第28話
北海道スキー擬似旅行ツアー当日、俺と茶山さんは意味がわからない理由で桃花先輩に怒られている。
いや、厳密に言うと意味がわからないことはないのだが、今この擬似旅行でそれが必要かどうかと言われると意味がわからないということだ。
桃花先輩が怒っている理由は北海道のスキー旅行なのに、なんでこんな夏の制服という格好で来て、荷物にも暖かい服がないのかということのようだ。
だってこの8月のクソ暑い部室の中で雪山に着ていくような服や、スキーウエアを着るなんて自殺行為のようなものだ。もちろん日射病的な意味だ。
だからいつもどおり夏の制服を着て来たのだが、俺はなにか間違えているだろうか?
茶山さんもきっと同じことを考えているのだろう。不思議な顔をして桃花先輩のことを見ている。いや、茶山さんはコイツ何言ってるんだ? っていう風にも見えるな。先輩だからこの先輩何言ってるんだ? か。まぁそんな細かいところはどうでもいいのだが。
「どうしてノブくんとヒメちゃんは着替えを持ってきてないんですの? 雪山を舐めてはいけませんわ。とっても危険ですのよ」
先程からずっとこんな感じで言われている。まぁ怒っているというよりも心配しているという方が強いのだが、クーラーもない真夏のプレハブ小屋という部室でスキーウエアを着ている先輩と美祢の方が俺は心配だと思っている。
そりゃ俺だって本当の雪山に夏の制服なんかで行ったりしない。当たり前だ。そんなことはただの自殺行為だ。
だが俺たちがする擬似旅行は何度も言うが真夏のプレハブ小屋での雪山スキー旅行ってわけでスキーウエアなんて要らないはずだと思っている。
何度も桃花先輩が怒って心配していた理由がこの時の俺は全くわからなかったし、きっと茶山さんもこの人何言ってるんだろうにしか思えなかっただろう。
だってこんなことになるとは俺の考え方では想像してないし、想像できないよ。もちろん茶山さんも想像できなかったと自信を持って言える。
そう、北海道スキー擬似旅行が本当に始まるまでは……
今、俺は部室の中で遭難しそうなのだ。
部室の中で遭難ってわけがわからないだろう? 俺もわけがわからないんだ。別に本当の遭難をしたわけではないのだが、今の俺の状況を的確に表現する言葉が遭難っていう言葉しかないのだ。
桃花先輩のマネーパワーで部室の中に投入出来るだけドライアイスが導入されて現在の室温がマイナス8度となっている。これって俺の知っているドライアイスの使い方じゃない。
そんな部室の中で俺と茶山さんだけが夏の制服を着ていて二人で凍え死にそうになっているというわけだ。
そう! まさに寝るな! 寝たら死ぬぞ! みたいな状況になっているのだ! 二人だけだけど。ちなみに美祢は何の疑いもなくスキーウエアを持ってきていた。京都旅行の時も本当に行くような口ぶりだったから今回も本当のつもりでの用意だったんだろう。ちなみに一人だけスノボーの板も持ってきている。
先輩たちはさすがにスノボーの板までは持ってきてないようだ。さらに美祢の格好も板も新品に見えるのでこの擬似旅行の為に揃えたのだろう。この真夏によくスキーグッツを揃えられたものだと関心する。
部室のドアを開ければその外は30度を超える真夏日だっていうのに凍死しそうなんて誰が想像できるだろうか?
