戦その肆拾伍 非情な戦い
明野明星家御庭番衆最強の宵野明星治が参戦したのを知らないヤンキーグリーンこと笹翠茉莉は、新たに仲間になった生徒会長の明野明星美奈子の呼んだリムジンに乗り、明野明星家に向かっていた。
(治さん、今度こそ……)
意識が朦朧としている間に相思相愛になったとは思ってもいない茉莉は、治が味方になってくれればと淡い期待を抱いている。
美奈子の助言で、ヤンキー戦隊は変身している。御庭番衆の奇襲に備えての事だ。
(ああ、香織さんとドライブデート……)
どこまでも能天気なヤンキーレッドこと赤井真一は隣に座っているヤンキーパープルこと村崎香織とのイチャイチャを妄想中である。
(またあの人と会えるかしら?)
香織は香織で、治との再会を楽しみにしていた。彼女もまた、治は味方だと思っているのだ。
「いつでもかかって来いや、クズ共が!」
ヤンキーパンサーこと黒田パンサーは、隣に座っている美奈子の肩を抱き、窓から周囲を見渡していた。
(な、何て大胆な!)
中の人であるパンサーは、「自分」のあまりにも身の程知らずな態度に驚愕していた。
「素敵」
美奈子はそんなパンサーをうっとりした眼差して見つめ、その胸に身を任せていた。
(僕は一体どうなってしまうのだろうか?)
気絶しそうなくらいパニックになっている中の人のパンサーである。
(僕も黒田君のようにできたら)
パンサーの真意を知らない真一は、美奈子と「ラブラブ」に見える彼を羨ましがっていた。
その頃、美奈子に学校に残るように言われた生徒会の役員達は、破壊し尽くされてしまった保健室を立ち入り禁止にし、放送室を使って全校生徒に教室で待機するように伝える事にした。
「取り敢えず、会長がお戻りになるまで、我々だけで学校全体を統括しなければならない」
副会長の二東颯は他の役員を見渡しながら言った。
「そうね」
颯に密かに恋心を抱いている第一会計の三椏麻穂は、大きく頷いて同意した。
「私達も会長に同行すべきだったのではないでしょうか?」
第一会計の五島誓子が言った。しかし、颯は、
「学校で待機は会長のご命令なのだ。そういう訳にはいかないだろう」
「それはそうなんですけど」
誓子は、真一の事が心配なのだが、それは決して口にはできないので、仕方なく引き下がった。
「行くのは危険過ぎると思うぜ。何しろ、明野明星家の御庭番衆が相手らしいからな」
第二会計の士藤四郎が身震いしながら言う。
「噂では、会長と同じくらい強いとか」
第二書記の六等星太が言うと、
「それでも、会長をお守りするのが私達の第一任務ではないのですか!?」
思い余った誓子が大声で言った。他の四人は、普段はそれ程声を張る事がない誓子の大きな声に驚き、一斉に彼女を見た。
「どうしたの、五島さん? 何か心配事でも?」
麻穂は特に他意なく尋ねたのだが、誓子はギクッとして、
「いえ、別にそういう訳ではなくてですね、一にも二にも会長の安全が優先されるべきではないかと思ったまでで……」
意味不明な弁解をしてしまった。
「はあ? だから、それが心配事なんじゃないの、五島さん?」
麻穂は訝しそうな目で誓子を見た。
「あ、そ、そうでした、そうでした」
誓子は自分が動揺し過ぎておかしな言動をしてしまったのにようやく気づき、顔を引きつらせて応じた。
「確かに会長の事は心配だが、僕らが行ってどうにかなるような状況ではない事は、五島さんにもわかるだろう?」
颯は面倒臭い事を言ってくれるなという顔で誓子を見る。
「もちろん、私如きが行っても、弾除けにもならないかも知れないのは承知していますが……」
誓子は颯の正論に同意しつつも、何か含むところがある応じ方をした。
「副会長である二東君は、会長が不在の場合はその代理を務める立場なのよ、五島さん? 第一書記の貴女が意見できるとでも思っているの?」
颯に気がある麻穂は、彼に異論を唱える誓子に敵意剥き出しで言い返した。
「決してそんなつもりではありません、三椏さん」
誓子は体力では負けるつもりはないが、口では決して勝てないと思っている麻穂と議論するつもりはなかった。
「それならいいけど」
麻穂は誓子を一瞥してから、颯を見て微笑んだ。しかし、颯は麻穂の同意を求めた微笑みを完全に無視して、
「とにかく、放送室へ行こう」
さっさと背を向けて校舎に向かって歩き出していた。麻穂は颯のつれない態度に少しだけがっかりしたが、
(まだこれからもチャンスはある)
小さくガッツポーズをして彼を追いかけた。誓子と星太は麻穂のガッツポーズに気づいて思わず顔を見合わせたが、何も言わずに彼女に続いた。
(こんな事していていいのかな?)
