戦その伍拾弐 真の最強の者
もう一度変身した茶川博士。ヤンキー戦隊の面々は、茶川がパワーアップしているの事に気づいていた。
(そうか……。ジイさんのトラウマは、死者を蘇生させてしまう禁断の薬を作った事なのね? その事で美奈子さんのお母さんがジイさんを煽ったのは、大きな間違いだったという事?)
最愛の人である宵野明星治の傷を治療しながら、ヤンキーグリーンこと笹翠茉莉は思った。
「あんたらは知らんのじゃ。イーヒッヒ。人間は自分の弱さを知るともっと強くなれるという事を。イーヒッヒ」
茶川は笑いをぶっ込みながらも真顔で言った。
「何を訳のわからない事を言っているのですか、精神破綻科学者風情が! 本当に強いのは誰なのか、教えて差し上げて」
ヒキガエルの生まれ変わりとしか思えない明野明星貴久子は、その醜く弛んだ身体をプルプル震わせて、全く不釣り合いな美形の夫である楽生都を見た。
「わかったよ」
超絶的な美しい顔をした楽生都はフッと笑うと、茶川に向かって走り出した。
「最後に立っているのはこの私じゃぞ、楽生都君」
茶色のサングラスをかけ、茶色の特攻服を身に纏った茶川が言い放った。
事情を知らない百人の老若男女に質問すれば、相当な確率で、全員が茶川が悪の首領だと判定するだろう。
(ああ、まだどちらを応援するか迷ってしまう私はダメな人間だわ)
ヤンキーパープルこと村崎香織は自己嫌悪に陥った。しかし、それは人間として仕方がない反応だとも思ってしまう。
「ジジイ、勝てるよな?」
自動治癒装置のお陰で回復してきたヤンキーパンサーこと黒田パンサーは半身を起こして呟いた。
(茶川博士が負けてしまったら、僕達は皆殺しにされてしまうのだろうか?)
中の人であるパンサーは怯えていた。表のヤンキーパンサーが、他の誰よりも貴久子の悪口を言っているからである。
パンサーはヤンキー戦隊のリーダーだと思っているヤンキーレッドこと赤井真一がどうしているのか辺りを見渡した。
すると、真一は父親である楽生都に脇腹を突かれて倒れてしまった美奈子に駆け寄っていた。
「大丈夫ですか?」
真一は全く下心なく近づいたのだが、
「触らないで! 私は黒田君と婚約しているのよ! 他の男に触れられる訳にはいかないわ!」
鬼の形相で真一を睨みつけ、自力で立ち上がった。そして、天使のような笑顔でパンサーを見た。
真一は顔を引きつらせた。そして、パンサーも心の中で顔を引きつらせた。
「そうだぜ、リーダー。美奈子は俺の女だ。妙なちょっかいかけると、許さねえぜ」
表のパンサーは右手の中指を突き立てて言った。
「あ、はい……」
真一は更に顔を引きつらせた。
「嬉しい、マイハニー!」
美奈子は頬を朱に染めて喜んだ。それを半目で見ているのは、茉莉と香織である。
その一方で、茶川と楽生都の激しい打ち合いが続けられていた。
(バカップルに気を取られている場合じゃなかったわ!)
茉莉はハッとして茶川と楽生都の戦いに目を向けた。だが、茉莉の心配をよそに、茶川は楽生都を圧倒しつつあった。
「くぬう!」
美しい顔を歪め、楽生都は必死になって茶川の攻撃を防いでいたが、次第にそれが間に合わなくなっていた。
「貴方!」
余裕綽綽だった貴久子の表情に焦りの色が見えた。彼女にも夫が劣勢なのがわかったのだ。
「正義は勝つのじゃ。イーヒッヒ」
茶川は笑いをぶっ込みながら、右のハイキックを楽生都の左顔面に叩き込んだ。
「いやあああ!」
茉莉と香織は思わず絶叫してしまい、ハッと我に返って俯いた。だが幸いな事に、治は楽生都が茶川に押されている事に驚愕していて、茉莉の叫びに気づいていなかった。
(よかった……)
茉莉と香織は顔を見合わせて苦笑いしつつ、ホッとしていた。
「むっ?」
治は蹴られた楽生都の左の顔面から小さな火花が飛び散るのを見て目を見開いた。
(何だ、今のは?)
