第10話
今日も平和な旅行部。
毎日平和な旅行部ですが最近はそうでもないのです。
部として認められていないけど相変わらず与えられた部室でだらだらと過ごしています。
ものすごく快適に過ごせるプレハブ小屋。先輩たちが作った快適空間だ。
すごい旅行部に馴染んでいるが、まだ入学して1ヶ月すら経ってないことを再確認。ようやく今週の学校を乗り切るととゴールデンウィークというワクワクボーナスタイムに突入する。だがまだ今週は長い。
そして、ここ最近の毎日の会話も顧問の先生について盛り上がっている。まだその件でせめぎあっているのだが、まったく重い空気ではない。
桃花先輩は唯一変なニックネームを付けられた仲間の俺に志井先生の顧問を阻止するべく同意を求めてくるが、俺が拒否せずに意地悪するというコントのようなことが日々繰り返されている。俺としてはコントじゃなくて割と本気で早く志井先生に顧問になってもらって正式な活動に向けて桃花先輩に動き出してほしいのだが俺の本気度は全く理解されず毎日同じことで笑いあっている。
いい加減桃花先輩が折れてくれれば志井先生から顧問の件のOKは出ているのだが、先生と話し合いになった時に『実質部長のワンパクオジョーが私を受け入れてくれないと顧問にはなれないわよウフフ』なんて華麗に煽ってきてあっさり破談になっている。
まさか先生は顧問になりたくなくて桃花先輩をわざと怒らせてたりしませんかね? と一度は疑問に思ったが、あの先生は普通の会話として桃花先輩のことをワンパクオジョーと呼んでいるに違いなさそうだ。
もうこの部活には顧問になる予定の先生も含めてそんな人たちばっかりだよ。
早く四辻先輩助けてくださいよ。
まぁその四辻先輩には俺はどうやら避けられているようで、未だに目を合わせて会話をしてくれないし、俺が一体何をしたっていうのか。本当に心当たりがないのでこちらから近づけないのだ。
そんなことを考えながら放課後の掃除を終わらせて当たり前のように旅行部の部室に足を向ける。
今日は軽い足取りで部室に向かう。掃除当番だったから一人で向かっているのが特に軽い足取りの理由だ。まさに身も心もスキップしている状態なのだ。実際には普通に歩いて部室に向かっているだけなのだが、いつもは美祢が隣に引っ付いていろんな意味で軽くないのだ。周りの目には最近慣れてきつつある自分が怖いという部分もある。
「おう! おせーぞ信玄。もう盛り上がってるぞ」
俺が部室に入るなり日田先輩が声を掛けてくれたのだが、すでに居酒屋でできあがってるようなセリフだ。行ったことがないから本当のところはわからないがそんな感じなんだろう?
部室を見渡すと珍しく四辻先輩もいる。目が合って、そしていつものようにそらされた。もう慣れっこだけど心の中では涙が流れてます。
「あっ。ゆかちゃん先輩そこいつも城野君が座ってるから移動してほしいんだと思いますよ」
美祢の余計なひと言を聞いて体がびくっと跳ね上がった四辻先輩が慌てて席を移っている。
開いた口が塞がらないとはまさにこのことか。俺は美祢の言ってることが理解できずに思考の闇へと落ちていった。
いろいろな思考を巡りそして我に返る。
俺はこれっぽちもそんなことを考えてなかったし、俺っていつもそこに座ってたの? っていうくらい
なんとなく座ってただけだ。本当にふざけんなと問い詰めたい。
だが俺の体は勝手に動いていたようで、美祢の首を無言で絞めて揺らし続けていた。
「もう、いちゃつくんだったら外でやってほしいですわ」
桃花先輩もどうやったらこれがいちゃついてるように見えるんですか。俺はもっと四辻先輩と交流を深めたいんですがもう深められないくらい大きな溝がですね。
「まったくこのハリキリボーイめぇ……」
美祢が締められた状況から絞り出すようにガラガラの声でこのセリフを吐いた。俺はそっと首を絞める力を強くした。
美祢が口から泡を吹く。大丈夫こいつは死なない。理由はないけどきっと大丈夫だ。
四辻先輩はきっとハリキリボーイで笑うのを我慢しているのだろう。肩がプルプル震えてますよ。もう笑っちゃってくれたほうが俺としてはもっと話しやすくなるから笑ってください。もしかして美祢が口から泡を吹いてる光景に笑ってたらちょっとやばいかもしれないです。
いきなりこんな状況に巻き込まれ本当に飲んでたんじゃないのか? ここは居酒屋なんじゃないのか? と間違うほどの空間だ。
「旅行部さんうるさいでーす」
久しぶりにテニス部に怒られた。いつもどおりの柔らかい声。
小森江先輩が無言で立ち上がりそっとドアを開けて隣の部室に謝りに行く。
どうして小森江先輩ばかりが謝りに行ってるのか。何かそういうルールがあるのか、それとも俺が居る時にたまたま小森江先輩が行ってるだけなのか。
でも小森江先輩を見てると見間違いかもしれないのだが、心なしか嬉しそうに見えるのは何故だろう。薄らとニヤニヤしてる。そんな表現が合うような表情に見えた。
何度もテニス部に迷惑をかけているのであれば考えないといけない。それこそこちらは正式な部活ではないので言われたら立場が弱いと思われる。
ふと気がつくと絞めていた首がなくなっていた。絞められていた本人は桃花先輩のうしろに隠れてなにやらこちらを見ている。
すごく嫌な予感がする。そして、大抵こういう時はその嫌な予感は当たる。いいことがありそうな時はまったく当てにならないのにこういう時はたいてい当たるのだ。
