第30話
美祢と遊びに行ったあの日から、よく美祢からメールが来るようになった。
相変わらずの内容だったが本当によくメールが来る。
そして今日も今日でメールが来ているのだが、あいにく俺の体調がかなり悪いのでお断りのメールを送ったのだ。
すると美祢にしては珍しくその後の返信がなかったので理解してくれたものだと思っていた。
夏風邪は長引くというもので少し横になっていたらいつの間にか眠っていたようだ。
眠っている途中に意識が浅くなったのか玄関のドアがガチャガチャとする音が耳に入り意識が段々と覚醒していった。
自分がどのくらい眠っていたのかわからなかったのでぼやけている意識の中で携帯電話で時間を確認すると家族が返ってくる時間とは程遠い昼の1時だった。
ということはこのガチャガチャという音はなんなのだろうという恐怖に意識がシフトしていった。
さっきまでのぼんやり意識ではなくはっきりと覚醒していた。
家族で無ければ誰がドアを開けるのだろう? そして鍵は閉めているのか? いや、日頃から玄関のドアを閉めるときは家から誰もいなくなるときだけだ。つまり今は高確率で玄関の鍵は開いていると思われるだろう……そんな風に自問自答していた。
重い体にムチをうち一応部屋の中で身構える。だって勝手に入ってくるといえば泥棒だろう? 泥棒でなくてもきっと普通の人ではないので警戒するに越したことは無い。
俺の心臓がバクバクとすごい音を鳴らし壊れるんじゃないかというくらい強く脈を打っている。そんな状況で部屋の中で息を潜める。
そんな俺の緊迫した状況はあっさりと終わりを告げた。
玄関から知ってる声が部屋まで届いてきたからだ。
「どうしてアンタが城野の家を知ってるわけ? っていうか勝手に入っていいの?」
「大丈夫大丈夫。だって家族の人が居ても城野くんのカノジョですって言うから」
「いやいやそういうことじゃないでしょ? 勝手に入るって……ってちょっと待って、もしかしてアンタ達の仲って家族公認なの? それとも家族の方は本当に付き合ってると思ってるわけ?」
「なーいしょ。それより静かにして。城野くんに気づかれちゃうよ」
………………
もう声が聞こえて気づいてしまった俺はどうしたらいいのでしょう?
外から大きな声で漫才が俺の部屋まで聞こえていた。
俺の予想通り普通の人ではなかった。
とりあえずどうしていいかわからなかったのと、泥棒じゃないという確信で一気に疲れが出てきたので普通にベッドで横になることにした。
玄関から人が入ってくる音が聞こえる。
あー普通に入ってきてるよ、アイツら頭おかしいだろなんて思わずに、そんなことにも少しの驚きだけな自分も慣れすぎだろうと自分に突っ込んでしまう。
そんな意外と冷静な俺も寝たふりみたいな状況になっている今、俺の部屋のドアが開く瞬間はやっぱりドキドキしてしまう。
俺の部屋に勝手に入って来た後、二人とも小さな声でコソコソと喋っているようだ。
「城野くん寝てるよ」
「アンタなんで部屋まで知ってるのよ」
「だから、なーいしょ」
俺はこの後もこのままの寝たふり状態を続けることが難しいと判断して起きることにした。それに美祢が寝たままだと何をしてくるか、何をするかわからなか過ぎるというのもあった。
一応茶山さんが居るから大丈夫だとは思うのだがそれでも美祢は危険だ。
ちょっとだるそうにベッドから起き上がって見たが、我ながら演技の下手っぷりがヤバイ。
「ほらー茶山さんの声が大きいから城野くん起きちゃったじゃない」
「ご、ゴメン」
「いや、ゴメンじゃなくて何で二人が俺の部屋に居るのかな?」
俺の超下手な狸寝入りから起床までの演技は通じた? ようで二人に怪しまれることはなかった。そもそも茶山さんは勝手に入ったことを悪く思っているのでそこまで俺のことが目に入ってないのかもしれない。
「ご、ごめん。勝手に彩耶乃が入っていくからついて来ちゃった」
「あっずるーい。私が行くから茶山さんは外で待っててって言ったじゃん私!」
謎の言い合いというか美祢の言ってることは大分おかしいと思うぞ。
あと美祢は勝手に入ったことには全く悪びれた様子の欠片もなかった。さも当然のような言いようだ。ここはお前の家ではないんだぞ?
茶山さんと美祢の謎の言い合いをしていたのだが、茶山さんの怒りの矛先が変わったように聞こえた。
「そういえばどうして美祢は城野の家知ってんのよ。それに部屋の場所まで」
これは美祢じゃなくて俺に対しての質問なんだよな?
