第9話
今、部室は珍しく部室には重い空気が漂っている。
その空気を作り出しているのはふてくされた顔をした桃花先輩。美人な顔が台無しになるくらい残念なふてくされっぷりだ。
「嫌ですわ。それは絶対に嫌ですわ」
そう言われた美祢は珍しく困り果てた顔をしている。こいつは何も考えてなさそうでいろいろと状況を見てたりするからな。だいぶ俺も美祢のことがわかってきた。
「おねーちゃんわがままなの?」
「そんなこと言ったって……それだけはダメですわ」
さっきから全く話を受け入れない桃花先輩。別に怒ってるわけではなくて、困っているように見える。
拒否、拒否、拒否だ。美祢の話を断固として拒否している。
理由がない拒否なので話になってないというのが正直な話で、美祢がいろんなアプローチをかけるがとにかく拒否という状況で困っているのだ。そして空気がだんだんと重くなってきたわけだ。
事の発端は美祢が顧問の話を始めてからだった。
まだOKは貰えてないが一応の有力候補が見つかった。
その話を詳しく話していくうちにだんだん桃花先輩の顔色が怪しくなってきたのだ。
日田先輩はやや苦笑いだったのでなにか理由がありそうなのはすぐに察したが、必死な美祢にはその日田先輩の苦笑いも視界に入ってなかったようだ。
美祢の視線はただただ桃花先輩を真っ直ぐに見つめ、『ちゃんと答えて!』と言わんばかりの眼力だ。
いつもの余裕のある美祢ならば、日田先輩の空気でなんとなく気づきそうなのだがどうにも余裕が無いようだ。
ずっと首を横に振り続ける桃花先輩にレベルの低い発言を繰り返す美祢。どうにも煮詰まり切っているようだ。だが、まったく話が進展しないこの二人以外は一応いつもの旅行部だ。
日田先輩は漫画の本を見ながら一応桃花先輩のことを気にしている。小森江先輩はまったく二人の会話には無関心のように本に没頭している。
四辻先輩は今日も来てない。こういう時にいてくれると頼りになりそうなのになと一人妄想する。こういう煮詰まったときには誰かが会話に入ると意外と話が進むのだろうが日田先輩は助け舟を出そうとはしてないようだ。煮詰まっていると思っているのは俺と同じで気がついているようだ。
なんでわかるかって? さっきから何度も日田先輩と目が合ってるからだ。なぜ助け舟を出さないのか理由は分からないが、色んな理由を知ってる日田先輩の方が何かと話に入れそうな気がするのだが、まさか俺の勘違いで日田先輩はただ俺が何度も見ているからこっちが気になってるだけだったりする? まさかね……まさかがあり得るから怖いな。
そんな俺はというと問題の二人の間にいる。そして対岸の火事と思って観察したり、解決策をいろいろと頭の中で考えていたがこちらに火が飛んでくるようだ。
「ねぇ、城野くんおかしいと思わない? おねーちゃんわがままだよね?」
「ノブ君はきっとわかってくれますわ。だって……」
そう、俺は二人に同意を求められている。なかなかなモテ具合だ。きっとこんなモテ期はもう来ないだろうな。こんなモテ期なら来なくていいけど。
そして俺自身がたちまち余裕が無くなっていく。
しかし、今回は桃花先輩の意見は若干弱い。わがままといえばわがままだからだ。いつもの美祢のむちゃぶり100%までとは言わないが。
志井先生がせっかく顧問になってくれるかもという話で、なぜ嫌なのかという理由を全く言わないからだ。だからただのわがままと言われてもしょうがないのだ。理由を言えば話が先に進むと思うのだが、その理由を言わないからずっと話がループしている。美祢もこういう時にいつもの無理矢理話を進める感じを使えばいいのに上手に理由を聞き出そうとしている。
こういう時に賢くならなくていいのにと思ってしまう。美祢は本当に空気が読めないのか、わかってて読まないのか、わからなくなってくる。
