第17話
目覚ましが鳴る前に自然と目が覚める。
時計を確認しなくてもまだ早いのはわかった。
いつもならば二度寝の誘惑もあるのだが、今日はばっちり目が覚めてしまった。そのため目を閉じてみても眠れる気がしなかった。
体を起こして考える。俺、ワクワクしてるのか? 興奮してるのか? これじゃ遠足の前の小学生じゃないか。
昨日の夜はすぐに眠りにつけたからそんなにドキドキしてなかったのかと思ったが、朝からこんな状態ならば何も言えない。
頭では意識していなくても体はばっちりワクワクドキドキしてる状態になっている自分にがっかりした。
おい俺の体、今日は旅行じゃないんだぞ。部室で京都の映像が流れるだけなんだぞと叱ってやりたい。
我ながら情けないなと思いつつ支度をする。
そういえば入学式もこんな感じだったが、入学式は本当にワクワクしていたんだ。その時はまだ知らなかった旅行部の本性に。
結局そのワクワクしてた原因の旅行部最初の活動で、ちゃんとワクワクしている自分の体は本当に正直者だと思う。
何度も自分にがっかりしつつも余裕を持って出発の準備を終えた。集合が9時だからいつもよりも遅く家を出ても余裕を持って学校へ到着できる。
慣れた道、通学路を突き進む。あっという間に学校に到着し、時間を確認すると8時30分ちょっと前だった。
そのまま一直線に旅行部の部室へ向かう。途中朝から練習しているであろう運動部の人達とすれ違う。
部室のドアを捻るが開かない。ガチャガチャと音がしてドアが開く気配はない。
鍵がしまっている。
そこで素朴な疑問が浮かんだ。そういえばいつも旅行部の部室は誰が開けているんだろう?
職員室に鍵を取りに行く間にも考える。お昼ごはんに一番乗りになることもあったし、夕方も一番乗りすることも度々あった。だが、その時も部室の鍵はいつも開いていた。
そんなことを考えながら職員室に入ると志井先生が居た。先生も朝早くから大変だ。
「あら、早いわね。今日は別に新幹線に乗るわけじゃないからゆっくりで良かったんじゃないかしら?」
そう言われて気がついた。余裕を持って到着しないと、と考えていたが遅れても置いていかれる心配もなかったのだ。遅れるのは良くないが。
その考え自体も旅行に行くつもりみたいに見えてきてまた凹んでしまう。
だが、遅刻はよくないことだと自分に言い聞かせる。早く来ることは悪いことではないのだ。
「どうしちゃったの? ハリキリボーイくんらしくていいじゃない」
「先生、職員室でその名前はやめてください。というかどこに居てもその名前で呼ばないでください」
ハリキリボーイくんという名前に、職員室にいた数名の先生が反応してこちらを向いた。そりゃハリキリボーイくんなんて名前が出れば誰がそんな名前で呼ばれているのか気になってしまうだろう。
俺は恥ずかしくなったので、さっさと先生から鍵をもらい職員室を後にする。
朝から一人で部室に待機して数分。たった数分だが間が持たなくなり部室の外で運動部の練習をぼーっと眺める。
野球部とサッカー部がグランドで練習している。そして校舎側のテニスコートではテニス部の女子が練習をしていた。ぼーっとテニス部の練習を眺める。テニスボールを跳ね返す時にいい音が鳴っている。
「おーい城野。早くから来てテニス部の女子を眺めるとはなかなかのハリキリボーイだな」
日田先輩の声に一瞬で我に返る。
「ちょっと! そんな誤解を生むようなことを大きな声で言わないでください! というかなんで先輩までハリキリボーイって呼ぶんですか。先生と一緒じゃないっすか!」
慌てていろんなことを否定しようと口がフル回転した。上手に言えたと思うが誤解は生まれていると思う。否定の仕方が誤解を生む否定の仕方だったようだ。
テニス部女子の目線が冷たいように思えるが今は何も感じないふりだ。早々に先輩と部室に逃げ込む。そして落ち着いてハリキリボーイの件を問い詰めよう。
「いやぁ、職員室に鍵を取りに行ったら先生が笑いながら言ってきたからな」
問い詰める前に疑問は晴れた。先生め……
「その前になぜ先輩は部室に誰か来てるかもしれないって確認しなかったんですか? 直接職員室に行ったみたいですけど」
「あぁ毎日俺が鍵開けてるからな。習慣だな。誰か来てるかも、なんて考えもしなかったぜ」
先輩が毎日開けてたのか。意外だ。絶対先輩そういうことをしそうに……ないこともないか。
