戦その弐拾玖 笹翠茉莉、絶望する
ヤンキーグリーンこと笹翠茉莉のアパートに到着した赤井真一、村崎香織、黒田パンサー。
元々、茉莉の事が好きだった真一は、茉莉のアパートがゴミ屋敷なのを知っていたので、それほど衝撃を受けなかったが、香織とパンサーは驚愕してしまった。
ゴミをかき分け、何とか茉莉をベッドらしき場所に寝かせる事ができた三人は、これからどうすればいいのかわからず、只、慢然とその場に座り込んでいた。
「う、うん……」
しばらく時間が経過し、茉莉の怪我がヤンキー戦隊のスーツの自動治癒装置で回復したらしく、意識が戻り、変身が解けた。
「笹翠先生!」
三人は茉莉に喜望を見出し、声をかけた。
「あ、みんな、無事だったのね……」
茉莉は微笑んで三人の顔を見た。そのついでに今自分がどこに横になっているのか、次第に把握していき、
「いやあああああ!」
絶叫した。
(知られた、知られた、知られちゃったあああああ!)
茉莉は恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆った。
(どこをどう言い訳しても、私は汚部屋の住人。軽蔑の対象だわ!)
ベッドの上で身をよじらせる茉莉を見て、真一とパンサーはドキッとしてしまった。
「先生、私達、どうすればいいのでしょうか?」
香織は茉莉が「汚部屋」の事で落ち込んでいるのに気づく事なく、自分達の最重要課題を尋ねた。
「え? どういう事?」
茉莉は起き上がろうとして眩暈がしてしまい、ドサッとゴミの山に頭を埋めてしまった。
「先生、大丈夫ですか? まだ急に起き上がったりしたらダメですよ。重傷だったんですから」
香織は茉莉をゴミの山から助け起こした。
「おお!」
その時、またしても香織の胸が揺れたので、真一とパンサーはそれを凝視してしまった。
「何?」
理由を知らない香織は訝しそうに二人を見た。
(村崎さん、胸でか!)
抱き起こされた時、香織の胸が顔に当たっていた茉莉は別の意味でドキドキしていた。
「いえ、何でもありません」
真一とパンサーは練習したかのように見事なハモりで応じた。
香織は少し躊躇ったが、茉莉が気を失った後の事を説明した。
当然の事ながら、茉莉とは相思相愛の関係である宵野明星治が茉莉にキスした事は省略した。それは半分は茉莉への思いやりであったが、残りの半分は香織の嫉妬であった。
「そう……」
治がヤンキー戦隊を見逃してくれたのは嬉しかったが、自分達が見下されているような気がして、茉莉は納得がいかなかった。
(治君、貴方はもう骨の髄まで明野明星一族の者なの?)
茉莉は悲しみがこみ上げてきて、涙を目に浮かべた。
「先生?」
香織がそれに気づき、声をかけた。
(笹翠先生、可愛い!)
相変わらず変態的思考しかできない真一は、茉莉に惚れ直していた。
(笹翠先生は、あの時の宵野明星治とのやりとりを覚えていないのかしら?)
お互いの気持ちを知らないまま、長い間悶々としていた者同士が、遂に思いを打ち明け合った場面であったが、意識が朦朧としていた茉莉は、それすら記憶していないようなのだと知り、また香織は悪い自分が大きくなってきているのを感じた。
(あの人に、笹翠先生の「汚部屋」の写真を見せれば……)
そこまで考えて、自分の怖さにハッとなり、香織は頭を振った。
「どうしたの、香織さん?」
頭を左右に振ったので、香織の豊満な胸が揺れたのを見てドキッとした真一が尋ねた。
「な、何でもない」
自分の考えていた事の恥ずかしさに顔を赤らめた香織が言うと、それを見た真一はますます妄想を膨らませた。
(香織さんが僕を見て赤くなっている!)
病的に香織との事に関してはポジティブな真一である。
(こんな深刻な話をしている時に、脱退したいなんて言ったら、軽蔑されるだろうな)
パンサーも相変わらずであった。
「ああああ!」
茉莉が突然叫んだので、三人は同時にビクッとして彼女を見た。
「どうしたんですか、先生?」
香織が尋ねると、茉莉は苦笑いをして、
「あのさ、この部屋の状況の事なんだけどさ……」
何とか汚部屋の事情を話して理解してもらおうとした茉莉であったが、
「大丈夫です。誰にも話したりしませんから。それに先生が片づけられない症候群でも、軽蔑したりしませんよ」
香織は微笑んで告げた。茉莉は顔を引きつらせて、
(そうじゃないのよ、村崎さん! 私は、一日十時間以上寝ないと眠くて仕方ないの! だから、片づけをしている暇がないだけで、決して片づけられないのでは……)
そう言い訳をしようと思ったが、しても無駄なくらい、三人は茉莉を「汚部屋の住人」に認定しているのがわかってしまった。
(ああ、助けて、治さん!)
香織の考えるとおり、茉莉の部屋を治が見たら、百年の恋も冷めるかも知れない。
(治さんに助けてもらおうなんて、私、何を勘違いしているの?)
茉莉は治と相思相愛なのを理解していなかった。
茶川博士は、明野明星美奈子を騙った美祢子により、明野明星家の地下にある監禁室に閉じ込められていた。
「む?」
鉄格子がはめられた覗き窓から誰かが見ているのに気付いた茶川が眉をひそめた。
「誰じゃ? イーヒッヒ。顔だけではどっちかわからんぞ。イーヒッヒ」
すると、覗いていた人物は重々しい扉の鍵を開いて、中に入ってきた。
「私ですわ、茶川さん。本物の美奈子です」
それは、Z県立鮒津高校の現生徒会長である美奈子だった。
「ほう? イーヒッヒ。本物さんがわしに何の用じゃ? イーヒッヒ」
茶川は真顔で笑い声をぶっ込みながら尋ねた。美奈子は扉をガシャンと閉じると、
「姉の計画を阻止するのを手伝って欲しいのです」
「姉妹は仲良くした方がよいと思うぞ。イーヒッヒ」
茶川はニヤリとした。美奈子はフッと笑い、
「そうしたいのはやまやまなのですが、血は水よりも濃いせいか、なかなか一筋縄にはいきませんの」
「なるほどな。イーヒッヒ」
茶川はまた真顔になった。美奈子も笑みをやめて、
「姉はアンチエイジングで、この十年、ほとんど歳をとっておりません。そのせいで、一回り以上も歳の離れた私と容姿がほとんど変わらないのです」
「それだけではないと思うぞ。イーヒッヒ。二十年前に美祢子さんに会った時と今日とでは、全然違う部分があるぞ。イーヒッヒ」
茶川は真顔のままで言ったが、美奈子はクスッと笑って、
「あらあら、そこまで気がついていましたの。さすが、その研究の第一人者ですわね」
再び真顔になり、
「そういう事ですの。姉は私にとって、非常に迷惑な存在なのです」
不穏な空気が監禁室に充満していた。




