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魔法少女の力

「君には魔法少女の素質があるプル!」

 高校への登校中、公園の前を通りかかった結城今日子は突然声をかけられた。


 誰に、いやいったい何に声をかけられたのか。

 彼女はまず、それが理解できなかった。


 ハムスターとリスを掛け合わせたような姿。

 サイズは開いた手のひらと同じくらい。

 目の前に現れたのは、そんな生き物。


 見た目だけなら、日本にはいない、海外の珍しい動物なのかと思えたかもしれない。


 だがそれは、彼女の目線の高さで浮いていた。

 しかも明瞭(めいりょう)な日本語で声をかけてきたのだ。


 まさに不思議のかたまり。

 今日子は逆に、妙に冷静になってしまった。

 この状況が、彼女の物事を理性的に判断できる限界を一瞬で突破したのかもしれない。


「な、なに、あなた」

「ボクはティンプル、魔法の国からこの世界に魔法少女を探しにきた妖精プル」

「……あ、はい」


 本人がそう言うのだから、そうなのだろう。

 信じてやるのが人情というものだ。

 語尾が気になったが、それどころではないので、彼女はあえてプルにつっこまなかった。


「平和だった魔法の国は今、復活した闇の女王ダークネビュラに侵略されて大ピンチなんだプル」

「あー……なんかよく聞く話ね。日曜の朝とかに」


「ダークネビュラは人の(よこしま)な心を吸収して強くなる、とんでもなく恐ろしいやつプル。それに対抗できるのは、この世界にいる伝説の魔法少女だけなんだプル」


 なんで魔法の国は自衛手段を持ってないんだよ、と言いたかったが今日子はグッと我慢した。


「君には魔法少女になる素質があるプル! ボクには分かるプル! さあ、さっそくボクの持ってきた魔法のスティックで変身を試すプル」

「あの変身とか、別にいいんで。学校遅れるからもういい?」

「あ、ちゃんとボクの話を聞くプル。ボクは真面目に」


 そのとき、公園の中に暗雲が広がった。

 黒い霧が20メートルほど広がると、中から大きな何かが現れた。


 身長6メートルほどで、全身がずんぐりむっくりとした、一つ目巨人サイクロプスだ。


「ダークネビュラの追っ手プル!」

「追われてるんだ、大変ね」

「他人事みたいに言うなプル! 素質のある君もあいつの攻撃対象にされるんだプル!」


 そう言うとティンプルは、女児向け玩具そのものといった魔法のスティックをどこからともなく取り出し、今日子に渡した。


「受け取ったプルね? これで君も立派な関係者プル。さあ、スティックを掲げて魔法少女に変身だプル!」

「ちょっと待って、そもそも高2にもなって魔法少女とか」

「いいから、やるプル!」

「こ、こう?」

 今日子がスティックを掲げてみる。

 すると光が溢れ出し、彼女を包み込んだ。


 アニメの変身バンクさながら、キラキラとした光が彼女を取り巻くと、次の瞬間には、今日子は制服姿から魔法少女のコスチュームへと変身していた。


 フリルがあしらわれ、ふっくらとしたパフスリーブのある服。

 腰には大きなリボン、プリーツのミニスカートに、ニーハイソックス。

 トゥシューズのような靴には羽が付いている。


 普段地味で、ガーリーな服装が似合わないとよく言われる今日子だが、馬子にも衣装とは言ったもので、なかなかどうして悪くない仕上がりだ。


「ガアー!」

 変身に反応したのか、一つ目巨人はノシノシと彼女目掛けて歩いてくる。


「さあ、変身したら魔法のスティックで攻撃だプル」

「攻撃って」

「両手で先端を相手に向けて、スターストリームと叫ぶプル。これならどんな敵だって一撃だプル! 魔法少女の攻撃魔法にかかれば、主力戦車の装甲ですらブリキ缶も同然だプル!」


 突然のことに今日子は動揺するが、殺意満々で迫り来る怪物に対抗するには、言う通りにするしかないらしい。


「ス、スターストリーム!」

 叫び声とともに、スティックの先に光が集束し、

 ドンッ! 

 尾を引く彗星を思わせる光線が発射された。


 先端が三角錐となった光線が、高速で一つ目巨人の胴体を捉える。

「グアア……」

 ドーム状の光の中で、巨人は消滅した。



 敵を倒した余韻に浸る間もなく、今日子の衣装は再び制服姿へと戻っていた。

「すごいプル! やっぱり素質があるプル!」

 ティンプルは短い手足をバタつかせて空中ではしゃぐ。


「今日からそのスティックは君のものだプル」

「これ、もらえるの」

「あげるプル。ただし」

「ただし?」


「絶対に悪用してはいけないプル。邪な心を持てばダークネビュラには勝てないプル。ボクはこれから、新たな魔法少女を探すために少しだけいなくなるプル。ボクが来るまで、悪用だけはしてはダメプルよ」

 ティンプルは忠告すると、そのまま飛んでいってしまった。


「悪用か」

 現実とは到底思えない、唐突過ぎる出来事のあと、今日子はその場に立ち尽くした。

 スティックをまじまじと眺めながら、これはまだ夢の中にいるのではないだろうかと。


 そこで彼女は、ハッと確かな現実に戻った。

 このままでは遅刻してしまう。

 スティックをスクールバッグにしまうと、今日子は駆け出した。

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