魔法少女の条件
こんなの渡されたってなあ。
今日子がそう思いながら走っていると、頭の中に声が響いてくる。
それはこの魔法のスティックがどのような能力を持っているか、という詳細な説明だった。
スティックそのものが持ち主に話しているのだろうか。
校門の見える距離まで来ると、登校チェックの教師が見えた。
以前、遅刻しそうな彼女のことをのろまだと嘲った体育教師だ。
教育者にあるまじき態度。
思い出しただけで頭に血が昇るのが分かる。
「少しやり返すのは、悪いことじゃないはず」
誰にともなく言うと、彼女は教師の前まで進み、
スティックをスッと振った。
すると教師がポンッと煙に包まれ、一瞬で亀になって地面に転がった。
20センチほどの陸ガメは逆さまになって足をバタつかせている。
凶悪な魔獣を念じた動物に変えることで無用な戦いを避ける魔法。
とついさっき説明されていたのだが、今日子はこういう使い方をしてみせた。
すぐ応用できるのは魔法を使うセンスがある。
短時間で効果が切れると言われていたから、深く気にする心配はないようだ。
「人をのろまなんて言うからですよ」
甲羅をポカーンと蹴っ飛ばし、亀を校門近くの茂みにまで放り込むと、今日子は校舎へと入っていった。
「使いこなせば、まだまだこんなもんじゃないわね」
スティックを手に、さらなる魔法を覚えていると笑い声が聞こえた。
「うわなにあいつ、子供のオモチャなんか持ってきてるよ」
「なんかオタクが見るアニメに出てきそうなやつ」
「え、なにそれ、キモ」
いつも誰かしらを小馬鹿にして喜んでいるギャルふうの3人だ。
今日子はスティックをすぐバッグの中へとしまったが、まだ遠巻きに馬鹿にし続けてくる。
毎度のことながら、癪に障る。
しばらく私の前に出てくるな。
今日子はバッグの中で小さくスティックを振った。
途端、嘲笑していた3人の顔色が変わった。
そして下腹を押さえてトイレに駆け込む。
魔法で体調に干渉し、病気で弱った人を助ける目的で使われる魔法である。
本来は。
だがその干渉の方向性を癒しではなく、胃腸への刺激として使えば、しばらく個室から出てこられなくすることなど容易い。
悠々と教室に入る今日子。
魔法少女になった、などと誰かに話せるわけがなく、そのまま1日を過ごそうと決めた。
その中でもスティックの性能を大いに活用した。
抜き打ちテストでは時間停止の魔法を使って答えをカンニング。
存在感を消す魔法で授業中、教師に指されないようにした。
悪用ではなく要領よく使っているのだ。
これも魔法少女とやらに選ばれる才能でしょ。
今日子はそんな自己弁護をしながら昼休みを迎えた。
「あ、お財布忘れた」
朝、バタバタしていて玄関に置き忘れた。
昼食は購買部か学食派の彼女にとって、金が
ないとは飢えると同じ意味だ。
友達に借りるという選択肢はあるが、ものは試しと、バッグに隠しながらスティックを振ってみる。
すると、
「ああ、こういうこともできるんだ」
手の中に数十円分の小銭が現れた。
望んだものをスティックから出す、クリエイト
の魔法。
全くの無から想像力だけで有を生み出すという、
世界の常識を覆す力だ。
もうちょっと欲しいな。
さらに振ると、500円玉がぱっと出てくる。
出せるなら、もっとやってみようか。
彼女がそう思った数秒後には、十数枚の万札が
その手に握られていた。
え、いくらなんでもこれ凄すぎない?
おおと感嘆の声を漏らしたあと、今日子は誰にも見つからないよう、そそくさとバッグにしまった。
魔法少女とやらがなんなのかよく分からない。
が、何かと戦っていくのなら先立つものが必要に
なることもあるのだろう。
だからお金を自由に出しても、悪ことではない。
それに空腹を凌ぐために使っただけなのだから。
腹が減っては戦は出来ぬ。
彼女はそう解釈した。
購買部で普段はなかなか買えないデザートのプリンも購入し、今日子は教室へ戻ろうとした。
すると向こうから、何人もの女子に付きまとわれ
ながら歩いてくる男子生徒がいた。
「朝倉先輩」
この学校の女子なら誰もが憧れる先輩である。
多数から憧憬と好意を向けられるだけあって、
当然のようにイケメン。
スポーツもできて性格もよく、さらに加えて良家のおぼっちゃんでもある。
すれ違って通り過ぎていく彼とその一方的な取り巻きを見ながら、今日子はため息を吐く。
スティックがあれば金に困ることはない。
金はどうとでもなるが、金でどうにもならないこともあるものだ。
そう、人の心など変えようもない。
そこまで考えて、彼女は自らそれを撤回した。
やりようによっては、彼を振り向かせることができるかもしれない。
今日子は魔法で、携帯できるほど小さくしたスティックを持ってくると、遠くから朝倉に魔法をかけた。
そして何食わぬ顔で彼のそばを通り過ぎる。
「! ちょっと待って、きみ」
「なんですか?」
その時の彼の表情を古典的な漫画の表現で表す
なら、瞳がハートに変わっている。
そんなところだろう。
「何年何組の、いやクラスなんてどうでもいい。君の名前を教えてほしい」
今日子は不思議そうな顔を作りながら伝えた。
「突然で悪いんだけど、今度の休みに一緒にデートでもどう? いや、放課後にでもすぐ」
「はい、喜んで」
取り巻きから憎悪と妬み嫉みの視線をぶつけられ
ながら、今日子はデートの約束を取り付けた。
当然、魔法の効果だ。
