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ヤンキー戦隊 グラスマン  作者: りったんばっこん(原案:小波奈子様)
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戦その肆拾漆 茶川博士の奥の手

 ヤンキーグリーンこと笹翠ささみどり茉莉まりの魂の叫びが通じたのか、鬼神の如き強さを見せていた宵野明星よいのみょうじょうおさむがその俊敏な動きを止めた。


(ちょぴり悔しいですが、やはり治さんは笹翠先生の事を……)


 明野明星あけのみょうじょう美奈子みなこかすかに嫉妬した時だった。


「黙れ、クズ共が!」


 振り返った治は、茉莉の脇腹に全く容赦のないミドルキックを叩き込んでいた。


「ぐう!」


 茉莉の身体が地面を転げるのを美奈子は唖然として見ていた。


「このヤロウ!」


 黒田パンサーは珍しく表のヤンキーパンサーの感情と同調した。


(許さない! 笹翠先生の思いを平気で踏みにじるなんて!)


 治の背後を取り、掴みかかった。だが、


ぬるいぞ」


 治はパンサーに目も向けないままで突進をかわし、その後頭部に裏拳を見舞った。


「ぬぐわ!」


 パンサーは前転をするように転げ、大の字に倒れてしまった。


「お姉様、これが貴女の治さんへの復讐ですの!?」


 怒りに震えた美奈子が、その様子を紛れもなく見ているはずの姉の美祢子みねこに対して怒鳴った。




「その程度で復讐とか、笑わせないでいただきたいわ、美奈子。治さんにはこれから先、ずっと苦しんでもらうのですからね」


 自分の部屋でモニターに映っているヤンキー戦隊と治の戦いを見ている美祢子は勝ち誇った顔で呟いた。


「そっちにばかり気を取られていると、別働隊がここに着いてしまうぞ。イーヒッヒ」


 椅子に縛られた状態の茶川さがわ博士ひろしが真顔で告げた。しかし、美祢子は、


「私に抜かりはありませんのよ、茶川さん」


 フッと笑って、茶川を見下ろした。


(黒田君、君自身は怒りに燃えてはいかんのだ。イーヒッヒ。あくまで君はビビりのままでなければ、ヤンキー戦隊の真の力は発揮できん。イーヒッヒ)


 心の中でも、笑い声をぶっ込むのを忘れない茶川であった。


 


「はっ!」


 怒りに震えていた美奈子は、治が攻撃目標を自分に定めたのに気づき、飛び退いて間合いを取った。


(治さんの心をどこまでも支配して、自分の思い通りに動かすなんて、貴女を決して許しませんわ、お姉様!)


「え?」


 美奈子は気がついた。治の目に血の涙が浮かんでいる事を。


(治さんも苦しんでいる……)


 残酷な事に、治は自分が何をしているのかわかっているのだ。茉莉を叩きのめしてしまった事も。


「笹翠先生、治さんには貴女の思いが届いていますわ! もっと届けてあげてください!」


 美奈子は治と戦いながら、倒れたままでいる茉莉に叫んだ。


「え?」


 茉莉は回復してきた身体を少しだけ動かし、美奈子と治の激しい攻防に目を向けた。


「畜生……」


 パンサーもようやく身体を起こし、立ち上がろうとしていた。


「きゃっ!」


 互角に戦っていた美奈子がとうとう治に押され始め、防御したはずの右回し蹴りによって跳ね飛ばされてしまった。


「美奈子!」


 表のパンサーが叫ぶ。


(生徒会長がやられてしまう! もうダメだ、もうダメなんだ! 逃げるしかない!)


 パンサーはまたしてもパニックを起こしかけていた。だが、それが幸いした。


「うわああああ!」


 パンサーの身体が輝き出した。


「む?」


 美奈子にとどめを刺そうとしていた治は、その闘争本能により、パンサーの異変に危機を感じ取り、彼を見た。


「よう、色男! それ以上、俺のスケに手を出すんじゃねえよ!」


 輝きを増したパンサーが目にも留まらぬ速さで治に飛びかかった。


「ぬお!」


 治はそれをかわし切れず、そのまま地面に押し倒された。


「黒田君……」


 美奈子はパンサーの「俺の女に手を出すんじゃねえよ!」に感動して目を潤ませていた。


「すばしっこいのを抑えちまえば、こっちのもんだぜ!」


 治に馬乗りになったパンサーはその顔面を容赦なく拳で殴りつけた。


(黒田君、それ以上はやめてー!)


