第33話
俺の部屋から聞こえる茶山さんの悲鳴に、母と桃花先輩がお揃いのエプロンで楽しそうにケーキを作っている風景が目の前に広がるという目と耳同時に衝撃を受けて意識が遠のきそうになる。
意識をしっかりと保ちなんとか悲鳴が聞こえた俺の部屋にたどり着くと美祢が茶山さんにやられていたのでまた何かやらかしたんだろうと簡単に想像でき自然とため息が出た。
「美祢、お前また何かやらかし……」
俺が途中まで喋ったところで茶山さんがこちらを見たところで吹き出してしまった。
茶山さんの顔にはひどい落書きがされていたので寝ている好きに美祢がイタズラで書いたのだろう。本当に美祢は幼稚なことをする。
俺が吹き出すとゆかり先輩も吹き出した。どうやら我慢していたようだが俺が吹き出したことで釣られて笑ってしまったのだろう。
茶山さんは相変わらず美祢を締め付けていたが、俺とゆかり先輩が笑ってしまったので恥ずかしさを思い出したのかだんだんと顔が赤くなっていき美祢の顔はだんだんと青白くなっていく。
「茶山さん……ギブギブ……本当……に……死ん……じゃ……う……から……」
美祢が声を絞り出し助けを求めていたので一応助けてやろうと、
「茶山さん、顔洗ってこよう?」
そう言って茶山さんを洗面所に連れて行きタオルを渡してまた部屋に戻る。
部屋に戻ると咳き込みながらも自らの顔や体を触り生きていることを確認するような仕草をする美祢が俺を見ながら、
「城野くん! 喉が渇いたよー。ジュースは?」
このセリフにキッチンにはジュースを取りに行ってたことを思い出したのと同時に助けるんじゃなかったと思ってしまう。
美祢の頭の中には反省という文字はないのかと疑いたくなる……いや訂正しないといけない。
反省の文字なんて無いのだろうと思ってしまう。
再びキッチンに足を運ぶと楽しそうな二人が見えて頭が痛くなる。
そんな二人を無視して冷蔵庫に手をかけた瞬間に部屋から悲鳴が聞こえた。
本日2度目の悲鳴だ。
ちなみに今度は美祢の悲鳴だ。
今度はすぐ駆けつけるようなことはせずに人数分のコップとジュースを持って部屋に向かおうとしたところで、
「もうすぐケーキできるからね」
「ケーキでも食べて休憩ですわ」
母と桃花先輩の言葉にもため息しか出なかった。
もうどこから何を突っ込もうかと頭の中で言葉がめぐりに巡って呆れてしまい、そしてどうでもよくなり言葉を飲み込んでしまいそうになったが無言のまま立ち去るのはあまりにも悪かったので先輩に嫌味っぽく一言だけ、
「もうなんかですね、ずっと休憩みたいな感じですよ」
俺はそう先輩に困ってるんですよアピールをしたのに全く関係のない先輩と母親の会話になっていて俺は言葉を飲み込んで黙ったまま部屋に帰ってしまえば良かったと小さな後悔した。
「今度はなにかしらね? 騒がしくてごめんなさいねトモちゃん」
「賑やかな方が楽しくていいじゃない」
母と先輩が仲が良すぎて、部屋では悲鳴が上がり俺はどうしたらいいんだろう。
「先輩、母親を下の名前で呼ばないでくださいよ本当に」
悔しかったのでもう一言だけ先輩に呟いて部屋に戻ることにした。
先輩はベロを出していたずらっぽくウインクをして笑っていた。
この人のこういう笑顔って反則的に可愛くてドキッとしてしまう。
部屋に戻ると状況が分からずに思わず持っていたコップとジュースを落としそうになった。
半泣き? いやこれはマジ泣き? の茶山さんと顔が青くなってひっくり返っている美祢と俺のベッドの上で怯えながら枕を抱きしめているゆかり先輩……強盗でも入ってきたのかと思うくらい何が何だかわからない状況になっていた。
「城野ー! どうしようどうしようどうしよう!!!」
ベッドにうつ伏せていた茶山さんが抱きついてきて心臓が爆発しそうなくらいに脈を打ち始めた。
誰が何に対してどうなっているのかが全くわからない。この状況を確認したいのだが誰に確認すればいいのかすらわからない。
とりあえずは茶山さんに聞いてみるしかないと思い、
「茶山さん、どうしたんです?」
