だがおかし
「ふわぁああああああああ~。ああ疲れた。」
B4の大きなわら半紙のプリント書かれた問題を全て解き終わり大きく伸びをする。
小二レベルとはいえ、数の暴力のような膨大なプリントを捌くには流石に手間取る。
チャイムが鳴っていたことすら忘れて集中していたのか、
ロビーの柱に掛かった時計を見ると時計の針は十二時を過ぎていた。
今日は母親がパートの日のため、家に帰ってもご飯は用意されておらず、
お昼は自分で食べるよう、お小遣いが渡されていた。
正直、母親が作る料理は自分の嫌いな野菜を大量に使用する料理ばかりなので
こうして好きなものが選べる買い弁の方が有難いのだが。
「さあってと、お昼は何にしようっかな~。」
嬉しそうにポケットに入っている百円玉の数を確かめると、
机の上に宿題を置きっぱなしのまま、"あるところ"へ向かった。
***
アラレちゃんのポーズをしながら、勢いよく公民館の外に出る。
裏の駐車場を抜け、敷地の外に出ると電柱を辿りながら目的地に向かった。
緩やかな坂を下りるとさっきまでの家並みは途絶え、周りは田んぼだらけになる。
この辺はまだまだ田んぼや畑、雑木林などが残り、近くには川も流れている。
子供達にとっては遊びの楽園のような場所であるが、ここにはもう一つの楽園がある。
それはこの住宅街の外れにポツンと一軒だけ建っている家であり、
今、自分がワクワクしながら向かっている──駄菓子屋である。
見た目はごくごく普通の一軒屋で、看板などは特にない。
どうやら店の正式名称は"大島商店"と言うらしいのだが、
誰がつけたのかそれとも見たまんまなのか分からないが通称"一軒屋"なんて呼ばれて、
この付近の子供たちは皆、ここに駄菓子を買いに訪れていた。
かくいう自分も近所にあることもあり、
お小遣いを手にいれたら真っ先に"一軒屋"にやってきて無駄遣いをしていた。
しかし、普段はせいぜい五十円から百円、
酷いときは"当たり"目当てで、きなこ棒(十円)だけを買いに来ることもある。
しかし、今日はお昼ご飯代として手に入れた大金(三百円)を持っている。
もちろん母親は、生協でパンを買うようにと言われていたがそんなのは当然無視である。
ポケットの中で百円玉をジャラつかせ、何を買おうかワクワクしながら入り口の引き戸を開けた。
「あら、尚くん。いらっしゃーい。」
出迎えてくれたのはいつものように"一軒屋"の店番をやっているおばあちゃんだった。
いつからここで駄菓子屋を始めたのかは分からないが、自分が物心ついたころには
もうこの場所で店を開いていて、そして昔からおばあちゃんだった。
元気よく挨拶を返すと早速、店内をぐるぐると見渡す。
"一軒家"のお店のスペースはせいぜい五メートル四方程度ではあるが、
そこには夢の空間が広がっている。
まず入り口にはアイスが一杯つまった大きなケースが置いてある。
初夏を迎え、汗を一杯かいた子供達はまず始めにそのケースを開くだろう。
ケース内は二つに仕切られていて、左側が百円のアイス、右側が五十円以下のアイスに分かれている。
普段百円アイスなんて買うことがないので当然右側の扉を開く。
ケースの中から溢れてきた冷気が顔をくすぐると
アズキーバーやらガリガリ君やらダブルソーダが霜のお化粧をしながら出迎えてくれる。
だが、自分からしてみればこの五十円アイスですら高い。
やはり、安価でお腹を満たすアイスといえば「ホームランバー」だろう。
銀紙で包装された四角柱状の形をしたアイスで、1本三十円という安さでありながら、
濃厚なバニラの味が何とも言えないうまさである。
さらにこのコストパフォーマンスに加え、なんと当たりつきというからダブルで嬉しい。
ということでいつもどおり、ケース内をがさごそと漁ってみたものの──ホームランバーが一本もない。
もしやと思い、おばあちゃんに尋ねてみると・・・
「ああ、ごめんねぇ~ホームランバーは売れきれだよ~。」
「がーん!」
やはり夏はアイスの売り上げが多いのだろう。
がっくりと肩を落とし、諦めて別のアイスにしようと思ったが、
そもそも昼ごはんにアイスってのもどうかと思い、他の駄菓子を選ぶことにした。
──数分後、色々悩んだ末、結局買ったのは──
