戦その肆拾壱 最後に立っている者
明野明星美奈子は、少しだけ乱れた制服の襟を直し、それを呆然として見ているヤンキーパンサーこと黒田パンサーを睨んだ。
「私の見立てでは、貴方が不良達の中では一番強いはず。叩きのめしてあげますから、かかってらっしゃい」
美奈子はフッと笑って言い放った。中の人はこの上なく怯えているパンサーだが、
「おう、言われるまでもねえよ、姉ちゃん! そっちこそ、叩きのめしてやるぜ!」
相変わらずの強気発言を返し、美奈子に向かって走り出した。
(速くなっている!?)
美奈子は突進してくるパンサーのスピードにほんの一瞬目を見張ったが、
「その程度で勝てると思うな、愚か者が!」
目を吊り上げて怒鳴り、身構えた。言葉と裏腹に、美奈子はパンサーの進化を感じているのか、思わず防御の体勢をとっていた。
「うおりゃあ!」
パンサーは美奈子の直前でジャンプし、前転してからの右踵落としを繰り出した。
「見え透いている!」
美奈子はパンサーの右脚を左に避けて躱し、その陰に隠れていたかのように上半身を捻って放った左の裏拳を屈んで避けると、着地したパンサーの左脚の脛の部分にローキックを叩き込んだ。
「ぐ!」
防御も回避もできない状態での攻撃にパンサーは呻き声をあげ、庇い手も出す間もなく前のめりに倒れ、顔面を強打してしまった。
「もうおしまいなの、黒田君? つまらないわね」
美奈子はスカートの裾に僅かに付着した土を手で払い、蔑んだ顔でパンサーを見下ろした。
「はっ!」
だが、その次の瞬間、突っ伏していたはずのパンサーがそのままの状態から飛び上がり、まるでバネでも仕込んでいるかのような跳躍を見せて、下方からの両脚蹴りを見舞ってきた。
「ぬう!」
剃刀のような鋭さを見せて美奈子の顔をパンサーの両足の爪先が掠めた。
「くっ!」
躱したつもりだったが、美奈子の美しい顔の左頬に一筋の赤い線が走った。
「よくも私の顔を!」
左の人差し指で頬を拭った美奈子は、血が着いたのを見て顔を険しくした。
「おっと、ごめんよ。顔を傷つけるのは俺も本意じゃねえ。素直に詫びるぜ、姉ちゃん」
美奈子の真後ろに着地したパンサーはニヤリとして告げた。その顔は鼻と口からの血で下半分が赤黒くなっていたが、出血はすでに止まっていた。
「それでも許さないわ、黒田君!」
美奈子は飛び退いて身体をパンサーに向けながら叫んだ。
「おうおう、怒った顔も可愛いねえ、生徒会長さんよ」
パンサーはニヤニヤしながら右手の中指を突き立て、美奈子を挑発した。
「ますます許しません!」
今度は美奈子がパンサーに突進した。
(ひいい! 殺されるう!)
中の人のパンサーは目を瞑ったつもりだったが、
「さあ、来い!」
ヤンキーパンサーの方はあくまで強気に対応した。
「はあ!」
美奈子もパンサーと同じく直前でジャンプした。
「二番煎じかよ!」
パンサーが嘲笑して見上げると、美奈子はパンサーの頭上を越えて着地し、背後からパンサーの顎を掴むと、そのまま持ち上げ、勢いをつけて地面に頭から叩きつけた。
「はあああ!」
通常の人間であれば、間違いなく即死の荒技であった。だが、美奈子はすぐさま次の攻撃に入った。
崩れ落ちるパンサーの両足を掴むと、ジャイアントスイングを始めた。
パンサーは意識がないのか、すでに絶命しているのか不明だったが、美奈子は委細かまわずに回し続けた。
「止めよ!」
何回回したかわからなくなった時、美奈子は両手を放し、パンサーを放った。
遠心力でパンサーの身体は宙を舞い、近くにあった桜の木に激突し、地面に落ちた。
(茶川博士が研究していたのが、死の克服なのであれば、黒田パンサーは死なないはず)
美奈子は額から幾筋かの汗を流しながらも、パンサーの着ているヤンキー戦隊のスーツの威力を測ろうとしていた。
「いってえなあ、姉ちゃん。今のはさすがに効いたぜ」
減らず口を叩きながら、パンサーが飛び起きた。美奈子はホッとした自分を即座に押し隠し、
「まだ立てるの? さすがに茶川博士が作り出したスーツね。矢野先生のモノより、上等なのかしら?」
不敵な笑みでパンサーを見た。
「さあな。そんな事は俺にはわからねえよ。ジイさんに直接訊いてくれねえか、姉ちゃん」
パンサーは口と鼻にこびり付いた血を特攻服の袖口で拭いながら言い返した。
(黒田君、よかった、無事で)
少しだけ回復して顔を動かしたヤンキーグリーンこと笹翠茉莉は思った。
(それにしても、明野明星美奈子の強さは何? 矢野より強いのかしら? しかも、彼女はスーツを着ている様子がないし)
茉莉にはどうしても美奈子の強さが理解できなかった。
その頃、明野明星邸では、美奈子の姉である美祢子が茶川が監禁されている地下牢にいた。
「そろそろ、観念してくださらない事、茶川博士? 我が妹の強さの前には、貴方の開発したスーツを着た生徒達も敗北しかなくてよ」
妹に瓜二つの顔をした美祢子は、勝ち誇った顔で茶川に歩み寄った。
「あんたには一生かかってもヤンキー戦隊の強さの秘密も、私が何故生き返ったのかもわからんよ。イーヒッヒ」
茶川は真顔のままで笑いをぶち込むという非常に相手をバカにした仕草をやってのけた。
「私は美奈子とは違いますのよ、茶川博士」
美祢子は無表情になり、茶川の左頬にビンタをくれた。
「私を拷問しても、何も得るモノはないぞ、美祢子君。イーヒッヒ」
唇の左端から血を流したままで、茶川は告げた。すると美祢子は今度は茶川の右頬をビンタし、
「得るモノはありますわ、茶川博士。貴方の二度目の死です」
血走った目で茶川を睨みつけた。
「私を殺しても、何も得るモノはないぞ。イーヒッヒ。これは命乞いでも強がりでもないぞ。イーヒッヒ」
茶川はニヤリとして美祢子を見上げる。美祢子はギリッと歯ぎしりをして、
「では何だと言うの!?」
次は右のローファーの踵を茶川の股間に叩き込んだ。
「ぬぐう……」
茶川の顔は土色になり、額からたくさんの脂汗を流した。
「命は取らずに、男としての人生を終わりにして差し上げましょうか?」
美奈子はそんな茶川の苦悶の表情を無視して、目を見開いて茶川に顔を近づける。
「そ、それは困るぞ、美祢子君。イーヒッヒ。私はまだ子供を残しておらんのだからな。イーヒッヒ」
汗まみれの顔でそんな事を言う茶川を、
(キモ!)
美祢子は汚物を見るような目で見下した。




