戦その肆拾玖 その深き怨念故
ヤンキー戦隊の隊長を名乗った戦隊の生みの親でもあるヤンキーブラウンこと茶川博士は、明野明星家の御庭番衆の首領である宵野明星治との激闘を再開した。
(ヤンキー戦隊はそのトラウマエネルギーを力としているはず。ジジイのトラウマって、何?)
二人の壮絶な戦いを見ていたヤンキーグリーンこと笹翠茉莉は、ふと疑問に思った。
「もし、君があの時の子ならば、尚の事、私が倒さねばならんのじゃ。イーヒッヒ」
笑いをぶっ込みながらも、目にも留まらぬ打ち合いを続けるという茶川の強さに、ヤンキーレッドこと赤井真一は、
(茶川博士が隊長なのは納得だ。リーダーの地位も辞退する事にしよう)
相変わらず唐変木な事を考えていた。そもそも、真一はリーダーではないのだ。
(治さんは茶川博士と昔出会っていたの? もしかして、私も……?)
明野明星美奈子は遠い昔の記憶の糸を解きほぐそうとしていた。
「でも、貴方は私には勝てない!」
互角に打ち合っていると思われた情勢が、治のその言葉を皮切りに一変した。
「ぐう!」
茶川の攻撃がかわされ、治の攻撃が的確に茶川を捉え始めた。
「君は本気でそう思っているのかね、宵野明星治? それが君の本心なのかね?」
茶川は攻撃を食らいながらも、治に問いかけた。さすがに笑いをぶっ込む余裕はなくなっているようだ。
「そうです。本心ですよ!」
治の両の目に滲んでいた血の涙が一筋右目から流れ落ちた。
「治君、負けないで!」
茉莉が泣きながら絶叫した。それは何に対してなのか、茉莉自身は全く考えていなかったが。
「くああああ!」
茉莉の叫び声が治に届いたのか、彼は茶川への攻撃を止め、自分の髪の毛を掻き毟った。
「呪縛が解けたか?」
茶川は治から距離をとって呟いた。
(何が起ころうとしているの?)
ヤンキーパープルこと村崎香織は、治が精神を破綻させてしまうのではないかと心配していた。
(治さん……)
未だに治の事を諦め切れない香織である。
(生まれて初めて、心の底から好きになった男。告白もしないで終わるなんて、嫌!)
恩人でもある茉莉が、治と相思相愛なのを理解してはいるが、割り切れてはいないのだ。
(笹翠先生と争って勝てるとは思っていないけど、不戦敗にはなりたくない)
香織は頭を掻き毟る治を不安そうな目で見つめる茉莉をチラッと見た。
「うおおおお!」
治は左の目からも血の涙を流し、叫び続けた。
「何してるんだよ、兄ちゃん! 好きな女のためにそんな縛り、早く解いちまえよ!」
ヤンキーパンサーが怒鳴った。
「マイハニー、素敵」
それを愛しそうに見上げる美奈子である。
(ああ、僕は一体何を言っているんだろう?)
中の人の黒田パンサーは混乱していた。
「うわああああ!」
治は両膝を地面に着き、更に激しく髪の毛を掻き毟った。血の涙はその幅を広げ、治の苦悩の深さを表すかのように量も増した。
「治君!」
茉莉が駆け出し、苦しんでいる治を背中から抱きしめた。
「……」
香織はそれを見て、えも言われぬ嫉妬を感じてしまった。だが、同じ事をするつもりにはなれなかった。
もし、そんな事をしたら、香織を恋人だと妄想している真一がお遍路に旅立ってしまうだろう。
「治君……」
茉莉に抱きしめられ、治は急激に落ち着きを取り戻した。
「茉莉、さん……」
治の右手が茉莉の右手を優しく撫でた。
「治君……」
茉莉は変身を解き、治と見つめ合った。
(もしかして、キスしちゃうの?)