「おねーちゃん城野くんの愛が重いの」
こいつの思考回路を覗いてみたい。本当にそう思う。
よくもまぁ次から次へとこう言う言葉が出てくるものだ。しかも何のためらいもなく言葉にする。いろんな意味で尊敬するよ。
「今日は四辻先輩も居ますし何か大事な話でもしてたんですか? 顧問についてとか?」
愛が重い話は華麗に無視することにして、部室に入ってきてからずっと何の話をしていたのか全く分からない状態だったので聞いてみた。だがこの聞き方はまずかったと思ったが遅かった。
プルプルと震えていた四辻先輩がピタリと止まっていた。
「城野くん、それだとゆかちゃん先輩がいるときは、何かすごい真面目な話をするときだけ居るみたいじゃない? そういうの良くないよ。ゆかちゃん先輩だって旅行部なんだよ」
美祢が畳み掛けてくる。
わかってたよ。俺もちょっと何も考えないで話したから悪かったけど、俺としてはこのタイミングで、四辻先輩がいるこの状態でなんとか桃花先輩に顧問の件を考えて欲しかったのだ。
それでダメだったら志井先生は完全に諦めようと俺の中では考えていた。
四辻先輩は桃花先輩のことはちゃんと考えているし、桃花先輩にはちゃんと話す人だ。
俺には話してくれないけど。そこはもういずれ話せればいいかなくらいにしか思ってないです。
でもやっぱり四辻先輩はあからさまにがっかりしている。どんどんはまっていく感じだ。まるで底なし沼にはまってる感じだと思う。もがけばもがくほど四辻先輩との距離は離れていく。何もしなくても離れていく。
「ノブ君もその話好きですわね。そんなに私の笑われてるところをみたいのかしら? ノブ君も先ほど笑われてましてよ。ハリキリボーイくん」
ウインクしながら言っても全然可愛くないです桃花先輩。もう顔の可愛さとか表情の可愛さとか飛び越してですね俺自身が笑われてる感じしかしないんですよ。そして隣でこっそり笑うの我慢しないでください。完全に顔が笑ってますよ四辻先輩。落ち込んでた四辻先輩が笑ってるのは悪く思わないので思いっきり笑ってください。
以外に笑いの沸点は低いのかな? と思って四辻先輩の顔を見てたら顔をそらされた。もういいですよそれ。毎回わかってますけど地味に傷ついてるんですよ俺。
美祢は嬉しそうにニヤニヤしてる。さすがに笑い壊れることはなくなったのか。
俺は二人を無視して四辻先輩の話題を続ける。こうなったらやけくそだ。
「四辻先輩、今日は生徒会の活動は終わったんですか?」
我ながらさりげない話題かな。まぁ俺はこの程度しか四辻先輩の話題がないだけだがな。
「今日は生徒会のお仕事ないからこっちに来てるんだよ」
だからなんでお前が答えるんだ美祢! 俺は四辻先輩と会話のキャッチボールを楽しみたくてさりげなくボールを投げたつもりだったのに、なんで美祢がそのボールをぶんどって投げ返してるんだよ。
そして俺は気がついた。また意味不明に話が脱線していることに。さらに俺が来るまでも結局大した話はしてなかったんだろうなということも。
部室の扉が開く音がして一瞬びっくりしたが小森江先輩が戻ってきた。ずいぶん時間かかってたようだが、そんなに怒られてたのかな? それにして別に何事もなかったような表情だ。基本的に小森江先輩の表情は読みにくい。出ていったときの表情は結構わかったんだけどな。
そして当たり前のように椅子に座りまた本を読んでいる。この前の拷問の本ではなくなってるので読み終わったのだろう。
話が何度脱線しても今日はなんとしても桃花先輩にちゃんとどうするか決めてもらわないといけない。
「桃花先輩、志井先生を顧問にする件なんですけど結局どうします? 本当に先輩が嫌だったら他に先生を探さないといけないですし、先生にもはっきりと話さないといけないですし……」
跳ね返されても跳ね返されても何回目かの真面目な話を切り出した。部室は静まり返ったが、みんなの反応がどうもおかしい。
真面目な話をあまりしないから何のことが分からないなんてことはないよな? しかし旅行部のメンバーならそれがあり得るから怖い。
しかしみんなの反応がおかしい。ずっとおかしい。
一番しっくりする表現は『みんなポカーンとしている』これだ。
みんななんで喋んなくなっちゃったの?
俺なんか変なこと言った?
「お前ら言ってやれよ。かわいそうに」
日田先輩がやっと沈黙を破ってくれたのだが言ってる意味がよくわからないし、なんで言ってる口調が半笑いなんですか。絶対これ何かあるでしょう?
そしてみんなの反応が変わった。『あっ』て顔に書いてるようなくらい表情が『あっ』てしてた。
「城野くん。顧問の先生はね志井先生で決まったよ。桃ちゃんがすっごく嫌な顔しながら了承したんだよ。ゆかりんが説得した時に城野くんいなかったからわかんなかったんだね。俺もそのことに今気が付いたよ」
小森江先輩なんでそれ早く言ってくれないんですか。俺一人で空回りしてただけじゃないですか。
やっと旅行部が進み出しそうな日に俺はなんか蚊帳の外の気分だったが嬉しい気持ちのほうが強かった。
好きな画集を買えました。ネットで売り切れ続出だったので焦りましたが普通に売ってました。
よかったよかった
そして今週も映画を見まくってます。見るたびに好きになっていくのです。
ではまた次回。。。