俺の隣では唇が真っ青になった茶山さんが意識があるのかないのかわからないほどの無表情となっている。これやばいだろ普通に。
俺と茶山さん以外はカシャカシャとうるさいスキーウエアで楽しそうに小森江先輩の作り出した雪山の映像を見ながら砕いた氷で擬似雪を作り出しているようでそれを投げ合っている。そこまで再現しますか桃花先輩。というか氷が痛い。
いろんな機械が壊れないか心配だが、今は自分の体が一番心配だ。
真夏の30度を超える日にプレハブ小屋の部室で凍死なんて死んでも死にきれない。
「もー城野くん元気ないなー。なんでそんな格好なの? 茶山さんも」
「いや、逆に聞くけどなんでこんな暑い日にスキーウエアなんて発想が出てくるんだよ」
「だって北海道だよ? スキーだよ? 防寒具は要るにきまってるでしょ?」
俺はもう言葉を出す気力もなかったが無意識で力なの無い声が出ていた。やっぱりコイツはマジで用意したんだ。
「北海道でも夏は暑いんだぞ?」
「でも今寒いじゃん? 城野くんも茶山さんも寒そうだよ? とっても」
開いた口がふさがらないとはまさにこのことで、隣の茶山さんは口が空いたまま意識を失っていた。
雪山の環境は再現できたがやっぱりスキーが全然できずにあまり面白くないと桃花先輩のワガママ? が始まっているが普通に考えてスキーは無理だろう。
ここまで再現できてる時点ですげーよと思った。
俺は今にも死にそうな茶山さんを連れて部室の外に出た。まさに逃げ出すように。
「あったけぇ」
思わず俺の出した言葉に周りに居た生徒たちが変な目でこちらを見ている。
「あぁ暖かい。生き返る」
俺の隣で同じような言葉を言う茶山さんも同じような目で見られそして『あぁ旅行部か』と囁かれているが関係ない。俺たちはなんとか死にかけから生き延びたのだ。
体温が上がっていくのが分かり、ようやく普通の思考回路に戻っていき、そして同時に恥ずかしさも上がっていった。
「また旅行部が変なことやってるぞ」
「まぁ旅行部だしね」
そんな声がちゃんと耳に入ってきているが返す言葉もない。事実変なことをやっているのだから。
しばらく茶山さんと二人で夏の太陽の温かみを感じながらおしゃべりをしていたのだが二人共やっぱり中が気になる。
そして二人で中覗いてみる? ということになった。
恐る恐る二人で部室のドアを開けて、中を覗こうとするために隙間に目をやる。すると中からなぞの液体をかけられて目がくらんでしまう。
茶山さんも同じように目に何かかけられたようで苦しんでいる。
そしてドアが大きく開き苦しんでいる俺と茶山さんは再び極寒の部室に引きずり込まれてしまい、灼熱の真夏から極寒の雪山へと再びワープしたのだった。
俺と茶山さんが震えが止まらず二人で凍え合っているというのにスキーウエアを来た人たちは『うわーさむーい』なんて氷を投げ合いはしゃいでいる。
俺もヤケクソになり氷投げに参加する。体を動かせば体も多少はあったまるだろうと考えたわけではなく本当にヤケクソだ。
「うおおおおおおお。騒いでも寒いものは寒いいいいい」
腹の底から声を出して震える体を止めようとしたが効果はなく、さらに隣りの部室から、
「旅行部さんうるさいでーす」
久しぶりの苦情が入ってしまった。最近はなかったというのにやってしまった。
俺が謝りに行こうとしたら何故かやっぱり小森江先輩が俺を止め、そして小森江先輩自らドアを開けて謝りに行っていた。
今のはどう考えても俺が悪かったのに申し訳ないと思いながら反省し、反省している間も体の震えはずっと止まらない。
震えながらも俺は小森江先輩が戻ってこないのを気にしていたのがそれを桃花先輩と日田先輩が気がついたのか気にするなと言ってくれた。
気にするなと言われても俺が大きな声で騒いでいたからやっぱり申し訳ないと思ってしまう。
寒さで余裕がなかった俺は今部室に流れている映像にようやく気がついたのだ。
「先輩、どうして今山小屋の風景になってるんですか? 小屋ならこのドライアイス片付けましょうよ」
「ノブくん何言ってるのかしら? 今は暖房器具のない雪山の中の山小屋に避難したという設定よ? 頑張って乗り切りますわよ!」
先輩楽しんでるなぁと思わず感心してしまった。しかし俺の限界は再び近づいていた。
「俺寒くてまた死にそうなので外出てもいいですか?」
結構意識もぼーっとしてきているのでマジでやばいかもしれない。
意識が朦朧としているわけではなくて何かを考えるのが上手にできなくなっている気がした。
俺の目には美祢が手を挙げているのが見えた。なにかまた変なことを閃いたんだなと。
「おねーちゃん私城野くんの体を温める!」
あぁ美祢もこの状況を楽しんでノリノリだなぁ。いいから早く俺になにか1枚でもいいので上着を貸してくれ。空気と触れ合っている肌がどんどん体温を奪っていっているのだがわかるんだ。
「ちょっと! あんた自分が何を言ってるかわかってるの?」
「何って城野くんの体を温め……うごががが」
また茶山さんが美祢の口の中に手を突っ込んでる。きっと変なことを言ったのか茶山さんを怒らせてしまったのかな?
