オタフク風邪と千羽鶴と
「うーん、うーん。」
小学校二年生になりたてのゴールデンウィークの直後──
自分はまさかのオタフク風邪にかかってしまった。
オタフク風邪は流行性耳下腺炎が正式名称であり、
主な症状としては耳下腺が腫れ、頭痛や発熱などを引き起こす。
小学一年生のときに予防接種をしたにも関わらず、
何故か発症してしまうという運の悪い子供だった。
さらに高熱による脱水症状も起こしてしまい、
あまりにも苦しむ我が子を心配してか母親が大慌てで119をしたおかげで
生まれて初めて救急車で病院に担ぎこまれ事態にもなってしまった。
とはいえ症状はそこまで重くはなく、
結局、その日は軽く点滴を打ってから自宅に戻った。
それでもその夜は高熱により、
幾度となく寝返りを繰り返しながら布団中をのたうちまわっていた。
そんな苦しみを知ってか知らずか、
暖を取りにきた飼い猫の"ちるちる"が布団の中に入り込んできて
自分の腕をマクラ代わりに寝始めると、何故か寝苦しさがなくなり、
ようやく眠りにつくことが出来た。
***
──38.4℃
「今日も学校はお休みね。」
明け方になり、熱を測りに来た母親の一言に無言の頷きをしながら布団を頭の上から被り、眠りにつこうと試みる。
発症から二日も経っているのに一向に熱が下がらない。
もしかしたら思ってた以上に症状は重いのかもしれないという一抹の不安を抱きながら、やることがまったくない布団の中である寂しさに打ちひしがれていた。
自分の通う小学校は市立の小学校で、
一学年六クラスあり、クラスメイトは五十人以上はいる
──いわゆるマンモス校であった。
幼稚園時代は同じだったクラスメイトもいれば他の幼稚園出身の子も多く、
顔見知りは半々といったところだろうか。
二年生に上がるときにクラス替えになり、
一年四組だった自分は二年二組になった。
正直、クラス替えというイベントは色々と面倒である。
もちろん、新しい友達が増えるというメリットはあるとは思うが、
今まで友達だった子が別のクラスになるとどうしても疎遠になってしまう。
よって友達関係も一から組み直さなければならず、
最初の一ヶ月は皆、基本的には前の学年で一緒だった友達と一緒に過ごし、少しずつ探り合いをしながら友情の和を広げていくのがセオリーである。
そして学年毎にあるイベントを通じて一気に距離が縮まり、
仲良くなる算段だったはずがオタフク風邪というトラブルのせいで
当初の目論みが最初から崩れてしまった。
それは今日が二年生になってからの最初のイベントである
林間学校の日だからである。
市内にある海に隣接するキャンプ場でカレーを作ったり、
レクリエーションをしたりして楽しい時間を過ごすはずが
──このざまである。
そんな悲しい運命を嘆きながら熱が下がることを祈りつつ、
今頃林間学校を楽しんでるであろうクラスメイト達の姿を思い描きながら布団の中で悔しさを滲ませていた。
***
林間学校が終わった次の次の日。
ようやく熱が下がり始めて、あと数日もすれば学校に登校できるぐらいまで回復してきたところにピンポーンと呼び鈴が鳴る。
すぐさま布団に伏していた自分に代わり、母親が応対する。
どうやら顔見知りのようでなにやらとても嬉しそうな声とお礼の言葉が聞こえるもののよく聞き取れない。
しばらくするとドタドタと廊下を走る音が聞こえ、部屋の扉が開くと──
「よかったわね。お友達のノリ君がお見舞いに来てくれたわよ。」
どうやら来客は幼稚園時代からの友達である滝之上 貴憲ことノリ君のようだった。
しかし、うつる可能性があるオタフク風邪持ちの自分とは面会するわけにも
いかず、せっかく来てくれたのに門前払いとなってしまった。
「それにほらこれ──手を出して」
そう言って母親は布団から起き上がった自分の手の平にあるものを被せた。
「わあぁ…」
それは手の平から溢れるぐらいに纏められた千羽鶴だった。