四郎は、明野明星家の御庭番衆の事が気になり、そればかり考えていた。
ヤンキー戦隊と美奈子を乗せたリムジンは道中何事もなく、明野明星家の正門前に到着した。
「取り越し苦労でよかったですわ」
パンサーに顔を近づけて美奈子が嬉しそうに囁いた。
「そうかな」
表向きのパンサーは警戒心を解かずに応じた。
(美奈子さん、顔が近過ぎます!)
中の人のパンサーは心の中で悲鳴をあげていた。
運転手が門の前に立っている警備員に合図すると、鉄製の豪華な飾りが着けられた門扉が自動的に開き、リムジンはゆっくりと動き始めた。
「どうしましたか?」
ほんの数メートル進んだところで、突然リムジンが停止したので、美奈子が運転手に尋ねた。
「道を塞いでいる者がおります」
年配の運転手が美奈子の冷たい声に震えながら応じた。
「え?」
助手席に乗っている茉莉がハッとして目を凝らした。そこにいたのは、見間違えようもないかつての思い人である治だった。
(治さん?)
茉莉は治の姿を確認して安心しかけたが、その佇まいの異様さに気づき、息を呑んだ。
「何?」
美奈子も治が立ち塞がっているのを見て眉をひそめ、パンサーから離れると、ドアを開いて外に出た。
真一と香織も目配せし合って外に出た。
パンサーと茉莉もそれに続く。
「お迎えに来てくださったのかしら、治さん?」
美奈子が作り笑顔で訊いた。治は直立不動のままで眉一つ動かさずに、
「はい」
茉莉は治が迎えに来たようには見えなかったので、近づこうとする美奈子を制した。
「いつからそんなつまらねえ冗談言うようになったんだ、兄ちゃん?」
茉莉が踏み出す前にパンサーが飛び出していた。彼は両手の中指を突き立て、治を挑発していた。
「危ないですわ!」
美奈子が叫んだが、遅かった。パンサーは風のように速い治の動きについていけず、リムジンの遥か後方まで跳ね飛ばされ、地面を転がった。
「くっ!」
真一と香織は慌てて身構えたが、何もする事ができないまま、同じく跳ね飛ばされ、地面を転がった。
「これは何の真似です、治さん!? 彼らは私のお客様ですわよ!」
美奈子は憤然として治に怒鳴った。しかし、治はそれには全く反応する事なく、次に呆然としている茉莉に接近すると、両の掌底で彼女を突き飛ばし、リムジンのボンネットに叩きつけた。
「ぐう……」
一瞬呼吸が止まった茉莉は苦しそうに呻き、ボンネットから転げ落ちた。
「貴方は一体……?」
美奈子は、治と茉莉が県立鮒津高校の同級生で、お互いに好き合っていた事を知っていたので、茉莉までも有無を言わさずに叩きのめした治に疑惑の目を向けた。
「まさか、治さん、姉に何かされたの?」
美奈子は全く微動だにしない治を見て呟いた。
(お姉様、貴女という方は!)
美奈子は怒りのあまり、遥か向こうに見える邸を睨みつけた。




