戦その弐拾漆 明野明星美祢子
茶川博士を地下牢へと追いやり、一人残った明野明星美奈子。しかし、茶川は美奈子の事を美祢子と言った。
(茶川め、一体どこまで私の計画に気づいているの?)
美奈子なのか美祢子なのか不明なその女性は、ギリギリと歯軋りをしていたが、携帯が鳴っているのに気づき、通話を開始した。
「お姉様、また勝手に私のふりをしているのですね? 迷惑なので、やめていただけませんか?」
相手はいきなりそう言い放ち、それだけ言うと、プツッと通話を切ってしまった。
「どいつもこいつも!」
女性は携帯を床に叩き付け、破壊した。
(忌ま忌ましい連中ね!)
女性は大股で応接室を縦断すると、ドアを勢いよく開き、たたき壊すのかという強さで閉じた。
(美奈子にはもう一度教育が必要だわ。彼によく伝えておきましょうか)
女性はフッと笑い、廊下を歩き出した。
正体不明の女性との通話を終え、生徒会室を出た美奈子は、正体不明の女性と同じように廊下を勢いよく歩き出した。
「美奈子さん」
それを追いかけるように生徒会副会長の二東颯がついて来た。
「馴れ馴れしく名前で呼ばないで、二東君」
美奈子は振り返りもせずに告げた。颯は苦笑いをして、
「申し訳ありません、会長。一体どうされたのですか?」
美奈子はチラッと颯を見て、
「貴方には関係ない事です。身内の事ですから」
「あ、はい」
颯はギクッとして応じた。明野明星家の内々の事には、決して触れてはいけないと鮒津高校に入学した時、生徒指導の教師から念押しされた事を思い出したのだ。
颯に続いて生徒会室から出て来た第一会計の三椏麻穂は颯がぴしゃりと美奈子に叱責されるのを見て、思わず硬直してしまった。
美奈子が相当機嫌が悪いのを感じたのだ。
(会長は親族の方とのやり取りをして、ご機嫌を損ねたようだ。私達が口出ししてはいけない事)
麻穂も颯と同じく、生徒指導の教師から、明野明星家の事を聞いているのだ。
その更に後から出て来た第二会計の士藤四郎、第一書記の五島誓子、第二書記の六等星太も同様であった。
「皆さん、早く下校なさい。生徒会役員が、生徒会規則に違反する事は許されませんよ」
美奈子は自分について来ている役員達を鬱陶しく思い、そう言い放った。
「あ、はい!」
颯以下、役員達は美奈子の機嫌がこれ以上悪くなるのを良しとしていないので、すぐさま、方向転換し、廊下を急いだ。
(お姉様、いつまで私を自分の子分とお思いですの? いい加減にしていただきたいわ)
美奈子は颯達が立ち去ったのを確認すると、反対方向に向かって歩を進めた。
気絶した笹翠茉莉に口づけをした明野明星家お庭番衆の首領である宵野明星治は、茉莉をお姫様抱っこして、そばにあった歯医者の診察台に寝かせた。
「悪い事は言わない。君達はすぐにでもここを立ち去りなさい。そして、二度と明野明星家に逆らわない事だ。いいね」
治の顔が悲しそうなのに気づいたヤンキーパープルこと村崎香織は、
「貴方はどうするんですか?」
すると治は目を見開いて香織を見た。
「君達は一体何者なんだ? 只の不良ではないようだね?」
治は香織に向き直って尋ねた。何を思ったのか、ヤンキーレッドこと赤井真一は、治と香織の間に立ち塞がり、
「正義の味方、ヤンキー戦隊グラスマンだ! 生徒会の横暴と戦うのが僕らの使命だ!」
これには治だけではなく、香織も面食らってしまった。
(あの人は、そんな事を訊いたのではないと思うけど、赤井君……)
香織は真一を「残念な人」に認定してしまいそうだ。
「なるほど、それはよくわかった。しかし、君達に勝ち目がないのはわかったはずだ。敵はあまりにも強大過ぎる。やめておいた方が身のためだよ」
治は諭すように言った。真一はそれでも、
「そんな事はない! ヤンキー戦隊グラスマンは無敵のヒーローだ。さっきだって、油断があっただけだ。次は負けない!」
治はゆっくりと茉莉から離れ、真一に歩み寄った。香織がギョッとし、真一が身構える。
(今のうちにここを出て、普通の生徒に戻ろう)
ヤンキーパンサーこと黒田パンサーは、そんな事を考え、密かに「茶川トラウマ能力研究所(仮)」を出て行こうとしていたが、
「敵前逃亡か、ヤンキーパンサー!?」
真一に大声で言われ、ビクッとした。ところが、
「そんな事する訳ねえだろ? 俺を誰だと思ってるんだ?」
いつものように中の人と真逆な事を言い始めた。そして、治に向き直り、
「今度は負けねえぞ!」
啖呵を切ってしまった。
(何をしているんだ、僕は!?)
絶望に打ち拉がれるパンサーである。
(この三人、どうもよくわからない)
治は混乱していた。
美奈子のフリをしていた女性、すなわち、明野明星美祢子は、とあるホテルの最上階にあるスイートルームのソファに寛いでいた。
「君もシャワーをすませなさい、美祢子。僕達の時間はこれからだよ」
浴室から出て来たバスローブ姿の男が告げた。すると美祢子は、
「ええ、そうさせていただくわ。それより、さっきのお話、よろしくお願いするわね」
「もちろんだよ、美祢子」
男はベッドの端に腰を下ろすと、サイドテーブルに置かれた煙草を手に取り、高級そうな金色のライターで火を点け、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
「まだそんなものを吸っているの? ここではやめて」
美祢子はスッと立ち上がると、男の口から煙草を毟り取り、ガラスのテーブルにある大理石製の灰皿に捩じ伏せた。
「悪かったよ。もう吸わないと誓うよ」
男はそう言いながら、ベッドの傍らにあるゴミ箱に煙草の箱を投げ捨てた。
美祢子はそれを見て満足そうに笑うと、踵を返して浴室に消えた。