当然ながら、千羽鶴とは名ばかりで恐らくクラスメイトが一人一個ずつ
作ってくれたものでさながら五十羽鶴といったところだろうか。
カラフルな折り紙で彩られて、中には金や銀の折り紙で作られたものもあった。
「あ、そうそう、これもちゃんと読んでおきなさいよ」
すると母親が思い出したように千羽鶴をひょいと持ち上げ、
千羽鶴の翼を広げ、こちらに見せてきた。
──早く、元気になって学校にとう校してね。芦屋 映見
「これって…」
「クラスのみんながあなたにメッセージを書いてくれたんだって。」
千羽鶴は一羽一羽が翼が折りたたんだ状態のままヒモで繋がっている。
その翼を広げるとそこには委員長である芦屋をはじめ、他のクラスメイトの五十人全員の励ましのメッセージがその翼には書いてあるとのこと。
まだ、名前と顔が一致しないクラスメイトがわざわざ自分のためにこうして
自分のために千羽鶴を折ってくれて、さらには一人一人メッセージをくれたことに素直に感動し、そして感謝をした。
***
「じゃあ、今日もちゃんと寝てなさいよ。」
そう言って、部屋の扉を閉めるも布団の横に置かれた千羽鶴が気になって
すぐに起き上がると千羽鶴を手に持ち、他の鶴にはどんな事が書いてあるのだろうと一つ一つ丁寧に翼を広げながらメッセージを読んでいった。
──おたふく風になんかまけないで 未来
──ふぁいとー! 紀子
──大へんだと思うけど、がんばってね。栄子
クラスメイトの中でも特に可愛いと評判の三人からのメッセージもあった。
こういうのに慣れてないせいか照れくさい気持ちになりながらも少しだけ嬉しくもあった。
しかし、中にはまったく心配の素振りさえしていないメッセージもあり──
──林間学校楽しかった。 貴憲
──がっこうサボれてうらやましいぞ! 仁也
相変わらずといったところだろうけど幼稚園時代からの悪友なので目をつぶることにした。
一つ一つ鶴の翼をめくりながら、クラスメイトのメッセージに目を通す。
名前が書かれているのもあれば、無記名なのもあってこれだと誰が書いたかさっぱりではある。
そんな中、翼に何も書かれていない鶴を見つけた。
「あ、あれ…?」
薄いピンク色の折り紙で折られた鶴であり、他の鶴に比べると翼の先っぽや頭や尾がキレイに整えられていてどの鶴と比べても出来が良いのが一目で分かる。
「なんだ、書き忘れかな…」
せっかくこんなに綺麗に折られているのにメッセージがないのはちょっと残念と思いながらも、残りの鶴のメッセージを見ていた。
「ふぅ、これで全部か。」
流石に五十羽全部に目を通すと時間がかかったがようやく全てのメッセージを読み終わり、満足したところで皆が作ってくれた千羽鶴の改めてに眺めようと照明のスイッチのヒモをぶらさげてた。
「ん…?」
すると、光りに照らされ、色の薄い折り鶴が透けて見えていた。
よく目を凝らすと、なにやら折り鶴の裏側に書いてあるようにも見える。
それはさっきメッセージの書いてなかったピンクの鶴だった。
気になって透かして見るも、あまりよく見えない。
仕方ないので取り外して中をみてみることにした。
再び千羽鶴を下ろし、通ってる紐から強引に鶴を引き剥がした。
ビリっという音に紐から外れ、手の平には一匹のピンクの鶴が横たわっていた。
せっかく出来のよかった鶴を台無しにしてしまって申しわけない気持ちもあったが、気になって寝付けが悪くなってもしょうがない。
そうしてお腹の破けた鶴の折り目を戻しながら慎重に開く。
一部は破けたもののようやく元の正方形の折り紙の状態に戻ると、
そこに書かれた文字が目に入った。
「えっ……?」
──大好きな尚哉君が早く元気になりますように。
そこ文字には願いと共に告白の言葉が綴られていた。
進級してすぐにオタクフク風邪にかかるというピンチから一転──
生まれて初めてのラブレターを受け取った。