戦その肆拾 最強の称号
何が切っ掛けで倒れたのか判明しないまま、ヤンキー戦隊は気絶したままの矢野新を縛り上げた。
もう二度と立ち上がる事ができないように保健室にあった包帯全部を使ってグルグル巻きにしたのだ。
それでも安心できないヤンキーグリーンこと笹翠茉莉は、ベッドにかけられていた布団で包み、その上からガムテープを巻きつけた。
(やり過ぎのような気がしないのは確かね)
ヤンキーパープルこと村崎香織は苦笑いして思った。
「やっぱり、俺が最強だよな!」
大口を開けて高笑いするヤンキーパンサーであるが、中の人の黒田パンサーは、
(矢野先生、死んじゃったりしたらどうしよう?)
彼は自分の攻撃が効き、矢野が倒れたと思っているのだ。それは半分正解ではあったが。
「それにしても、矢野が急に倒れたのはなんだったんだろう?」
変身を解きながら、茉莉が呟いた。
「確かにそうですね。黒田君は矢野先生の攻撃をかわしていただけだったのに」
同じく変身を解いた香織が頷く。パンサーはそれを聞いて中の人はホッとしたのだが、
「おいおい、聞き捨てならねえな、グリーンにパープル? 俺が倒したんじゃねえって言いたいのか?」
ヤンキーパンサーである彼は暴走を続けたので、中の人は慌てて変身を解いた。
「よかった、僕が止めを刺したんじゃなくて」
本当に嬉しそうに言うパンサーを見て、茉莉と香織は顔を見合わせて噴き出した。
「黒田君て、変身前と後で、ギャップが大きいよね。だからかな」
茉莉が言うと、パンサーは早速ビビってしまった。
「な、何でしょうか?」
おどおどしながら茉莉を見る。茉莉はその様子にまた噴き出し、
「茶川のジイさんが言ってたでしょ? トラウマエネルギーを解放すれば、無敵になれるって」
「黒田君が一番解放しているという事ですか?」
香織がハッとして茉莉を見た。茉莉は頷いて、
「ジイさんの言葉がどこまで本当なのかよくわからないけど、黒田君が矢野の攻撃をかわしたのを見る限り、一番エネルギーを解放できているって事だと思うよ」
その瞬間、まだ意識を回復していないヤンキーレッドこと赤井真一がむくりと起き上がり、
「歯医者! はいしゃ! ハイシャー!」
雄叫びをあげたので、茉莉はビクッとして、
「敵が近づいているという事?」
香織とパンサーに目配せした。
(赤井君が反応しているという事は、明野明星美奈子が来るの?)
茉莉と香織はもう一度変身した。ところが、パンサーは躊躇っていた。
「黒田君、どうしたの?」
翠の髪をバサッと動かして、ヤンキーグリーンに変身した茉莉が尋ねた。するとパンサーは、
「僕、嫌なんです! こんな戦い、参加したくなかったんです!」
言うや否や、保健室の破壊された窓から飛び出して行ってしまった。
「黒田君!」
茉莉と香織が追いかけようとすると、
「歯医者、はいしゃ、ハイシャー!」
更に真一が叫んだ。
「く!」
茉莉と香織はパンサーを追いかけるのを諦めて、迫り来る強敵に備えた。
保健室を飛び出し、誰もいない校庭を走っていたパンサーは、ふと我に返った。
(僕はどこへ逃げようとしているんだ?)
冷静になって考えてみると、自分の正体は生徒会に知られている。今更、ヤンキー戦隊を脱退したところで、生徒会が自分を見逃してくれるとは思えない。
生徒会長の美奈子はもっと許してくれないだろう。恐らく、ボコボコにされてしまう。
(だとしたら、変身していた方がいいんじゃないか? 笹翠先生や村崎さんと一緒にいた方が安全じゃないだろうか?)
少なくとも、変身していれば、どんなにボコボコにされても、死んでしまう事はない。
実際にはそうではないのだが、パンサーはそう思い込もうとした。でなければ、おかしくなりそうだったからだ。
「何をしているのかな、黒田パンサー君?」
葛藤に夢中で、周囲に気を配っていなかったパンサーは、生徒会役員に囲まれてしまっている事に気づいた。
目の前には、先日、ボコボコにしてしまった士藤四郎が凄まじい形相で立っている。
後ろには五島誓子が構えをとって立っている。誓子の後ろには副会長の二東颯が腕組みをして不敵な笑みを浮かべていた。
「自分だけ逃げ出そうっていうんじゃねえよな?」
四郎がズシンと巨体を揺らしてパンサーに詰め寄った。
(確か、この人がこの世のモノとは思えない顔のヤンキーのはず)
一度変身したパンサーのヤクザもビビる顔を見た事がある誓子は身震いしてしまった。
「この前の礼をしなくちゃな、黒田ァ」
四郎はニヤリとして言った。パンサーのビビリ度がMAXに近づいた。
(ばれちゃった! どうしよう? 殺されちゃうよお!)
立ったまま気絶しそうなくらいビビってしまったパンサーは、自分が望んでいないのに勝手に変身してしまった。
「何!?」
突然パンサーの身体が輝き出したので、四郎はギクッとして一歩二歩と退いた。
「ひい!」
そして、変身を完了したパンサーの形相を間近に見て、前回の恐怖を思い出し、小さく悲鳴をあげてしまった。
誓子は直接見ていないのに、四郎の驚愕を見て、硬直してしまった。
「何をしているんだ、士藤? やっちまえよ」
パンサーの実力を知らない颯が四郎を促した。会長の言う事は絶対で、副会長の言う事は絶対ではないので、
「俺は嫌だああ!」
四郎はなりふり構わず、その場から逃走した。
「何だよ、拍子抜けだぜ。じゃあ、あんたが相手をしてくれるのか、嬢ちゃん?」
眉なしの坊主頭が振り返り、ニヤリとしたので、誓子は少し漏らしたが、
「え、遠慮します!」
もぞもぞしながら、同じく駆け去ってしまった。
「え?」
美奈子の次に強い誓子まで逃げ出してしまったので、どちらかというと生徒会の頭脳担当である颯は呆然としてしまった。
「じゃあ、おめえだ、副会長さんよ。きっとつええんだよな、会長があんだけ強いんだからさ」
パンサーは嬉しそうに指をボキボキ鳴らしながら、ゆっくりと颯に近づいた。
だが、颯は逃げ出さない。
「お、やるのか?」
パンサーが攻撃を開始しようとした時、颯の股間から湯気が上がり、そのまま前のめりに倒れてしまった。
「何だよ、副会長、見掛け倒しだな! 小便チビって、気絶かよ」
パンサーは腹を抱えて大笑いし、
「さてと。女性陣を加勢に行かないとな」
風を巻いて走り出した。
そして、保健室まで戻った時、すでに決着がついてしまったのを知った。校庭まで跳ね飛ばされた茉莉と香織が倒れているのが見えたのだ。
「あら、そこにいたの、黒田パンサー君。赤井君は中でのびているわ。不良達はもう貴方だけよ」
呼吸も乱れておらず、制服にもシワもできていない状態の美奈子がフッと笑って出てきた。
(そんなー!)
思惑が外れて、更にビビるパンサーであった。