聞いてみたがガッチリと抱きついたままどうしようどうしようしか言わないのでわからない。茶山さんも混乱しているのだろう。
この状況では俺の身が持たない。俺の心臓のドキドキが茶山さんに伝わるくらいドキドキしてる。
青ざめてひっくり返っている美祢は全く確認できそうにないのでベッドのゆかり先輩の方を見た。そして目があったが首を横に一生懸命振っていて怯えるチワワみたいになっている。
茶山さんの肩に手を置いてもう一度ゆっくりと話しかけた。
すると茶山さんも少し落ち着いたのかまともな返事が返ってきた。
「美祢が書いた落書き……油性ペンだったの……」
その言葉を聞いて俺はもうどうしたらいいのかわからない。茶山さんになんて声をかけていいのかも俺の中の言葉の選択肢では何も選べずに声をかけられなかった。
そして美祢がひっくり返っている理由もなんとなくわかってしまった。
重苦しい沈黙が部屋の中を支配していたところに全くこの空気とは関係ない陽気な感じで桃花先輩が入ってきた。
「ケーキできましたわよ。みんな休憩に……どうしたのかしら?」
桃花先輩も何かあったことを察したのだろうが桃花先輩の後ろからもう一人の邪魔者が見えた。
俺の母親が桃花先輩の後ろでぴょこぴょことジャンプしながら「どうしたの? どうしたの?」と嬉しそうにはしゃいでいた。
俺は桃花先輩に状況を話そうとすると桃花先輩に遮られた。
「まぁまぁ立ち話もなんですから座ってケーキを食べながら聞かせてくださる?」
そして桃花先輩の隣りに当たり前のように座りみんなのジュースを入れ始める俺の母親。
俺は無視していたが我慢ができなくなって突っ込んでしまった。
「なんで普通に紛れ込んでるんだよ。おかしいだろ?」
「えーいいじゃない。なんで私だけノケモノにしようとするの? いじわるー。モカちゃんと居ると楽しいんだもーん」
「楽しんだもーん。じゃねーよ。なに息子の部活の先輩と普通に遊んでるんだよ」
母親はブツクサと言いながらも結局桃花先輩のとなりでケーキを食べている。
あぁ頭が痛い……いや胃も痛いのか?
俺に抱きついていた茶山さんは今度は俺のベッドに顔を沈め、ひっくり返ったままの美祢にベッドの上で未だ怯えたままのゆかり先輩、そして普通にケーキを食べる桃花先輩と母親。なんだこの状況。
何がどうなったらこんな状況になるのだと頭を抱えていた。
「もーしょうがないですわね。ノブくんも困っていますしもっとみなさん楽しみますわよ。ノブくんを困らせてはダメですわよ」
そう言いながらひっくり返っていた美祢のほっぺを叩いて起こし、茶山さんの顔の落書きを可愛らしい化粧ポーチの中から何かを取り出し拭いてあげ、俺の母親にケーキをあーんしてあげてベッドの上のゆかり先輩には、
「いつまでそこに乗ってるのかしら? ノブくんのベッドと枕は堪能できましたかしら?」
とゆかり先輩いじりまで含めて一気に場の空気を変えた。
ゆかり先輩も通常営業に戻ったのか桃花先輩に弄られて顔を赤く染めていた。
意識を取り戻した美祢は茶山さんに土下座して謝っている。
「ほんとにごめんなさい。水性ペンのつもりだったんだけど……ごめんなさい」
まぁ美祢の見事なまでの土下座だった。
「もういいわよ。あんたいつもやりすぎだけど」
呆れつつも許すあたり茶山さんも優しいよなと思ってしまう。
俺がいろいろ考えても何もできなかったのに桃花先輩の行動一つで一気に元通り? になってしまうあたり桃花先輩の凄さを目の当たりにする。
その後普通に宿題を再開したのだが集中は続かずに終わらなかった。
そして桃花先輩が寝てたり、ゆかり先輩が座ってた所とか枕とか、茶山さんが顔を沈めてたりした掛け布団とかが女の子の香りだらけになっていて夜全然眠れなかったのは内緒だ。
読んでいただいてありがとうございます。
夏休みの宿題を2話続けての形で書いてみました。
楽しんでいただけていれば嬉しいです。
来週はいよいよキャンプのお話を書こうと思ってます。
夏休みが終わればイベントがたくさんありそうな2学期も始まる予定です。
ではまた来週。。。