 口に出しては言えない茉莉である。


 


 一方、先発したヤンキーレッドこと赤井真一と、ヤンキーパープルこと村崎香織は、邸の正面玄関の前に辿り着いていた。


(この家、全てが桁外れ過ぎる……。門から建物まで、どれだけ離れてるのよ……)


 香織は走ってきた方向を見てため息を吐いた。そこからだと、茉莉達の姿は米粒のようなのだ。


「香織さん、ここを突破すれば、もう少しだよ」


 真一にとっては、妄想の中では結婚の約束までした香織とのひと時はあっと言う間であったので、それほど遠かったとは思ってはいない。


「ええ、そうだといいんだけど」


 香織が顔を引きつらせて応じた時、


「ここから先は我ら御庭番衆が行かせはしない!」


 どこからか声が聞こえた。真一と香織は背中合わせになり、周囲を警戒した。


(ああ、香織さんの体温が感じられる……)


 そんな最中さなかでも、変態的思考を忘れない真一である。


 


 パンサーは茉莉の心配をよそに、治の顔を滅多打ちにしていた。


「おらおら、色男! 顔がどんどん不細工になっていくぞ!」


 パンサーは狂気の色を目に宿し、殴り続けた。


「やめてー、黒田君!」


 とうとう我慢し切れなくなった茉莉が絶叫した。


(黒田君、もう大丈夫みたい……)


 さすがの美奈子も、パンサーの連打に引いてしまっていた。


「もうギブアップしちまえよ、色男!」


 パンサーの最後の一撃は、治の股間に叩き込まれた。


「そこはもっとダメ、黒田君!」


 思わず叫んでしまった茉莉である。パンサーはニヤリとして立ち上がり、ピクリとも動かない治を満足そうに見下ろした。


(やり過ぎだよお、絶対にィ!)


 中の人のパンサーは悲鳴をあげていた。美奈子はパンサーの最後の一撃に赤面して固まってしまっている。


 自分では平気で繰り出す攻撃なのだが、他人がしているのを見て自分のはしたなさを思い知ってしまったのだ。


 


「いかんな。イーヒッヒ」


 モニターでパンサーの勝利を見ていた茶川が呟いた。それを聞きつけた美祢子は、


「ええ、その通りですわ。治さんは、あの程度では倒せませんのよ……」


 得意満面で茶川を見たのだが、そこにはほどかれた縄と椅子があるだけで、茶川の姿はなかった。


「な、な、なー!」


 一瞬の隙を突いて姿をくらました茶川に美祢子は雄叫びをあげた。そして、すぐさま携帯を取り出し、


「ジジイが逃亡しましたわ! すぐに見つけてひっ捕えなさい!」


 鬼の形相で命じた。


 


 パンサーは美奈子と茉莉を助け起こして後部座席に乗せ、運転席で気絶している運転手を叩き起こすと、リムジンを発車させた。


 リムジンが通り過ぎるまで、治は全く動かなかった。


(治君、大丈夫かしら?)


 茉莉が心配になって振り向いた時、愛しい治の顔がリアウインドの間近にあった。


「えええ!?」


 茉莉の叫び声に美奈子とパンサーが反応した時、すでにリムジンは治に持ち上げられていた。


「そんなバカな!?」


 茉莉は驚愕していたが、


「させねえぞ!」


 助手席に乗っていたパンサーはまた気絶してしまった運転手を抱きかかえて縦にされてしまったリムジンから飛び出した。


「笹翠先生!」


 美奈子の声に我に返った茉莉は、彼女とほぼ同時に反対のドアを開いてジャンプした。


 次の瞬間、リムジンは腹を出して地面に叩きつけられ、グシャッと押し潰された。


「バケモンかよ……」


 いつも軽口を叩く表のパンサーですら、そんな言葉を口にする程、治の力は並外れていた。


「大丈夫ですか?」


 そこへ真一と香織が駆けつけた。


「もう戻ったの、二人共?」


 想像以上の早い帰還に茉莉がびっくりしていると、


「私が脱出したのじゃ。イーヒッヒ」


 フワッと茶川が姿を現したので、美奈子と二人で顎も外れんばかりに驚いた。


「ジイさん、あの色男、想像以上に強いぜ。どうする?」


 パンサーが尋ねた。すると茶川は、


「心配いらんぞ。イーヒッヒ。奥の手があるのじゃ。イーヒッヒ」


「奥の手?」


 茉莉、美奈子、真一、香織がほぼ同時に異口同音に言った。茶川はそれに頷き、


「変身装着!」


 予想もしない台詞を吐き、茶色い特攻服と茶色いサングラスを身に着けた。


「真打登場じゃ。我が名はヤンキーブラウン。イーヒッヒ。ヤンキー戦隊の隊長じゃ。イーヒッヒ」


 驚天動地の展開に、一同は唖然とした。

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