桃花先輩が持ってきた機材もしっかり運んでいたし、重いものも率先して運んでた。日田先輩ってそういうタイプの先輩なのかな? 普段は漫画ばっかり読んでたり、寝たりしてるからよくわからなかったけど。
「俺、昼休みに一番乗りに部室に来ても開いてるんですけど……」
「あぁそれなら俺が登校した時に開けてるからな。朝から開いてるぞ、そして開けっ放しだ。サボリにも使ってるからな。城野もサボる時は使っていいけど俺の布団は使うなよ」
「大丈夫です。使いませんから。あっ布団じゃなくてサボらないっていう意味ですよ」
『なんだ真面目か』と先輩がつぶやきながら、すでに本棚にある漫画を選びながらさらに『息抜きも必要だからな』と俺にアドバイスをくれた。先輩は息を抜きすぎです。
部室の布団がちょいちょい移動してるのはサボった時に日田先輩が使用してたってことか。本当によく寝る先輩だ。
「おはよーございます」
部室の鍵の秘密がわかったところでゆかり先輩と桃花先輩と思われる人ががやってきた。
桃花先輩の様子があきらかに変だ。風邪でも引いたのか、髪の毛はきちんとセットされていたし、服もきっちりと着ているが目に力がない。半目状態で、なんだかすごいことになっている。せっかくの美人の顔が台無しだ。
それになぜこんなに荷物が多いのだろう。桃花先輩とゆかり先輩でたくさんの荷物を抱えていた。
まさか桃花先輩着替えとか持ってきてるんじゃ……怖いわ桃花先輩。
「城野、そんなに心配そうな顔をするな。桃花は朝いつもこんな感じだから大丈夫だ。ほっとけばそのうちいつもの桃花になるぞ」
日田先輩は選んだ漫画を読みながら当たり前のように言ってくれた。そうか先輩は朝が弱いのか。俺は日田先輩の方が朝弱いそうなイメージがあったけどそうじゃないのか。
日田先輩の言葉を聞いて弱々しく俺に向けて手を振っている桃花先輩。苦笑いをしているゆかり先輩。桃花先輩のまた新しい一面を知ることができた。
時計を見ると針はもうすぐ9時を指そうとしている。まだ美祢が来ていない。普段から特別な遅刻癖があるわけではないので気になった。
むしろ普段から早め早め、5分前行動というようなことは意識してなくて、ただテンションで早く勢いだけ来ている感じだ。まさか日にちを間違えるということはないよな。昨日あれだけたくさんメールが来てた。俺がベッドで目を閉じたあともケータイが震えてた。
なにか連絡があるかなとケータイの画面を覗いたが別に何もなかった。
昨日寝る前まであれだけ張り切ってたので早く来ると思ってたんだけどな。別に嫌な予感とかはないけど……心配にはなるよな。何もなければいいけど。
「ノブくんさっきからソワソワしてるけれど彩耶乃のことが心配ですの?」
先輩めっちゃローテンションな状態でそんなこと言わないでください。先輩の半目がやっぱりめちゃくちゃ怖いです。
「おっはーよーございまーす」
旅行部の部室のドアが勢いよく開いたと思ったらいつも通りの美祢が来た。9時2分前のギリギリセーフ。噂をすればなんとやら状態だ。
一瞬シンと静まり返った部室の状況を見て、美祢が首をひねって何かを考えているようだ。実はコイツ何も考えてないだろうけど。
美祢がポンと手を叩いて、
「城野くんってば私が遅いからって心配してたー?」
本当にこいつは鋭いところをついてくる。桃花先輩を見ると半目でニヤニヤしていた。これはまずい。
「それそれはもうソワソワしてましたわよ」
「言わなくていいですから。それは」
すっごい低い声で半目状態だけど口撃はしてくるようなのでいつもの先輩だ。
「えっほんとに? ちょっと嬉しいかも」
そんなことを言いながら体をクネクネとくねらせる美祢。今更何照れてるんだよ。見てるこっちまで恥ずかしくなってきた。
「おねーちゃん。ついに城野くんがデレた」
ぼそっと俯いて恥ずかしそうにつぶやく。顔がちょっと赤いぞ。これはマジなのか? それとも演技なのか? もう俺には分からない。
「彩耶乃、ノブくんはおねーちゃんにはデレデレなのよ」
「俺がいつ先輩にデレたんですか?」
口数がどんどん増えてきたからテンションが上がってきたのだろうか。いつもの先輩っぽくなってきた。それに目がだんだん生き返ってきている。
「シンくんは私にもデレたよ」
なんでゆかり先輩まで乗っかってるんですか。そういうキャラじゃないでしょうゆかり先輩。
もう顔真っ赤にしちゃって無理しすぎですよ。っていうかシンくんって誰? 俺のことで間違いないですよね?
