第1話
旅行部のある平和通学園に合格した俺は期待の朝を迎えていた。
入学式の朝、目覚ましが鳴るよりも早く目覚めた。
セットした目覚ましは朝の6時半。現在5時だ。
「俺、テンション上がりすぎだろ」
部屋で独り言を呟きながら一気にカーテンを開けた。朝日を浴びてぐっと背伸びすることができないくらい外はまだ暗い。
昨日ベッドに入ったのは夜の11時。目が冴えて眠れなかった記憶があるが、気がついたら眠いっていた。
遠足の前の日のような気分だったが意外にもよく眠れたようだ。
はやる気持ちを抑えきれずに支度を始める。鏡を見ながら寝癖を直し、朝食もとっていないのに歯を磨き。そして真新しい制服に袖を通す。
準備はできた。
だがまだ朝の6時前。
外はまだ暗い。
ついでに親もまだ起きていない。
さらに言うと朝食もしていない。
ようやく親が起きてきて、朝食を頂いた。食事をしながら、
「あんた起きるの早いわね。まだ7時過ぎよ」
なんて言われて母親にも呆れられた。早起きの何が悪い。昔の人は言ったものだ。早起きは三文の徳とか。
まぁ学校までの道のりは、普段なら家を8時過ぎに出れば間に合う。今日は入学式なのでさらに余裕を持って家を出ればいい。そんな状況だから、母親に早いと言われるのも仕方がない。
時間を持て余しすぎていたが家に居てもはやる気持ちを抑えきれなかったので学校へ向けて出発する俺。
通学路に学生は誰ひとり歩いていない。そりゃそうだ。まだ8時すぎだが、もう学校に到着しそうだ。
もしかしたら俺の様にワクワクした奴や、心配症なやつがいるかなと思ったけど誰もいなかった。
家を出てすぐに居たネコと、早足のサラリーマンにしか遭遇しなかった。
校門を通過するとすぐにクラス割りが書かれた掲示板を見つけた。誰もいなかったので独り寂しくクラス割りの掲示板を眺めている。3回くらいクラス確認したかな。
30分後にはワーとかキャーとか言う声が聞こえてくるんだろうなと思いつつ俺は自分のクラス1年2組の静まり返った教室で一人ぽつんと座っていた。
教室の窓からちょうど校門が見えたのでずっと眺めていた。結構誰も来ないものなんだ。
何も考えずにぼーっと窓の外を眺めていた。時間は体感ですごい経ってると思ったら5分ちょっとしか経ってなかかった。
「えっ!?」
ぼーっと見ていたので完全に油断してた。
声に対する反応が遅くなったが教室の前からこちらを見ている女性がいた。
「……」
パチパチとまばたきをしながら黙ってこちらを見ている。黒髪のショートカットに白をベースに黒のラインが入ったスーツ。膝が見えるくらいの長さの短めでスーツと同じようなデザインのタイトスカート。そこからスラリときれいな足が伸びていて、黒のハイヒールが……ん?
「制服じゃない?」
思わず疑問が声に出ていた。自然じゃない形の変な声だった。
「キミ、あまり女性を上から下からジロジロ見るのはよろしくないわね」
「えっあっ! す、すみません」
びっくりしすぎてジロジロとみてしまっていたようだ。変な人に見られたかな?
「そ、それはそうとずいぶん早いわね。先生びっくりしちゃった。ずいぶん張り切ってるのね」
先生と言ったのでこの学校の先生なんだろう。もしかしたら1年2組の担任になる先生なのかな? それだったら教室の様子を見に来てもおかしくはないだろう。
しかし俺は1年間担任になる先生を上から下からジロジロと観察してしまったのか。つらい1年にならなければいいのだが。
頭を切り替えて俺は先生との会話を続けた。
「ちょっと早く支度が終わったので家に居るのもなんだったのでもう来ちゃいました」
先生も苦笑い。こんなに早くから来た生徒は今まで居なかったと言ってる。
「早く来たのはいいことなんだけどね。今日は入学式じゃないのよ?」
「えっ? えっ??? えええええ?」
考えるより先に声が出た。
あれ? 今日って入学式だよな。母親も入学式ってちゃんと言ってたよな。ずいぶん早く起きてるって言ってたよな。あれ? そういえば入学式って会話したっけ? 俺の先入観だけだったのか? 春休みなのにずいぶん早く起きたわねって言う意味だったのか?