チェリオ(メロンソーダ)・・・七十円
ブタメン(とんこつ)・・六十円
よっちゃんイカ・・三十円
ハートチップル・・三十円
ビックカツ・・三十円
さくらんぼ餅(コーラ味)・・三十円
蒲焼さん太郎・・十円
焼肉さん太郎・・十円
どんどん焼き・・二十円
コーラガム・・十円
と、見事に三百円を使い切ることに成功した。
ちなみにチェリオは飲んだ後に残った瓶を返却することで
十円が戻ってくる仕組みだったので実質二百九十円なのだが、
三百円この予算でこれだけの種類の食べ物が買えるのだから駄菓子というのはやはりお得感が半端ない。
これが生協で買い物をしたらきっとパン二個とジュースで終わってしまうところだろう。
会計の最中に、おばあちゃんがブタメンを手にとると。
「お湯は入れていくかい?」
「もちろん! あ、いつもどおり少な目でお願いしますっ!」
「はいはい。」
そして手際よくブタメンの外装を剥がし、蓋を開ける。
「あら、残念、当たりじゃなかったね。」
「ちぇーっ」
残念そうに顔をしかめると、おばあちゃんはニコニコしながら手元に置いてあった
お湯の入ったポットを取り出し、ブタメンにお湯を注ぐ。
麺が浸かる直前で止め、蓋を閉じると、湯気で開かないように上から小さなフォークを差した。
「はい。どうぞ。熱いから気をつけなさい。」
「はーい、ありがとう!」
お湯が入ったブタメンのカップの縁を両手で掴む。
すると僅かな熱さを感じつつも美味しそうなトンコツ(風味)の臭いが広がった。
その瞬間、そそられた食欲が頭の中で呼び掛けた。
「早く戻って食べよっと!」
***
駆け足で公民館に戻ってきた。
お昼時になり、さらに人気がなくなったロビーで一人、昼食をとる。
普段から給食嫌いの自分にとっては駄菓子こそが至高の一品であり、
とくにこのブタメンは大の大の好物なのである。
「いただきまーす!」
蓋を開け、フォークで麺をすくい上げると勢いよく喰らいつく、
「ずずず」っという音と共にいつも食べてる変わらない味が口の中に広がる。
それは濃い目の味付けと麺の堅さである。
そのためにお湯は少なくしてもらい、麺が伸びないようにこうして駆け足で帰ってきたわけなのだが、
今日もバッチリの出来上がりに満足しながらスープをすすった。
スープには味の濃さに加えてもう一つのこだわりがある。
それは食べるときにあまりかき混ぜないことである。
粉末スープはそこに溜まっているため、普通は食べるときによくかき混ぜるのだが、
自分は最後スープを飲みきったときに底にたまった粉末スープのダマを食べるのが大好きだったため、
混ぜすぎないことで底にへばりついたダマが溶けないようにしていた。
「ずずず・・・ずずず・・・うめぇー!」
チェリオを飲みながらブタメンのスープを飲む。
一見するとアンバランスな組み合わせであるが、
粉末スープの残った味のしょっからいスープに対抗するかのように
合成着色料と甘味料満載の甘ったるいチェリオが互いに味を打ち消し、
えもいわぬ味わいを与えてくれる。
普段の手持ちでは体験できない二重の喜びも相まって美味しさは倍増である。
「ふぅ~うまかった!さて・・・デザート、デザートと・・・。」
ブタメンを食べきると今度は食後のデザートと銘打って、残りの駄菓子の袋を次々に開く。
「もぐもぐもぐ・・・」
蒲焼さん太郎はとにかくタレが美味い。
パッケージにへばりついたタレを最初に舐めきってから本体に取り掛かる。
その際に噛み切るのではなく、タレを吸出すようにしてしゃぶるのが美味しく味わうコツである。
「むしゃむしゃ・・・」
さくらんぼ餅は一つ一つ単独で食べるのではなく、一つ一つ丁寧に爪楊枝に串刺しにし、
お団子のように串から引き抜きながら食べるのが一番美味いだろう。
「おっ! やった!当たった!後で取替えに行こうっと。」
どんどん焼きには袋の中に当たりと書かれた堅い紙が入っているのだが、
袋を開けて直接口に放り込むと間違えて口の中に入れてしまうで注意が必要である。
こうして一つ一つの駄菓子をこだわりの食べ方で味わいながら至福のときを過ごしていた。
それにしても昼ごはん代を駄菓子に使い込んだなんてばれたら母親にどやされるのは間違いないだろう。