいものがこの部屋になかったのだ。どこかに綺麗に片付けている……ようには見えない。

「うーんとね。普段はここに集まってお喋りしてるよ。あとはお昼休みによくアッキーがお昼寝してる」

「は、はぁ。ほ、他には?」

 遠賀先輩の全く迷いのない答えに俺は戸惑っていた。毎日お喋りしてるだけでアッキーって誰のことかよくわからなかったけどおそらく日田先輩のことかな。そっちを向いてたし、視紀っていう名前だし。そういえば日田先輩何をやるのかよくわからないって言ってたな。

 おいおい大丈夫か旅行部。

「だから同好会としても認められなかったの」

 四辻先輩が呟いた。

 その言葉に俺は納得と絶望を感じていた。

「旅行部楽しみだわねー。おねーちゃん!」

 美祢はよくわかってないけどすでに楽しんでいるようで何よりだ。俺もう乾いた笑いすら出ずに突っ込む気も起きない。

「これからよろしくね」

 小森江先輩の言葉も意識が飛びそうなくらいショックを受けていた俺にはぎりぎり聞こえるか聞こえないかになっていた。何をよろしくなのか……

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