俺が頭を悩ませていると、なぜか先生も顔が青ざめているように見えた。
「ご、ごめんね。冗談なのよ。さっきジロジロとみられたからお返しね。ウフフ。ちゃんと今日入学式だから。ほら、外見て、外。あなたと同じ新入生が登校し始めてるわよ」
冗談? そんなご冗談を。なぜ、今先生がその冗談を言う必要があったのか? もっとほかの冗談をチョイスしてほしかった。
「あはははは……」
入学式前に力のない笑いが口からこぼれ、すでに抜け殻になりつつある俺。
「なんかごめんないさいね。和ますつもりだったんだけどね。もうわかってると思うけど、私はこの学園の先生だから、困ったことがあったら気軽に声をかけてね。あなたたちの学年ではないけれど来年以降はお世話になるかもね」
先生らしくなく、ウインクしながら教室を出ていった。ハイヒールのコツコツという音が教室から遠ざかっているのがわかった。高校の先生ってのは中学の先生と違って皆あんな感じなのかな? そんなわけないよな。
とりあえずわかったことは、あの先生は俺たちの担任ではないということ。ついでに1年生の学年の担当の先生ではなさそうということだが、さっきのノリだから実は担任でしたーということまであるかもしれない。
スタイルがすごく良かったが、綺麗とか可愛いいうよりも、カッコいい感じの先生だった。大人の女性のウインク。結構ドキッとするものだ。年頃の高校生にあれは反則だ。漫画やアニメでよくある保健の先生かな? と勝手に想像していた。
しかしあの先生は何故この教室に入って来たのだろう。俺たちの担任でもなければ1年生の学年担当でもなさそう。不思議だ。やっぱりああいいつつも1年2組の担任なのでは? という疑いが大きくなっていった。
そうこうしていると教室の中に新入生が増えてきた。何とも言えない緊張とか不安とか期待の空気が増えていく。
前後の人と、ぎこちないおしゃべりという名の自己紹介をして入学式を待つ。
そうしていると外からカツカツとハイヒールの音が近づいてくる。そして朝出会った先生が前の扉から入って来た。
「新入生のみなさん! 入学おめでとう! 今日からようやく高校生活がはじまりますね。待ちきれなくて1時間以上も前から学校に来ている生徒も居たくらいよ」
教室の中が笑いで溢れたとき俺は冷汗があふれ出てきた。なぜそのことを言う必要がある。別に恥ずかしいことではないがなんか嫌だ。
ウフフと笑いながら俺の方をじっと見ている。明らかに見ている。
だからこっちを見るんじゃない。
周りのみんなが頭の上にハテナマークを浮かべながら先生の視線をたどり、そして皆が俺の方を見る。俺はこういう時どういう顔をすればいいのかわからなかった。ニコニコしていればいいのか? なんか恥ずかしくなってきた。
「先生! 先生は彼氏はいますか? 先生お綺麗ですね!」
俺の後ろの席の奴がやや興奮気味で、だがちゃんと手を挙げて発言していた。
というかコイツやばいだろう。さっきまでは普通に挨拶的なこととかしていた時はわりと普通に感じてたんだけど。
「あー残念な質問ね。先生は先日失恋したばかりなのだけれど、まさかこの場でそういう話題が出るとも思わなかったので、先生上手に発言できそうもないわ。もう泣いちゃっていい? なんでキミそういうこというの? 彼氏なんて居ないわよ。出会いもあんまりないから焦ってるわよ! ちなみに私はキミたちの担任じゃないし、学年も違うのよ。体育館までのただの案内役なのよ。綺麗と言ってくれたのはあまり言われないからすごくうれしいわ。ありがとね。機会があったらまた声かけてね」
またウインクしてる。この先生はそういう人なのかな。やたらとニコニコしてるしな。やけくそなのか?
「はい! 探し出します!」
そういうことじゃねーよ! と突っ込みたかったが、俺もコイツと一緒の扱いを受けたくないので苦笑いだけしておいた。
こいつはボケてるのか? 本気なのか? 分からない。こいつが何を考えているのかも。
入学式が終わりさっそく旅行部の見学に行こうと思い、胸の高鳴りを抑え冷静に行動に移そうとした。
一人で行くのも寂しかったので誰か誘おうと思い後ろを見た。ぼーっとあさっての方向を見ている奴がいた。こいつはやばいからやめておこうと前を向こうとしたら声をかけられた。
「どうしました? そんな寂しそうな目でこっちを見て」
「あ、いや……部活……に行かない? 旅行部ってあるらしいんだけど……あと俺、そんなに寂しそうな目してたか?」
なんか誘ってしまった。まぁ断る理由もなかったけどまっすぐにこっちを見つめる力に負けてしまった。
「あ、ボクは野球部に入ろうと決めてるから。ごめんね。じゃあボクはさっきの先生探しに行くから」
どうやら野球部に入るそうだ。もう一つの理由は聞かなかったことにしよう。あと目は? 俺の目はどうだったんだ? コイツ本当に冗談か本気かわかんないな。というか人の話聞いてる?