「シン……くん? ゆかちゃんそれノブくんのこと? というかこの間からこの二人怪しいわね。ノブくんはゆかちゃんのこと下の名前で呼んでますし、ゆかちゃんも謎のシンくん呼び……これは何かあるはずですわ」
朝が弱いといいつつもこういうところは鋭く突っ込んでくる。コンビニでの会話の時は、俺がゆかり先輩を茶化し気味だったのにまさかゆかり先輩が乗っかってくると思わなかったし、今日も桃花先輩のトークに乗っかるとは……ゆかり先輩キャラがよくわからないぞ。
桃花先輩が疑問に思っているシンくん呼びは俺も確かに疑問だ。何故なんだろうと思ったらさっきよりも顔を真っ赤にしてゆかり先輩が俯いてる。
「だって、シンゲンくんでしょ。だから下の名前で頑張って呼んでみたんだけど……」
最後は消え入るような声でボソボソと喋って椅子に座り込んでしまった。
シンくんっていうのは聞き間違いじゃなかったようだ。漢字で書くと信玄だしな。武田信玄の。
「ゆかちゃん先輩! 城野くんはノブハルだよ!」
いっさいオブラードに包まない美祢の発言を聞いてゆかり先輩は机に伏せてしまった。そして俯いたままこもった声が漏れる。
「間違ってたんだったらなんで言ってくれなかったの。意地悪……」
「す、すみません。なんか俺、聞き間違いかと思ってまして……」
消え入りそうな声で言われて、俺はもうとりあえず謝って、さらに苦し紛れの言い訳しか出てこなかった。いつもこういう話の時は苦し紛れだ。
「じゃあ私はなんて呼べばいいの!?」
まだ机に突っ伏したまま、こもったままの声が返ってきた。ちょっと声のボリュームは上がっていたが、怒るとこそこですか、先輩。
俺はなんて答えていいかわからずにただ黙って考えているふりをしていた。こんな状況で何も考えられない。なんて呼んでいいなんてよくわからない質問だ。そして考えていたふりをしていたら急にゆかり先輩が起き上った。
「じゃあ私もノブくんって呼ぶ!」
意を決したように言ったゆかり先輩の顔はもうそれはそれは真っ赤になっていた。恥ずかしいなら別に苗字でも大丈夫なのに。
「そういえばなんで彩耶乃は城野くん呼びなの?」
また桃花先輩が引っ掻き回し始めた。美祢の俺への呼び方なんてほとんど興味がない。別に嫌いとかそういうことではなくて、なんというか男女のそういう仲の目線になってないような感じなのだ。本当に友達という感覚が強いから。
「えっ、だって……下の名前で呼ぶのって恥ずかしい……」
いやいやいや、なんでお前そこで照れるんだよ。普段廊下を腕組んで歩いているくせにそういうことを言うのか。と言いたかったが全く言葉にできなかった。美祢のマジ照れがかわいかったから。なんだコイツこんな顔するのか。
俺はもう話をそらすために全然違うことを発言する。
「もう集合時間ですけど小森江先輩来ないですね?」
「あぁあいつは多分遅刻だ。いつもの事だからから気にするな」
漫画を読みながらの日田先輩にあっさりといわれる小森江先輩って、普段からいったいどれほど遅刻しているのか。先輩の意外な一面を知ってしまった。
美祢も『いがーい』なんて間抜けな声で言ってる。全然思ってないだろ。こういう時の美祢はただ口から言葉を放っているだけで脳みそでは何も考えてない。
「準備って小森江先輩がするんじゃないんですか?」
小森江先輩は真面目だと思ってたのに遅刻常習犯だったとは知らないことは世の中多いものだ。しかしこれでは始まりが遅くなってしまう。すでに集合時間の9時を過ぎている。
そういえば桃花先輩も飲み物の準備を当たり前に進めていたのは、小森先輩が遅れるっていうことが頭にあったからだろう。日田先輩もくつろいで漫画を読んでいるし。
「のんびり行こうぜ城野。慌ててもしょうがないさ、ハリキリボーイくん」
その言葉に美祢はいつも通り腹を抱えて笑い始め、ゆかり先輩までくすくすと笑ってる。あぁもう本当にその名前はやめてほしいけど、さっきのちょっぴり可愛い美祢の呼び名の話が逸れただけで良かったと今は思う。
桃花先輩も哀れみの目でこっちみてるがまた半目になってますよ。可愛い顔が台無しの顔になってます。
俺はいつも通りごまかすしかなかった。
「おい美祢、お前笑いすぎ」
いつも通りの突っ込みでこの場を収めるしかない。
「城野くんに怒られたー! なんでゆかちゃん先輩は怒られないの。贔屓だー」
また話が変な方向へ向いてしまった。もう俺の体からは変な汗がたくさん出て困り果てる。
なんとなくゆかり先輩は怒れない。キャラってやつか? それとも何か俺の中での意識があるのか。まぁ怒りにくいというのは本当だ。
『お前は笑いすぎだから怒ってるんだろ』と反論するのが精いっぱいだった。ごまかしきれてないとは思ってる。早く小森江先輩来てこの場の空気を変えて助けてくださいと願うしかなかった。
旅行部の京都旅行。結局はじまんねーのかよっていうツッコミは受け止めます(笑)
来週アップできるかちょっと微妙(弱気)ですが頑張ります。
なんとか時間を作れれば、考えたり書くのは楽しいのです
今週はなんとか休みがあったけど来週は……
文章構成ももっとセリフを増やそうかなとか日々悩んでますが楽しんでます
ではまた来週。。。