奇しくも、真一と香織は全く同じ事を考えていた。
「お帰りなさい、治君」
しかし、茉莉は治の頬に残っている血の涙の痕を右手の人差し指でソッと拭っただけだった。
「呼び戻してくれて、ありがとう、茉莉さん」
治は光が戻った瞳で茉莉を見つめ、微笑んだ。
(今度こそ、キスするの?)
またしても思考がシンクロする真一と香織は、本当はお似合いなのかも知れない。
「治君」
「茉莉さん」
見つめ合う二人であったが、真一と香織の妄想虚しく、熱く抱擁しただけだった。
「茶川博士」
治は茉莉をそっと押し戻し、茶川を見た。そして、
「申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げた。茉莉はキョトンとして、
「どういう事?」
治と茶川を交互に見た。すると治は茉莉を見て、
「十年前、僕は一度死にかけたんだよ」
「ええ!?」
その言葉には、茉莉だけではなく、真一香織も仰天した。
「やっぱり……」
しかし、美奈子は驚かなかった。
「何かあったのか、美奈子?」
表のヤンキーパンサーはごく冷静に美奈子に尋ねたが、
(何がどうして何とやらー!?)
中の人のパンサーは大混乱中だった。
「それ、私のせいですわよね、治さん?」
美奈子が言った。茉莉はハッとして美奈子を見た。治は苦笑いして、
「いえ、違います。美奈子様が大怪我をされたのは、私のせいですが……」
「えええ!?」
更に驚愕する茉莉と真一と香織と、中の人のパンサーである。
「美奈子君は、十年前、邸の前でトラックに轢かれて、瀕死の重傷を負ったんじゃよ。イーヒッヒ」
変身を解いた茶川が口を挟んだ。
(そこで笑いをぶっ込むか、このバカジジイ?)
半目で見る茉莉である。
「美奈子様のお世話係だった僕が、ほんの少し目を離した隙に、美奈子様が外に出てしまわれて……」
治はつらそうに語り出した。
「美奈子君を助けようとして飛び出した治君も、同様にトラックに轢かれてしまったんじゃ。イーヒッヒ」
茶川が続けた。笑いをぶっ込みながら。
「もしかして……?」
全てに合点がいった美奈子が目を見開いて茶川を見た。茶川は大きく頷き、
「美奈子君の想像通りじゃよ。イーヒッヒ。君と治君は、私が助けた。私を助けたのと同じ試験薬を使ってな」
「えええ!?」
もう一回、度肝を抜かれる茉莉と真一と香織である。
「なるほど。治と美奈子が人間離れした強さなのは、そういう事でしたか、茶川博士?」
どこからか、声が聞こえた。
「その声は……!」
穏やかだった美奈子の顔が険しくなり、治の顔色が悪くなった。
「ようやく黒幕のお出ましかの。イーヒッヒ」
茶川は余裕の笑みを浮かべ、声がした方に顔を向けた。
(古びた酒樽?)
結構失礼な事を想像してしまう香織であったが、あながち外れてもいない描写力である。
「黒幕とは他人聞きの悪い……。相変わらず、失礼な物言いですわね」
そこにいたのは、ヒキガエルの生まれ変わりとしか思えない風貌の女性だった。
「どちら様?」
訝しそうな顔で茉莉が尋ねた。すると美奈子が忌々しそうな顔で、
「我が母にして、明野明星家の当主である、明野明星貴久子ですわ!」
「えええええ!?」
茉莉と真一と香織は、人生で一番驚いていた。
(どうしてこのヒキガエルから、美奈子さんが産まれるの!?)
茉莉と香織はかなり失礼な事を考えた。
(まさか、生徒会長は整形なのか?)
真一はそれを上回る失礼な事を考えていた。
「あんたのおぞましいまでの怨念が滲み出たような気色が悪くなる演出じゃな、ご当主様?」
茶川は笑いをぶっ込まずに真顔で言い放った。
「あら、貴方のような精神破綻科学者にそんな事を言われたくありませんわね」
貴久子はその巨体をプルンプルンと震わせて高笑いをした。