でも、よく考えると志井先生はまだ一言もどうすると言ってるわけではないのになぜこんなに顧問になる前提のような白熱するのか俺には理解できない。
「まだ志井先生は顧問になるって言ってないよね?」
「えっならないの? 城野くん生贄になったのに」
「生贄ってなになに? ちょっとその話詳しく聞きたいんだけど」
本を夢中で読んでいた小森江先輩が読んでいた本をすごい勢いで閉じて急に食いついてきたのでびっくりしてしまった。いきなり本を閉じた割にはちゃんと栞を挟んでいるあたりしっかりしてる。
美祢の中で顧問はもう志井先生に決まってることを吹っ飛ばすくらい小森江先輩にびっくりしてしまったのだ。
さらに、小森江先輩の本のタイトルが目に入った。『自白・拷問・尋問』なんて本読んでるんですか。先輩は一体どこを目指しているのですか。
「桃花、観念しろよ。別にあれはしょうがないことだろ? それに顧問の先生がいないと旅行部の活動できないだろ?」
何か理由を知っていそうな日田先輩がやっと助け舟を出してくれた。もっと早く頼みますよ。
さっきから苦笑いしていたからもしやと思ったがやはり何か知っていそうだ。そして俺はこの謎の板挟みから救われた。日田先輩ありがとう。いつもあんまり頼りにならない変な先輩だなと思っててゴメンナサイと心の中で懺悔した。
「しょうがなくないですわ。それに後輩の前でもきっと……」
わかりやすいくらい何かがあったような会話。とりあえずこういう時は様子を見るの一点だ。いつもなら美祢が会話に突入して話を強引に進めるのだが今回は美祢は大人しく聞き……そうもなかった。
「おねーちゃん何かあったの? 私おねーちゃんの話聞きたい。教えて教えて!」
やはり美祢には普通という言葉は全く当てはまらない。身を乗り出して強引に話を聞き出そうとしている。美祢、なぜさっきこの勢いで理由を聞き出そうとしなかったんだ? 俺にはお前がやっぱりわからない。
お前桃花先輩と意見しあってたんじゃないのか? 別に意見しあってる相手の話を聞いたらいけないルールなんてものはないのだが、そういうのって意地を張っちゃうものではないのか?
「おねーちゃんお茶とコーヒーどっちがいい? 日田先輩は? ついでに城野くんも。小森江先輩は梅昆布茶ね」
テキパキと飲み物を用意し始める。そして静かに、嬉しそうに頷いてる小森江先輩。
俺はついでみたいだ。さらに何も言ってないのに勝手にお茶が用意された。
「ちなみに小森江先輩ってこの話知ってるんですか?」
「知らない。だからこっちの話も楽しみ」
純粋無垢な笑顔で聞く態勢に入っている。ニコニコ笑いながら若干体をゆらゆらと揺らしながら待機している。
「ほら楽しみとか言ってますわ! そんなの困りますわ。笑いものになってしまいますわ」
「おねーちゃん! わがまま言わないの! 話して楽になろう!」
美祢、言葉のチョイスが違う気がする。それでいいのか? その言葉の使い方はドラマで警察が犯人に自白を求めるときだった気がする。
美祢がカツ丼がいりますか? なんて聞いてるが雰囲気はただただ騒いでるいつもの旅行部だ。
一人寂しそうに俯いてる桃花先輩。いったい何があったんだ? 桃花先輩が楽しめないのならば無理やり志井先生に顧問になってもらったらダメな気がする。
動機や理由はどうあれ、旅行部は桃花先輩が作った桃花先輩が楽しむための部活動だからだ。
本人はそれを気にしているようだし、俺もこの部活は名前詐欺だとは思ったけど、そこは桃花先輩も旅行部を旅行部っぽくしたいと言ってたから、今はもう桃花先輩の旅行部を全否定するつもりはないし、楽しく付き合って行こうと思ってる。
俺は一人でうんうんと頷いていたようだ。皆が俺を見ている。
「何一人でウンウンいってるの? 今はおねーちゃんのお話を聞く時間なのよ!」