俺の後ろの奴は手を振りながら、ニコニコの笑顔で教室から出ていった。
しょうがないので一人で1年2組の教室を出て周りを見渡した。先生を探すと言っていた俺の後ろの奴の姿はもうなかった。あいつのことを考えても仕方がないので、あてもなく歩き始める。
教室を出ても周りは俺と同じ新入生だらけ。初々しい新入生が慣れない感じで教室の周りをうろついたり、教室の前で喋っていた。
俺たち1年生がいるのは旧校舎で、2,3年の先輩達の教室は本校舎。つまりこの旧校舎には1年生しかいないと予想している。
周りの声を聞いてると、野球部だの、サッカー部だの、吹奏楽部だの、美術部だと声が聞こえる。皆、目的の部活動の話で心を躍らせているようだ。やはり1年生ばかりだな。
しかし旅行部に興味のあるやつなんていないのかな? こんなに珍しくて面白そうな部活なのに・・・・・・
旧校舎は探索する部分は少ないし、旅行部の部室や、活動してる場所も本校舎の方だからきっとここにはないだろう。それでも一応旧校舎がどんな感じなのかを確認すべく探索した。
ウロウロしたがものの10分ほどで探索が終了した。わかったことは旧校舎には基本的には俺たち1年生の教室しかない。唯一1階に売店があるということがわかった。ここは先輩たちと遭遇した。入学式に出ていない先輩たちのようだったが部活でやってきていたのだろう。文化部の部活動だったのか売店で何か道具を買っていたように見えた。
旧校舎に部室はなかった。やはり本校舎の方にあるのだろう。
そんなことはわかっていたが、部活動真っ最中の先輩たちがいる本校舎の方を探索できるかといえば気分が進まないし足取りも重くなる。一人じゃなければ気分も違うのだろうけれど、現実はひとりぼっちだ。心細いというのが一番の理由だ。
今日慌てて行く必要もないし、明日は部活動紹介があるみたいだし明日からでもいいかと自分を納得させて下校しようと校門へ向かう。
校門の前で言い争いをしていた。
俺はあそこを通過しないと下校できないし家にも帰れない。俺と同じように新入生が校門を通過するのをためらい、外まきに言い争いを見ているようだった。
何人かが校門を通過していたので俺も交じって通過しようと試みた。
何か先輩たちが揉めているようだ。こういうのはあまり関わらないのが鉄則だが、人間気になってしまうもの。
ちらっと横目で見てたつもりだが、目がバッチリあってしまった。
背中やら額やらから変な汗が噴き出したような気がした。実際吹き出していたかもしれないが、知らないふりをして通り過ぎようとした。
見た感じでは、どうも部活の勧誘をしている先輩と生徒会の先輩たちが揉めているようだ。何故生徒会とわかったかというと、生徒会と名前の入った腕章をしていたからだ。
問い詰められている先輩は何か書類を抱え込んでいた。隠さないとまずいものでももっていたのかな?
「キミ! 興味あるの? このビラだけでも! 受け取ってくれたら今日の俺のノルマがあああ」
異様にテンションが高くて怒られてるように見えるのだがなぜか楽しそうにしているようにも見えた。
「だから勧誘は禁止って言ってるでしょ! ゆかからもなんか言って!」
やっぱり目が合っていた。気のせいだと思いたかったのだが気のせいではなかったので、声をかけられてしまった。
生徒会と書かれた腕章の先輩に、
「もらっちゃダメ! あんたもいつまで差し出してるの! ダメって言ってるでしょ! 1年生困ってるじゃない」
「お前の迫力に固まっちゃってるぞ」
あまりのやり取りにただ茫然としてしまっていた。生徒会の先輩から背中を押され下校を促され、さらにはサヨウナラーと手を思い切って振っている。その横で怒られていた、部活の勧誘をしていた先輩たちも一緒に手を振っていた。
いったいあれは何だったんだ? よくわからずにペコペコしながら門を通過していた。きっとものすごく不自然なくらい早足になっていたと思う。
校門を無事? 通過し今日のところをはこれくらいにしておこうと自分に言い聞かせた。
早起きは三文の徳なんて誰が言い出したんだ。高校生活1日目からいろいろありすぎだろ。旅行部旅行部言ってた俺自身が原因なのか、俺の周りに居た変わった人たちのせいなのか。何にしても退屈な高校生活にはならなさそうだ。旅行部もあるだろうし。楽しみは後に取っておくことは嫌いじゃないしな。明日の部活動紹介を楽しみにしよう。
そう思い勝手にどんどん旅行部への期待値が高める俺だった。