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ヤンキー戦隊 グラスマン  作者: りったんばっこん(原案:小波奈子様)
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戦その参拾壱 治と美奈子

 宵野明星よいのみょうじょうおさむは、哀れむような目で明野明星あけのみょうじょう美祢子みねこを見ていた。


 しかし、当の美祢子はその事には気づかず、


「お返事がないという事は、図星ですのね? 嫌だわ、治さん。最下層の人間に未だに心を惹かれているなんて……。貴方は、仮にも由緒正しき宵野明星家の嫡男ですのよ? そのご自覚がおありなの?」


 ソファの上で脚を組み替えて言い放った。彼女は意図的に大きく脚を組み替え、治の気を惹こうとしたのだが、治は美祢子の脚など眼中になかった。


(また茉莉さんを苦しめてしまうのか?)


 治は、相思相愛だと確信を持った高校時代の同級生である笹翠ささみどり茉莉まりの事を心配していたのだ。


 彼にとって、美祢子など、恋愛対象どころか、女性ですらないのだ。


 ほぼ同世代であるのに、妹の美奈子への対抗心が強すぎるため、彼女と同じ高校の制服を着ている時点で、治だけではなく、あらゆる男性の恋愛対象から外れるであろう事は想像に難くない。


 それにすら気づかない美祢子なのである。


「美祢子様」


 治は意を決して美祢子を見た。美祢子も治を見つめる。


「私は彼女の味方ではありません。彼女は確かに私が高校時代に恋をした女性ですが、今は違います」


 治は目を逸らさずに言い切った。すると美祢子は、


「あらまあ、それならどうして、情熱的なキスをしたのかしら、あの下衆女と?」


 理解不能だというふうに肩を竦めてみせ、ニヤリとした。


「あれは最後の別れの挨拶です」


 それでも治は怯む事なく、美祢子を見据えたままで応じた。


「いいでしょう、そういう事にしておきましょうか」


 美祢子はスッと立ち上がり、ツカツカと治に歩み寄った。


「で、私と妹のどちらの味方になりますの?」

 

 美祢子は微動だにしない治の顎を右手でグイッと掴んで突き上げた。治はそれでも表情一つ変えずに、


「どちらの味方でもありません。私はあくまで明野明星家に仕える者です。美祢子様と美奈子様のどちらにもお仕えしている身です故、どちらの味方というものではないのです」


「うまく言い逃れたわね」


 美祢子は忌ま忌ましそうに治を睨み、引っ掻くようにして彼の顎を放した。


 治の顎が切れ、血が滲んだが、それでも彼は表情を変えず、美祢子を見ている。


(この方には確か、恋人がいらっしゃるはず……。未だに俺に気がある訳ではないはずだが……)


 治は治で、美祢子のプライベートをある程度は把握している。


 彼女が付き合っている男性が誰なのかも知っている。


 確かに、Z県立鮒津高校に在学中、美祢子のつてによって生徒会長に当選できた事実はあった。


 それにより、美祢子に交際を迫られたのも事実だ。


 治はその時、


「自分は宵野明星家の者です。従家の男が主家の女性と交際する事はできません」


 身分の違いを理由にきっぱりと断ったのだ。


 美祢子もそれ以降、彼に誘いをかけてくる事なく、高校を卒業し、大学に進学した。


(まさか?)


 治はある事に思い当たった。


 美奈子も治に恋心を抱いていると聞いた事があるのだ。


 もし、それが事実だとすれば、美祢子の性格から考えて、妹の邪魔をしようとするはず。


(何と浅ましい……)


 確信がある訳ではないが、一番可能性がある事に思い至り、治は心底美祢子を軽蔑した。


「治さん、もう一度言っておきます。御庭番衆は私の忠実なしもべなのですからね。くれぐれも、お忘れなきように」


 美祢子はドアに近づくと、スッと開き、顎で退室を促した。


 治はそれに会釈で応じ、足早に部屋を出た。その直後、叩きつけるようにドアが閉じられた。


(美奈子様はどちらに?)


 治は長い廊下を大股で歩き出した。


 


 治に身を案じられているとは夢にも思っていない笹翠茉莉は、


(とんだ散財だ……)


 焼肉店のレジの前で項垂れて支払いをしていた。


 村崎香織は気を遣ってくれたのか、肉は頼まず、ラーメンを食べだだけだったが、赤井真一は、


「少しは遠慮しろ!」


 茉莉が何度もそう言いかけてしまう程、容赦のない注文を繰り返した。


(どうして高い肉ばかり頼むのよ、あのバカ!)


 満足そうに微笑んでいる真一を見て、茉莉は殴り飛ばしたくなる衝動を何とか押さえ込んでいた。


(黒田君はそれ程食べた訳ではないけど、サラダバーを尋常でない程往復して、恥ずかしかった)


 黒田パンサーは肉があまり好きではないので、お代わり自由のサラダを何度も取りに行き、店員にまで舌打ちされるほど食い尽くしてしまったのだ。


(高校生男子の食欲は計り知れない)


 つくづくそう思う茉莉であった。


「先生、ご馳走様でした」


 香織が申し訳なさそうに言ってくれた。


「先生、ご馳走様でした」


 真一の嬉しそうな顔がしゃくさわる茉莉である。


「先生、ご馳走様でした」


 何か怯えているパンサーにも、茉莉はイラッとしてしまった。


「今日はもう遅いから、真っ直ぐに帰るのよ。茶川さがわ博士の事は、明日また話し合いましょう」


 茉莉は三人を途中まで見送って言った。


「はい」


 不安そうな顔で応じる三人を見て、茉莉も不安になってしまった。


(茶川博士、大丈夫かしら?)


 香織は本当に茶川の心配をしていた。


(香織さんを送って行って、家にお邪魔できるだろうか?)


 真一は外道な事を妄想していた。


(博士を助け出さないと、僕は脱退できないのかな?)


 パンサーは相変わらず、ヤンキー戦隊から抜ける事を考えていた。


 


 治は美奈子がどこにいるのか見当がつかなかったので、明野明星家にある彼の待機部屋に戻る事にした。


「遅かったですわね、治さん」


 すると、思いがけなくも、そこに美奈子がいた。彼女は姉と違い、ソファには座っておらず、部屋の隅にポツンと立っていた。


(いつもの美奈子様とは違うな)

 

 そう思った治であったが、美祢子ではないのはわかっていた。


(美奈子様も傲慢な性格だが、美祢子様とは違って、奥ゆかしさを持ち合わせておいでだ)


 治は深々と頭を下げて、


「申し訳ありません」


 すると美奈子はくすっと笑い、


「きっと、私の部屋に姉が待ち伏せしていたのでしょう?」


 ズバリと指摘した。治はハッとして顔を上げた。


「やはりそうでしたのね。こちらに来て、正解でしたわ」


 美奈子はスッと治に近づくと、彼の右手を取った。


「美奈子様……」


 治はその行動に動揺してしまった。


「貴方は長い間、明野明星家に隠し事をしていました。その事を償っていただきます」


 美奈子はそう告げると、背伸びをして治に口づけをした。


(美奈子様!)


 なかなか離れてくれない美奈子に治は目を見開いた。

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