悪者に精神的ショックを与えられた者の気持ちを
癒す、というのが本来の使い方とされている。
だが、他人の気持ちに作用するという部分を少し
だけ都合良く使ってみたのだ。
これは悪用ではない。
魔法少女になって怪物と戦うことになれば、日々
苦労やストレスが蓄積するだろう。
そのメンタル面を優しく支えてくれる人がいれば、それが文句なしのイケメンならきっと厳しい戦いを乗り切っていける。
だから、これは悪用ではないのだ。
そう今日子は判断した。
昼休みの後半。
「なんであんたみたいのが選ばれるの!?」
彼の取り巻きにいた女子の1人、浅井とその仲間に、今日子は誰も通らない校舎のすみへ連れてこられていた。
「なんでって言われても、選んだのは先輩で」
やんわり反論しようとしたそのとき、問答無用で平手打ちが飛んだ。
今日子は壁に頭を打ち付けて、よろける。
「……いったぁ」
「あんたみたいなさあ、さえない下っ端が、調子こいて勝ち誇ってんのが1番ムカつくのよ!」
さらに足蹴され、今日子は倒れ込んだ。
浅井は朝倉の彼女を自称しており、周りもそれを
認めているような空気があった。
容姿に自信のある美少女で勉強もできる。
家もそれなりに裕福だ。
スクールカーストで言えば自分は最上級。
地味な今日子のような下層より遥か上にいる。
ルックスに反比例して性格が悪いため、本気でそんなふうに考えているふしがある。
だから、どうしても許せないのだ。
「デートの約束、今すぐ断ってきて。あんたみたいのと先輩がくっついて良いわけないでしょ」
「でも」
「断ってこいって言ってんの!」
再度蹴りが飛ぶ。
普段は猫を被っているが、見下した相手にはえげつない。
足と腹を蹴られた今日子の心に、怒りの炎が点った。
魔法を使ったのは問題があるかもしれないが、彼は誰のものでもない。
そもそもこいつだって、勝手に彼女ヅラしてるだけじゃないか。
怒りの炎は過去の傷跡を照らし出す。
前にも本当に些細なことで罵られたり、本人はふざけ半分のつもりだったのかもしれないが、人前で小バカにされたことがあった。
自分のほうが上だと思い上がって好き放題された不条理への憎しみが、怒りの燃料となる。
人を人とも思わない。
こんなやつ、生きてたって世のため人のために
なるのか?
いや、周囲に害を振りまくだけだ。
ならいっそ、ここで殺してしまえば。
そうだ、迷惑な奴は殺してしまえばいい。
私は絶大な魔法の力を得たんだ。
悪者を倒す、魔法少女の力を!
今日子はスティックを取り出した。
握りしめると、元のサイズへと戻る。
「なにそれ、いきなりそんなオモチャ出して」
「スターストリーム!」
一瞬の出来事だった。
集束した光が浅井とその仲間を包み込み、血の一滴すら残らず消滅させたのは。
やった、やってやった。
ざまあみろ、何がさえない下っ端が、だ。
調子に乗ってたのはお前だ!
だから、だからこうなった!
スティックから放たれた破壊力は数人を消しただけにとどまらず、校舎に穴を開けた。
ぽっかりと開いた穴から、何かが飛び込んできた。
「君は何をやってるプル!」
「ティンプル。何を? 力を正しく使っただけよ」
「こんな使い方正しくないプル、本心でそんなことを言っているプルか!?」
「私には今まで、ままならないことがたくさんあった。その私が魔法少女に選ばれたなら、少しくらい自分のために魔法を使ったっていいじゃない!」
「いけないプル! それは間違った考えプル!」
「ならっ、だったらお前も!」
今日子はスティックをティンプルに向けて──
「試験は終了だプル、君は魔法少女にはなれないプル」
ティンプルがそう言った途端、世界が暗転した。
そして今日子が気付くと、公園の前にいた。
「こ、これは……?」
瞬間移動ではない。時間が朝に戻っている。
手にあったはずのスティックは消えていた。
「君が魔法を正しく使えるか、幻を見せて試したプル」
「そんな、じゃあ今までのは全部」
「そうプル。人を試すのは良くないことだプル。でも、大きな力を使える魔法少女の選別は、絶対にミスできないんだプル」
「……」
「見誤ったのはボクの責任、君を悪いようにはしないプル。ただ、ボクと会った記憶は消させてもらうプル」
宙に浮かぶティンプルの体が閃光を放った。
「──あれ、私どうしてたんだろ。なんだかボーっとしてたような……。あ、学校遅れちゃう」
駆けて行く今日子。
その上空から彼女を眺めるティンプルの姿があった。
「変身と魔法に資質があっても、欲望に勝てない子が多いプル。強い力は、人の悪い部分をいとも簡単に引き出させてしまうプル。闇の女王ダークネビュラが日増しに強くなっていくのも、なんだか分かる気がするプル」
ティンプルは短い腕で腕組みをして悩んでいたが、
「自分の感情や欲望に屈しない魔法少女を早く見つけなくてはならないプル。それがボクの使命なんだプル」
そう言って、いずこかへと飛んでいった。
力を持ったとき、人はどう変わってしまうのか。
それは人類の歴史を紐解けば、答えが見つかるだろう。
彼が己の使命を果たすまで、もうしばらく時間がかかるかもしれない。
読んでいただき、ありがとうございました。
芥川龍之介の『魔術』に着想を得て、魔法少女と組み合わせてみたらどうだろうと考え、短編を書いてみました。
鉄人28号の歌詞ではないですが、強い力は使う人次第で変わるという意味で書きました。