「えっ? だって来たことあるから分かるよ。ね?」
俺に向けられた質問と思っていたのだが美祢が答えてくれた。まぁ美祢の言い方で間違ってはないのだがちょっと違うように聞こえてしまうので訂正しておこう。
「いやいや、ね? じゃねーよ。1回だけだろ? しかも何で威張ってるんだ」
突っ込んでいたらキツくなって来た。風邪だからちょっとゆっくりしたいのが正直なところだ。
風邪の状態で美祢の相手をするのはしんどいし、美祢と茶山さんのやり取りに巻き込まれるのはもっとしんどい。
茶山さんはあきらかに不機嫌になっていた。
「設定とか言ってやっぱり二人はちゃんと付き合ってるんでしょ? ね? そうなんでしょ」
茶山さんがどうしてその辺にこだわるのかがよくわからないし、今日はちょっとしんどくて、俺自身ちょっとイライラもしていたので茶山さんは何でこんなこと言ってるんだ? と余裕のあるいつもの対応ができなった。
「頭痛いから大きな声出すなよ。もう何しに来たのか知らないけどちょっと寝たいから騒ぐんだったらもう帰れよ」
そう言って俺は布団を被り目を閉じた。
やはり疲れていたのだろう。目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってきてさっきまでのやり取りが何事もなかったかのように眠ってしまった。
再び睡眠から覚醒しぼやけた意識の中で体を起こすと何故か美祢と茶山さんが俺の部屋で正座していた。
そして俺はそういえば二人が部屋に来ていたことを思い出すと同時にあれは夢じゃなかったんだと思ってしまった。
さらに俺が眠りにつく前に茶山さんに言ってしまったことも思い出した。
「いつから正座してるの? さっきはごめんね。ちょっとイライラしてたから……」
そして俺の目線に鍋らしきものが俺の机の上に置かれている状況を捉えた。なんだあれ?
「私こそゴメン。私たちもちょっとはしゃいじゃったから……城野風邪ひいてるのに……ほら、アンタも謝るんでしょ?」
そう言われた美祢は俯いたまま黙っていた。
「謝るって言ったじゃない? どうしちゃったの?」
コソコソと茶山さんが美祢に話しかけているが茶山さんの声は俺の耳にも届いてしまっている。しかし美祢も何かゴソゴソ言っているがこちらは俺の耳に全く聞こえてこない。
そして茶山さんが溜息をついて話を変えた。
「城野、一応おかゆを私と彩耶乃で作ったから食べて。勝手に台所借りちゃったけど。あんたずっと寝てたからご飯食べてないでしょ? お腹減ってない?」
そういえば何も食べてない事を思い出すとお腹が減ってきた気がする。というか今何時だろう? と俺がキョロキョロと携帯電話を探すと何故か茶山さんは時間を教えてくれた。
「今は4時すぎかな。ちょっと変な時間だけどどうする? 食べる?」
茶山さんは俺と会話しつつも美祢をずっと気にしてる。美祢自身は凹んでいるとかそういうふうには見えないんだがどうしたんだろう? 俺の風邪がうつったのかな? それよりも俺の腹は正直にお腹のベルを鳴らした。
「じゃあせっかくだし頂くわ」
「あらやけに素直なのね」
いつもの俺は素直じゃないのかな? なんて考えていたら美祢が急に手を挙げて、
「私がやる! 大丈夫できるよ!」
そんなことを言ってフラフラと立ち上がり足が痺れているのか変な動きをしながらお粥をつぎ始めた。
「はい、あーん」
美祢が俺にお粥を食べさせてくれるらしいが俺は固まってしまった。
同じように茶山さんも固まってしまっている。
でも俺は美祢の差し出したおかゆを一口で食べた。冷たくなっていたが塩味が効いてて美味しかった。
「あっうまい」
自然と声が出ていた。
それを聞いて喜ぶ美祢とその美祢を笑顔で見つめる茶山さん。
部屋にはようやくほのぼのとした空気が流れていた。
結局全部食べるまで美祢はあーんし続けた。
恥ずかしい行為のはずなのに全く恥ずかしくなかった。それは家だったからか、この部屋に美祢と茶山さんしか居なかったからか、それとも俺が風邪で普通の状態じゃなかったからだったのか。
満腹になるとまた眠気が襲ってきた。本当に今日は体調が悪いな。そして体調が悪い時は睡眠を取るに限る。
「じゃあちょっとまた横になるわ。また元気になったら遊ぼうぜ。今日は本当にありがとな」
二人が帰るところを見送ると俺は再び深い眠りに就いた。
母親の大きな声で飛び起きるまでは。
「何これ!? 信玄あんた風邪ひいてたんじゃなかったの? 台所で何したらこうなるのよ!!」
母親が何を言っているのか全く状況も、意味もわからなかったのだが今日はあの二人を怒る気にはならなかった。
だけど大体の想像はついた。
読んでいただいてありがとうございます。
バタバタと慌てながらも喜んでおります。
最近1週間があっという間なのです。
来週はもっと早く感じるくらいあっちこっちに行かないといけないみたいです。
さてさてノブが風邪を引いてしまったのですが女の子が部屋に入ってくるなんてなんて羨ましんだ!
そんなことをぶつくさとつぶやきながら書いておりました。
そろそろ夏休みも終わりを迎えると思います。
あぁいいなぁ夏休み。
ではまた来週。。。




