戦その伍拾壱 果てしなき野望
号泣して自分を見つめている明野明星美奈子を見ても、父親である楽生都は眉一つ動かさない。
「私は誰にも操られてはいないよ。私の意志で行動しているのだよ、可愛い美奈子」
白い歯をキラっと輝かせて微笑む楽生都に愕然とする美奈子であったが、その後ろで美し過ぎる父娘の姿を見ているヤンキーグリーンこと笹翠茉莉とヤンキーパープルこと村崎香織は、楽生都の超絶的な笑みに思わず雄叫びをあげそうになってしまった。
それを何とか思い留まれたのは、茉莉の隣でどうすればいいのか迷った表情でいる宵野明星治の存在があったからだった。
(治君に申し訳ないわ)
茉莉は思った。これはごく自然な反応である。
(治さんに失礼だわ)
治に恋心を抱いている香織の思考は、彼女の事を自分の恋人に勝手に認定しているヤンキーレッドこと赤井真一の変態的な妄想に似てきていた。香織自身が真一に寄せてきている訳ではないが、感化されている可能性はあった。
美奈子は微笑む父を再び悲しそうに見上げてから、鋭い一瞥を母である貴久子に向けた。
「美奈子、お母様に向かって何という目を向けるのですか? 貴女をそんな品性のない女性に育てた覚えはありませんよ」
貴久子は目を細めて低い声で告げた。ドスの効いた声だった。
(ひいい!)
それを聞きつけたヤンキーパンサーこと黒田パンサーは思わず心の中で悲鳴を上げた。
(生徒会長のお母さん、怖い。実の母親なのだろうか?)
真一は相変わらず失礼な事を妄想していた。だが、貴久子と美奈子の容貌には全く似ているところがないので、そう思っても仕方がないとも言えた。
「貴女に育てていただいた覚えはありませんわ、お母様」
美奈子は鋭い目をそのままに、母親に向かって言い返した。
(生徒会長も怖い怖い、怖いよー!)
中の人であるパンサーはパニックになりかけていた。パンサーが混乱すればするほど、表のヤンキーパンサーは能力を高めるという恐ろしい構造である。
「醜いのは見た目だけじゃなくて、腹の中もかよ、ヒキガエル」
ヤンキーパンサーは両手の中指を突き立てて貴久子を挑発した。次の瞬間、楽生都が美奈子の横をすり抜けて、パンサーに襲いかかった。
「色男、金も力もあるんだな?」
だが、今度はパンサーは楽生都の動きを見切り、彼の右のハイキックを身を屈めてかわし、続いて繰り出してきた左回し蹴りを左の前腕で受け止めてしまった。
「やるね、君」
楽生都はフッと笑って飛び退き、パンサーを斜に見た。
「俺は無限に強くなれるんだぜ、お義父様」
パンサーはニヤリとして楽生都を右手の人差指で指し示した。
「やだ、恥ずかしいわ、マイハニー、お義父様だなんて! まだ早いわ!」
先程まで貴久子を鋭い目で見ていた美奈子は、キャッと顔を両手で多いながら赤面したので、茉莉と香織は唖然としてしまった。
(どれが本当の美奈子さんなの?)
茉莉は思った。
(生徒会長、黒田君と結婚したいんだ……)
香織は美奈子の本気を感じてびっくりしていた。
「確かに貴女の言う通りね、美奈子。私は美祢子の教育に専念して、貴女の教育を疎かにしてしまったわね。それが間違いであったと、今、よくわかりましたわ」
貴久子がニヤリとして軽蔑の眼差しを向けたのに気づいたパンサーが貴久子に再び中指を突き立てた。それに反応した楽生都がパンサーに突進態勢をとった瞬間、
「あんたが育てたから、美祢子君はあんな風になってしまったと思うぞ。イーヒッヒ」
すかさず突っ込みを入れる茶川博士である。楽生都は攻撃目標を瞬時に茶川に変更し、彼に掴みかかった。
「高齢化社会なんだから、ジイさんは大切にしようぜ、色男」
その楽生都の振り上げた右腕を捻り、動きを封じたのは他ならぬパンサーだった。
「ぐぬ!」
楽生都は身体を回転させてパンサーの手を振り解き、ローキックで彼の両足を払った。
「あらよっと!」
その反撃を予測していたのか、パンサーはパッと側転して応じ、立ち上がりながら裏拳を楽生都に見舞った。
「くっ!」
すんでのところでそれをかわした楽生都だったが、そこまで動けるパンサーに戸惑いを見せていた。
(怖過ぎて意識が飛びそう!)