そして美祢に怒られた。 桃花先輩が話している途中に何度も頷いていたから話を聞いてないと思ったのだろう。
俺は少なくとも美祢、お前よりは人の話を聞いているぞ。
「あーもう今おねーちゃん話せそうだったのに話しづらくなっちゃったじゃん。ほらよくあるでしょ? バンジージャンプの飛ぶ前みたいなものなんだから。今おねーちゃんは非常にデリケートなの? わかる。もう城野くんは本当に空気が読めないなーまったく」
そう言って桃花先輩の状況を細かく解説したあとにいきなり美祢が笑いだした。
そう、壊れたように。あぁ非常に嫌な予感。
プハハハハと壊れてしまった。みんな唖然と美祢を見つめている。
「ど、どうしちゃったの? 彩耶乃。急に笑い出したりして……」
とても心配そうに桃花先輩が覗き込んだり、美祢の目の前で手を振ったりしている。
これは化学準備室での状況とまったく同じだ。そうなると思い出したことはきっと一つだ。
俺は全力で阻止するべく美祢の腕を掴んだが遅かった。
「これだからハリキリボーイくんは。プハハハハ」
志井先生が付けたあだ名だけを言ってまた笑いだした。
俺はがっくりと膝から崩れ落ちた。美祢の腕を掴んだまま。
「ハリキリボーイ?」
桃花先輩が不思議そうに聞いてくる。そして美祢と同じように日田先輩も笑い出す。
あぁこれから俺のあだ名はハリキリボーイだ。そしてこれがだんだんとひろまっていくに違いない。
そして同窓会で10年後20年後もこのあだ名の話題を出されて笑われ続けるんだ。
俺が妄想に入り込んでいると日田先輩の笑いはあっさりと終了していた。
「桃花、お前と一緒じゃねぇかよ。やっぱりあの先生ちょっと狂ってるわ」
笑いながらそう桃花先輩に話しかけている。桃花先輩が話そうとしていたことと何か関係があるのだろうか?
「そ、そうなのですわね。ノブくんも可愛そうですわ。でもわたくしと一緒の苦痛を与えられていたとは、あの先生やっぱり許しませんわ」
だいたい読めてきた。なるほど。
「桃花先輩はどんなあだ名を付けられたんですか? もう仲間じゃないですか変なあだ名付けられた仲間ですよ」
決心はついているように見えるが、まだもじもじと照れている。一体どんなあだ名がつけられているのか。きっとちょっとしたことで理不尽なあだ名を付けられているんだろう。
「……わ、ワンパクオジョーですわ」
ヒッヒッヒプハハハハハと間髪入れずに美祢が変な笑いを披露し始めた。こいつはもうだめだ。
「だ、だから嫌だったんですのよ。彩耶乃に笑われてしまいましたわ」
がっくりと落ち込んでた桃花先輩に日田先輩がハリキリボーイという仲間が出来じゃないかと肩を叩きながら慰められている。
俺は全然慰められないけどな。ついでに桃花先輩もまったく慰められたようには見えなかった。二人の傷にわさびを塗った感じか。
その後どういう状況でこんなあだ名を付けられたのかという話になり、俺は入学式の話を。桃花先輩は教室のカーテンレールでターザンごっこをしていた時に教室のカーテンを全部壊したそうだ。その時に授業に来た志井先生にそういう風に呼ばれたそうだ。
先輩、完全にワンパクオジョーですよそれは。全然仲間じゃないかもしれないです。
ワ、ワンパク……プハハハハ。美祢が泡を吹きながら笑っている。
こいつほっといたらそのまま死んじゃうんじゃないだろうか?
「ム、ムッツリボーイ」
プハハハハ。いらんあだ名まで思い出しやがって。そのまま死んでください。
先輩たちは誰のあだ名だ? とキョロキョロする。
「あれ? 生贄の話は?」
小森江先輩、もうその話は今日は無しですよ。今日はもう解散です。
だいぶ涼しくなってきました。特に朝が冷える日もあります。
プロ野球も大詰めです毎試合ハラハラドキドキ。F1も赤いチームの作戦に唖然としてる毎日です。
信玄たちもそろそろ旅行部としての活動に入れるかなという感じです。
ではまた。。。