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ウサギたちの恋  作者: 708
13/16

おじいちゃん家

夏休みに突入してからクーラーの効いた公民館を根城し、はや二週間──

あっと言う間に七月が終わり、照りつける陽射しも益々強まる八月最初の朝。


「あーあ、もう終わっちゃったよ。」


そう言いながら、四本足の椅子の前脚を宙に浮かせ、

絶妙なバランスを取りながら机の上に開かれたノートを眺めていた。


山ほどあった宿題の山はほとんど片付き、

残すは日々の出来事を綴るための絵日記程度ぐらいしか残っておらず、

達成感と共に手持ち無沙汰を感じていた。


それにしてもこの絵日記という宿題は毎度のことながら

何の意味があるのかよくわからない。


小学生の日々には毎日新たな発見があってしかるべきという前提なのだろうが、

あいにく夏休みだからといって毎日の生活に特に大きな変化もない。


マンネリとした日々が過ぎるだけで人様にひけらかすような内容は書けない。

ならいっそ頭を抱えることをやめてありのままに書くようにしているのだが、

誰がこんなつまらない文章を読んで喜ぶのだろうかと疑問に思うわけで。


とにかくこの宿題は中身のバリエーションを増やすよりも

最低限、天気ぐらいは正しく記録しておけば、

やり直しを食らうこともないだろうと割り切ってやることにしている。

まあ、題材(ネタ)探しのためにこのクソ暑い中を歩き回るのも馬鹿らしいしね。


そうして今日も昨日の記憶を辿り、色鉛筆を多彩に操りながら

夏休みのヒトコマを絵と文字で表現していくのだが、

ある文章を書いているときにピタリと筆が止まった。


『今日は弥生と一緒に宿題を──』


ここまで書いて、気づいたのだが

この文章って昨日も書いてなかったか?


いいや、よく考えてみたら、夏休みが始まってから

自分はほぼ毎日、公民館で弥生と遭遇しているがな。


普段から隣の席にいるせいで存在していることが当たり前になっているのだが、

良く考えてみるとかなりおかしい。


特段、アイツとは仲が良いわけでもないのに一緒にいすぎじゃないか?

もし、この日記を他人・・・先生が読んだらどう思うだろうか。


捻る必要のない頭を何度も上下に向きを変えながら唸り、

そして書きかけの文章に消しゴムでメスを入れ、

新たに文字を上書き取りとめのない文章が出来上がる。


さらにページをめくり、以前の内容も全て修正を加えると、

夏休みの前半戦は孤独な宿題生活していたことになった。


「ふぅー。」


ため息と同時に消しゴムのカスが吹き飛ぶ。

思えば夏休みの初日から、弥生と若葉とほぼ三人でロビーの机を占拠して

毎日のように宿題をしていた気がする。

いいや、ここ数日は弥生と二人きりのときが多い気がする。


おかげでこっちの宿題は・・・まあ、さほど影響はなかったか・・・


──いやいや、そうは言っても何故か悔しい。

仁也やノリ君なら別に構わないのだが、だが・・・


ぐぬぬと悶えていると、後方からノックの前置きがないまま、母親が部屋に入ってきた。


「ナオ、宿題ばっかりしてないで、今日からおじいちゃんところ行って来なさい。」


世の教育ママが絶対に言わないであろう、台詞を投げかけられ、

反り返りながら「?」と反応する。


「あんた、もうやる事ないでしょ? お盆におじいちゃんの家に行く前にあんただけ先に言ってなさい。」


それはある種の母親からの家から出て行け宣言だったのだろうか。

断る理由もないが、大して嬉しくもないのもあるので複雑な気分ではあったが、

家にいてもやることはほとんどないので丁度良かったと思うことにしよう。


ということで早速身支度を始め、おじいちゃん家に一人で向かうことにした。


***


「ミーン、ミンミンミンミン・・・・・・」


日本中どこにでもいる蝉の声がやかましい。


それにしても夏休みのおじいちゃん家といえば──


青々とした大きな空に浮き上がる白い入道雲。

透き通る空気がそこらじゅうを満たし、

脈々と連なる山々の隙間から溢れる流水の線形には

タガメメダカオタマジャクシが優雅にせせらぐ。


──そんなありとあらゆる感覚を満たす、

さながらのどかな田園といった情景を想像するだろう。


残念。

母親の実家であるおじいちゃん家は

自分の家から電車で一時間でいける距離にあり、もろに都会である。

情緒溢れる情景などははなっから期待していないのだが、

日々のつまらない生活に少しでも変化があれば、と期待してきたものの

果たしてどうなることやら。


「あっついーなー・・・」


駅の改札を抜けた先には年末に来て以来の特に大きな変化のない町並みが見えた。

高架駅なので陽射しはしのげているものの、明らかに暑い。

影の切れ目に足を踏み入れる事が阻まれるものの、

意を決して日差しの下に飛び込んだ瞬間──


いつもと違う、雰囲気を感じ取り、少しだけ気持ちの高ぶりを覚えた。


こうして今にも溶けて張り付きそうなビーチサンダルと

着替えを大量に詰め込んだリュックを背負いながら、おじいちゃん家に向かった。


果たして絵日記のバリエーションが少しでも増えることができるのだろうか。

そんな心配をしながらアスファルトの照り返しに負けそうになっていた。


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