茶山さんも俺と一緒の夏服なのに元気いっぱいだな。俺はもう自分の体をさすりながらなんとか体温を保とうと必死だ。
再び襲ってkちあ雪山で寝るなー寝たら死ぬぞっていう状況。今、俺は目を閉じたらすぐにでも眠れそうだ。
「もー茶山さんはひどいことをするなー。すぐに口の中に手を突っ込んで来るんだから。あっもしかして趣味なの? そんな変な趣味なの?」
俺の体が少し暖かい。顔が暖かいぞ。
よく見ると美祢がホッカイロで俺の顔とか腕を温めてくれていることに気がついた。
すごい暖かい。美祢にしては珍しくちゃんとしたことをしてくれている。
「ヒメちゃんは何を考えていたんだろうね~彩耶乃」
茶山さんが桃花先輩になにか言われて顔を真っ赤にしてる。一体何があったんだろう? その茶山さんをずっとニヤニヤと見つめる桃花先輩。きっとなにかあったんだろうと思うが今はだまって美祢に温めてもらう。美祢が天使に見えるぞ。
本当ならば部室の外に出れば体は嫌でも温まるのだが何故か桃花先輩が出してくれない。謎のリアル感を求めているようだ。
暖かさが気持ちよくなっていたのに再び寒さに襲われる。美祢がホッカイロをそっちのけでなにか騒ぎ始めた。
なになに? となにか混乱しているようだ。
「どうして? 茶山さんは何を考えていたの?」
桃花先輩や日田先輩、俺に聞こえるように質問している。俺はなんのことを言っているのかさっぱりわからないが相変わらず先輩二人はニヤニヤしていた。
「だからね、んむううううう」
茶山さんは飛びかかるようにして桃花先輩の口を塞いでいた。美祢だけじゃなくて桃花先輩にもそんなことが出来る仲になっていたのか。よかったよかった。
口を塞がれている桃花先輩はニヤニヤ笑い、口を無理やり塞いでいる茶山さんの顔はもう真っ赤になっている。
もしかして茶山さんは寒さで風邪をひいてしまったのか?
俺の体が勝手に揺れだしたので何事かと思えば美祢が訳もわからず俺の体を揺らしながら「なんでなの? どうしてなの?」と言っている。俺に言われても何がなんなのか、どうしてなのか話の脈絡がわからない。
ホッカイロもなく揺れる体が冷たい空気にあたり再び俺の体が冷え切っていく。
あれ? 俺ってここで何やってるんだ? 遭難……したのか? あれれ?
俺はなんで雪山でこんな格好をしているんだ? 俺の記憶は曖昧になっていた。
読んでいただいてありがとうございます。
たまには普通に喜んでおります。
夏なのに冬の様なシュチュエーションの旅行部。
さすが桃花マネーといったところでしょうか。
非現実的なところも含めての旅行部です(笑)
茶山さんは一体何を勘違いしたのでしょうね(ゲス笑)
そんな感じでニヤニヤして読んで頂けたのでしたら嬉しいのです。
まだまだ続くよ夏休み。次はどんなお話かなーと楽しみにしていただければと思います。
ではまた来週。。。