中の人であるパンサーは心の中で絶叫していた。
「私はジイさんではないぞ、ヤンキーパンサー。イーヒッヒ」
茶川は白衣の襟を直して告げた。
「そうかい、そいつは失礼したな、ジイさん」
パンサーは楽生都と睨み合ったままで応じた。
(リーダーの座は、黒田君に譲ろう。そうだ、それがいい)
真一は思った。これでようやくヤンキー戦隊のリーダーは名実共にパンサーに落ち着く事になる。
「治、何をしているのです? ご主人様に加勢なさい!」
その場の空気を切り裂くような貴久子の金切り声が響いた。
「……」
治は睨み合う楽生都とパンサーを交互に見た。
「治、どうしたのです? 私の命令が聞けないのですか!?」
鋭さを増した貴久子の声が治の胸を抉るように飛んだ。治は貴久子を見たが、動こうとしない。
「ならば、こうするまでです!」
業を煮やした貴久子はどこに隠し持っていたのか、小型のボウガンを取り出して、治を労るように見つめている茉莉に向けた。
「ヤンキーグリーン!」
貴久子の恐るべき発想に気づいた香織と真一が叫んだ。茉莉は貴久子に向けられたボウガンを見たまま硬直している。
「私が虚仮威しをしないのは、よくわかっていますわよね、治?」
貴久子は右の口角を嫌らしく吊り上げて言い放った。
「すまない、茉莉さん」
治は茉莉にだけ聞こえるくらいの小声で呟いてパンサーに向かった。
「ぐう!」
その治の左肩にボウガンの矢が突き刺さった。香織と茉莉が仰天して貴久子を見、パンサーが怒りの目を向ける。
(どゆ事?)
真一は貴久子の行動が理解不能で、混乱していた。
「私の言う事を素直に聞かなかった報いです」
貴久子は勝ち誇った表情で告げた。
「はあ!」
一瞬の隙を突かれ、パンサーは楽生都の右の飛び膝蹴りをまともに顔面に食らい、
「ぐへっ!」
鼻血を撒き散らしながらもんどり打って仰向けに倒れた。
「お母様、貴女という人は!」
美奈子が怒りの形相になり、貴久子に向かって走り出した。
「ダメだよ、可愛い美奈子。お母様にそんな態度をとっては」
微笑みながら美奈子の横に着いた楽生都が何の躊躇いもなく、美奈子の脇腹に鋭い手刀を突き入れた。
「ぐうう……」
美奈子はその場に倒れ込んだ。
「美奈子!」
鼻血を垂らしながらも、パンサーが立ち上がって叫んだ。
「君はまだ寝ていたまえ」
いつの間にかパンサーの背後に立った楽生都がフッと笑って言い、その首筋に手刀を叩き込んだ。
「ぬぐ……」
虚を突かれたパンサーは前のめりに倒れ、地面で顔を強打した。
「勝負ありましたわね、茶川さん?」
貴久子が狡猾な笑みを浮かべて茶川を見る。
「そいつはどうかの? ヤンキー戦隊最強の私がまだおるぞ。イーヒッヒ」
茶川は真顔で笑いをぶっ込み、
「変身、装着!」
一瞬にしてヤンキーブラウンに変身した。
「何だ? ジイさん、強くなってるのか?」
地面から顔を少しだけ上げたパンサーが言った。
「茶川博士?」
硬直がようやく解けた茉莉が、肩のボウガンを抜いた治に駆け寄りながら呟いた。
(茶川博士、勝てますよね?)
香織は祈るようにして茶川を見つめた。




