戦その肆拾弐 意外な決着
ヤンキーパンサーこと黒田パンサーと明野明星美奈子の戦いが再び始まった。
「でも、私より強い者はこの世に存在しないし、する事は許されないのよ!」
美奈子は不敵な笑みを浮かべたままで、パンサーに突進した。
(ひいい! 怖いよ、生徒会長!)
かつては、美奈子に心惹かれ、憧れた事もあったパンサーにとって、今の美奈子は恐怖の対象でしかなかった。
(どうしてこんな事になっちゃったんだろう? 僕は戦いたくなかったのに!)
中の人であるパンサーは心の中で血の涙を流していた。
しかし、ヤンキーパンサーは中の人のビビりを糧に強くなる存在なので、更にパワーアップしていた。
「それはどうかな、姉ちゃん!」
ヤンキーパンサーは下衆な笑みを浮かべて、突進してくる美奈子を待ち構えた。
「これで終わりにしてあげるわ、不良!」
美奈子は身構えたパンサーを上体を倒してすり抜けると、背後に回り込んで抱きかかえ、ジャーマンスープレックスを見舞った。
パンサーは脳天からアスファルトの地面に叩きつけられ、グキッという嫌な音をさせた。
「ヤンキーパンサー!」
かなり回復してきたヤンキーグリーンこと笹翠茉莉が絶叫した。
パンサーがピクリとも動かない事を確認した美奈子は、彼の身体を押しのけて立ち上がり、ボロ雑巾のように倒れているパンサーを見下ろした。
(今度こそ立てない。私の勝ちよ)
美奈子はそう思おうとしていた。だが、彼女の本能とも言うべき何かが、まだ戦いは終わっていないと囁き続けている気がしている。
(さっきも、普通の人間であれば、死なないとしても決して立ち上がる事なんでできはしないのに、この男は立ち上がった。何故? 茶川博士が作ったものは、それ程のスペックがあるというの?)
美奈子は目を細めてパンサーを見つめた。
「姉ちゃん、どうせ抱きつくなら、前からにしろよ。ホントにツンデレなんだな」
パンサーは倒れたままでそう言い放つと、フワッと立ち上がった。
「くっ!」
美奈子は歯噛みして飛び退くと、パンサーを睨みつけた。
「それに、そんな怖い顔するなよ。美人が台無しだぜ?」
パンサーは頭部から目に流れ落ちた血を黒の特攻服の右の袖口で拭い去ると、フッと笑った。
「女の価値を顔で決める男は許しません!」
美奈子は顔を赤らめて激怒し、パンサーに掴みかかった。
「じゃあ、おっぱいか? 姉ちゃん、華奢に見えるけど、結構でかいよな? 後ろから抱きつかれた時、ムニュってしたぜ」
パンサーが下卑た笑みで言うと、美奈子は更にヒートアップし、
「不潔な事を言わないで! 私を姉と一緒にしないでください!」
無防備なままのパンサーを右腕でヘッドロックすると、そのまま後方へと叩きつけた。
「それと、姉ちゃん、いい匂いするよな? 香水じゃねえんだよな。シャンプーか?」
パンサーは倒れた体勢でジロッと美奈子を見ると、ニヤニヤして尋ねた。
「貴方には関係ないでしょ!」
美奈子は起き上がりざまに右のエルボードロップを叩き込んだ。
「グヘッ!」
それを鳩尾に食らったパンサーは呻き声を発した。
「貴方はそれなりに強いから、もう少しマシな男だと思ったのですが、結局どこにでもいる下品で低脳な輩だったのですね。がっかりですわ」
美奈子は制服に着いたパンサーの体臭を落としたいのか、汚れていないところも叩いて払って、立ち上がった。
「そうだよなあ。男はみんなスケベでバカで、おっぱい大好きなんだよなあ。それは否定できねえなあ」
ヨッコラショと言いながら、パンサーは立ち上がり、自嘲気味に言った。
(そんなことありません、生徒会長! 僕はそんな目で女子を見た事はないです!)
中の人のパンサーが必死になればなるほど、ヤンキーパンサーは悪乗りしていく。
「スケベでバカついでに、姉ちゃんのおっぱい、揉ませてくれよ!」
ヤンキーパンサーは嫌らしい笑みを浮かべ、両手を前に突き出して美奈子にゆっくりと近づき始めた。
「いやああ!」
何故か美奈子は先程までの険しい表情を引っ込め、ごく普通の女子のように雄叫びをあげた。
「おっぱいいい!」
ヤンキーパンサーが掴みかかろうとした瞬間、
「うるせえ!」
突然美奈子が怒鳴った。
「うん?」
ヤンキーパンサーも美奈子の「異変」に気づき、後退った。
「うるせんだよ、下品でバカなカスがあ!」
美奈子は一瞬のうちにパンサーの目に前に移動し、飛び膝蹴りを顎に炸裂させていた。
「ぐべえ!」
パンサーは血と涎が入り混じったモノを吐き散らしながら、もんどり打って仰向けに倒れた。
その頃、明野明星邸の地下牢で、美奈子の姉である美祢子の蹴りを股間に食らって悶絶していた茶川博士は、
(黒田君、美奈子君のやる気スイッチを押してしまったようじゃな。イーヒッヒ。まずいぞ。イーヒッヒ)
ヤンキーパンサーのピンチを察知していた。
仰向けに倒れたパンサーは先程までのダメージとは一線を画した威力に動けなくなっていた。
(何だろう? 今の生徒会長の一撃、一番凄かった……。動けそうにない……)
パンサーのダメージが相当大きい事に気づいた茉莉であったが、
(どうする事もできない……)
自分の身体が言う事を聞かないのを悔しがっていた。
「この下衆が、今更謝っても絶対に許さねえぞ!」
美奈子は指をボキボキ鳴らしながら、パンサーに近づいた。
(ひいい!)
パンサーの恐怖が更にその濃さを増した。しかし、ヤンキーパンサーは起き上がらない。
「俺の負けだ、姉ちゃん。一思いにヤっちまってくれ!」
ヤンキーパンサーは大の字に寝転んで言い放った。
「よく言った! 望み通り、息の根、止めてやるよ!」
美奈子は狡猾な笑みを浮かべ、周囲を見渡すと、花壇に並べられたレンガを一個手に取った。
「こいつをお前の減らず口に突き入れてやるから、地獄に堕ちろ!」
美奈子は土塗れのレンガを振り上げて、ゆっくりとパンサーに近づく。
(黒田君、逃げて!)
茉莉は美奈子の様子が変わったの気づき、心の中で叫んだ。だが、パンサーは微動だにしない。
「黒田……君……」
ようやく意識を取り戻したヤンキーパープルこと村崎香織が状況もわからないま、虚ろな目でパンサーを見て呟いた。
「うりゃあ!」
美奈子は血走った目で叫び、レンガを振り下ろした。
「待ってました!」
するとその瞬間、パンサーは飛び起き、呆気に取られた美奈子の右手からレンガを奪い、
「そんなモノを突っ込むために口はあるんじゃねえよ、姉ちゃん」
スッと美奈子を抱き寄せると、その麗しい唇にキスをした。美奈子は目を見開き、全身を痙攣させた。
茉莉も驚愕し、香織も唖然としてしまった。
「こうするためにあるんだよ、姉ちゃん」
パンサーはフッと笑って美奈子に囁いたが、美奈子は目を見開いたままで気を失っていた。
(せ、せ、生徒会長と、き、き、キスをしてしまったああああ!)
中の人のパンサーもパニックになっていた。




