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ウサギたちの恋  作者: 708
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風呂上りの一杯

──風呂上り。


おじいちゃんはまだ、さっきの友達と会話をしていた。

どうやら今度はプロ野球の話で盛りあがっているらしく、

天井近くのテレビも丁度、野球のナイター中継が始まっていた。


家で見ればいいのにと思いながらも、

大人達しか居ない空間に一人で待っているのもツマンナイ。

先に家に帰るねと伝えると、テレビに釘付けになりながらも近くの小銭入れに手を伸ばし、

結局視線を外すことなく、黙ってお小遣いをくれた。


「わーい!ありがとう!」


子供ながらに当然、手を上げて喜ぶ。

もちろん、銭湯代にもらった三百円の余りがあるので風呂上りの一杯は楽しむことは出来るのだが、

おじいちゃんのくれた大きなコインはふところの暖かさをさらに増してくれた。


さっそく身支度をして、ケロリンを抱えながら、

アラレちゃん走りをして脱衣所の外にある番台に向かうと、

一直線に近くにあった冷蔵ショーケースに向かい、扉を開く。


「おじさん、これを下さい!」


一番手前にある瓶を取り出し、番台のおじさんに手渡す。

「あいよ」という声と共におつりの20円ととがったピン先の牛乳栓抜きを渡してくれた。


──買ったのはもちろんコーシー牛乳である。


手慣れた手つきで紙で出来た蓋にプスっと刺し、くいっと上に持ち上げる。

もう何度もこの作業はやってきたのでこの辺はお手のものである。


紙の蓋はいとも簡単に外れ、瓶の中から溢れる冷気のもやとコーヒーの甘い臭いが零れ出す。

その誘惑に魅せられ思わずよだれがじゅるり。そして生唾をごくんとひと飲みする。


「ぐぅううう!我慢できんっ!」


身もだえながら右手に持った瓶をじいっと見つめ、我慢する。

しかし、湯船につかっていたほっかほかの身体と口の中の奥から欲してくる

渇きを潤したい要求が重なり、いよいよ我慢できずに瓶の口に勢いよくカブリついた。


キンキンに冷えた瓶の冷たさを肌で感じながら、そのまま瓶をまっ逆さまにして

中に入った茶色の液体を注ぎ込む。もちろん左手は腰に手を当ててだ。


くいっと一気に中の液体は重力に逆らうことなく、注がれていく。

瓶の色がどんどん透明になっていき、あっと言う間にからっぽになった。

次の瞬間、バッグブリッジをしていた背中を勢い良く立て直すと──


「・・・ぷっはぁああああああああああ!・・・ゲフッ!」


前のめりになった身体と共に喉越しをとおりすぎた快感と逆流したガスが混ざり合った。

まるでどこかの花金のサラリーマンが仕事上がりのビールを飲むような感じである。


名残惜しそうにもう一度瓶を傾けるも、瓶の中の壁を伝うこーしーは

ゆっくりと滴り落ち、伸びた舌で卑しく受け止めるのが精一杯だった。


ああ、風呂上りの一杯の至福のときとはまさにこのときのためにある。

そんなことを感じながらも、今度はフルーツ牛乳に手を出すことにした。


***


「くぅううううううう!もう最高ー!」


お風呂で失われた水分を全て回収することに成功し、

大満足で入り口の逆さまの「湯」の暖簾をくぐる。


銭湯の中と変わらない蒸し暑さだったが、辺りはすっかり夏の夜の雰囲気をかもし出し、

時刻はもう夜の六時を超え、そろそろ七時も近くになっていた。


「大分、長いこといたなー。」


カラスの行水の自分にとってはこんな長いこと湯船に浸かることはめったにないが、

銭湯は別である。


何に気兼ねすることなく裸でぼーっとできるといった

普段味わえない隔絶した空間性が気に入っている。

そこにはくつろぎとやすらぎと、そして何といっても風呂上りの爽快感たるや格別である。


すっかり指の指紋もふやけてしまったが、今日の絵日記はいつもと違うことが

書けるので少しだけ楽しみに思いながら、おばちゃん達が待つ団地に戻った。


結局、おじいちゃんが帰ってきたのはナイターが終わった九時過ぎだった。

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