それは貴久子にも見えていたらしく、
「ぐっ……」
醜い顔を更に醜く歪めて歯ぎしりしていた。
「勝負あったようじゃの、貴久子さん。イーヒッヒ」
茶川は真顔で貴久子を見ると、呆然とした顔で動きを止めてしまった楽生都から飛び退いた。
「お父様?」
美奈子も、父親の様子がおかしいのに気づき、バカップルごっこを中断した。
「なるほど、そういう事か?」
美奈子と同時に楽生都を見たパンサーはニヤリとして呟いた。
「これがあんたのお父上が変わってしまった理由じゃよ、美奈子君。イーヒッヒ」
茶川は楽生都の左顔面からこぼれ落ちた金属の破片を拾って掲げてみせた。
「強力な電波発信機じゃな。これで自分の夫を意のままに操っていたという事じゃ。イーヒッヒ。要するにあんたと楽生都さんの間に愛はなかったんじゃな。イーヒッヒ」
茶川は拾い上げた破片をまだ歯ぎしりしている貴久子に突き出した。
(なるほど、それなら納得がいく)
茉莉と香織、そして真一までもが同じ事を考えていた。
「お母様!」
美奈子が憎しみに満ちた目で自分の母親を睨みつけた。
「あっ!」
治が、突然意識を失って倒れかけた楽生都に駆け寄り、その身体を支えた。茉莉と香織も駈け寄った。
「治さん、肩が痛むでしょ? 私が代わるわ」
茉莉は治を気遣うふりをして、楽生都に触れようとしたが、
「大丈夫だよ、茉莉さん」
治が微笑んで応じたので、自分の浅ましさを思い知らされ、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
「明野明星グループは、表向きは自動車や医療、介護などの事業を手掛けている優良企業じゃが、裏では世界中の軍需産業に巨額を投資して、戦争の長期化を誘導している。イーヒッヒ。その一番の担い手が貴久子さん、あんたじゃ。イーヒッヒ」
茶川は変身を解き、ゆっくりと貴久子に近づきながら言った。
茉莉達はギョッとして一斉に貴久子を見た。美奈子は辛そうな顔になり、俯いてしまった。それを気遣うようにパンサーが肩を抱いた。
「そんな裏の顔を持っているグループの研究施設で、私は恐ろしいものを作ってしまった」
茶川は貴久子の前で立ち止まり、笑いを交えない真顔で告げた。
「死者を蘇生させる薬。つまり、無限に戦える兵士の誕生の切っ掛けを作ってしまったのじゃ」
茉莉は茶川のトラウマの深さを知り、泣きそうになった。
(だから、博士は自分の命を絶ってまで、その悪魔の発明を消し去ろうとしたのね?)
真一も香織も、茶川が発明した薬が齎す未来がどれ程恐ろしいものなのか想像でき、怒りの目を貴久子に向けた。
貴久子は一同からの非難めいた視線を感じたのか、
「素晴らしい発明でしょう? 人間が死を克服したのよ? それを世に広めないでどうするの?」
作り笑顔で皆を見渡しながら言い放った。だが、彼女は明らかに狼狽えていた。
「人間は限りある命じゃからこそ、尊い存在なんじゃよ、貴久子さん」
茶川は哀れんだ表情で貴久子を見た。だが、貴久子は退かなかった。
「人間は戦争をして進化してきたのよ! 戦争は必要悪だわ。戦争があったからこそ、多くの技術が発展したのよ! 戦争の何が悪いの!?」
血走った目で茶川に食ってかかった。
「確かにそうかも知れんが、それは結果としてついてきたものじゃ。それを目標に進んでいれば、戦争をせずにもっと有効なやり方で人類は発展していたと思うぞ」
茶川は負けずに言い返した。
(博士、かっこいい……)
茶川とは長い付き合いの茉莉であったが、初めて彼を尊敬しかけていた。




