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ヤンキー戦隊 グラスマン  作者: りったんばっこん(原案:小波奈子様)
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戦その弐拾伍 茶川博士、拉致される

 ヤンキーグリーンこと笹翠ささみどり茉莉まりは、かつての思い人であった宵野明星よいのみょうじょうおさむとの戦いに敗れ、その上、ヤンキー戦隊の生みの親である茶川さがわ博士ひろしの裏切りとも言える行動により、治に正体を知られてしまった。


(ああ、もう死にたい……)


 茉莉は絶望のあまり、舌を噛んで死のうと思ったが、そんな事すらできないほど、ダメージを受けていた。


「茉莉さん」


 ところが、ふと治を見ると、彼は泣いていた。その涙が数滴、茉莉の頬に落ちて来た。


「貴女だったのか……。貴女だと知っていたら……」


 治は言葉につまり、茉莉から目を背けてしまった。


(まさか、茶川博士は、こうなるとわかっていてあんな事を言ったの?)


 一番冷静に状況を判断しているヤンキーパープルこと村崎香織は思い至った。


(二人は知り合いなの? いえ、もしかして、付き合っていたのかしら?)


 恋愛経験どころか、生まれてこの方、男子と遊んだ事すらない香織は、そんな想像を膨らませていた。


「首領?」


 黒尽くめの男の一人が、怪訝そうに治に声をかけた。すると治は慌てて涙を拭い、


「美奈子様が警戒していた連中は全てこの宵野明星治が成敗した。茶川博士を確保し、引き上げるぞ」


「はっ!」


 黒尽くめの男達は一斉に敬礼した。そして、その中の五人が茶川を縛るためにロープを用意して来た。


「博士!」


 一番回復が早い香織が立ち上がろうとしたが、


「心配要らんよ、ヤンキーパープル。イーヒッヒ。ちょっと行って来る。イーヒッヒ」


 茶川が真顔で制止した。香織は唖然としてしまったが、茶川はそれには構わずに、


「縛らんでもいいぞ。イーヒッヒ。わしは抵抗はせん。イーヒッヒ」


 茶川の言葉に捕縛しようとしていた五人が治に指示を仰ぐように顔を向けた。


「老人一人を縛る必要もないだろう。そのままお連れしろ」


 黒尽くめの男達は頭を下げて応じ、茶川を促した。茶川が歩き出した時、


「茶川さん」


 不意に治が声をかけた。茶川はゆっくりと治を見た。治は微笑んで、


「ありがとうございました」


 茶川は表情を変えずに、


「礼を言われるような事はしておらんぞ。イーヒッヒ」


 そう言い捨てると、黒尽くめの男達と共に「茶川トラウマ能力研究所(仮)」を出て行った。


「お前達は先に戻り、美奈子様に報告をしろ。私はこいつらをもう少し尋問する」


 治は無表情な顔に戻り、命じた。残った黒尽くめの男達は顔を見合わせたが、


「返事がないぞ!」


 治の鋭い声にビクッとして、


「承知しました!」


 逃げるように研究所(仮)を飛び出して行った。治はそれを見届けると、茉莉を見た。


「茉莉さん」


 治はまた笑顔になり、茉莉の傍らにしゃがみ込み、彼女の左の頬に落ちた自分の涙を右手の人差し指でそっと拭った。


「お……さ……む……くん……」


 茉莉は何とかそれだけ発する事ができた。治はまた涙を目に溜めて、


「すまなかった……。もっと早く気づいていれば、貴女をこんな姿にしなかった……」


 そんな治の気持ちに反して、


(ああ、治君がそこまで私の事を気遣ってくれているなんて、いつ死んでもいい!)


 治の思いを踏みにじるような事を考えていた。そしてまた、自分自身の気持ちにも気づく事ができた。


(あの時は、全力で否定していたけど、私は紛れもなく、治君が好き。今なら、大きな声で言える!)


 そこまで素直になれた茉莉であったが、大きな声が出ない現状がもどかしかった。


「今でも僕は君の事が好きだ。君が鮒津高校の養護教諭をしていると知った時、すぐにでも会いに行きたかった程だ。しかし、宵野明星家の嫡男として、それは許されなかった」


 治は愛おしそうに茉莉の左頬を右手で撫でた。


(治くーん、私、このままだと悶絶死しそうよ!)


 茉莉は撫でられている頬がどんどん紅潮していくのを感じていた。


「君はもう僕の事なんか、嫌いになっただろう?」


 治の寂しそうな問いかけに、茉莉は涙を両の目から溢れさせた。


「わ……た……し……も……すき……」


 茉莉は全力を振り絞ってそれだけ言うと、とうとう気を失ってしまった。ヤンキー戦隊のスーツのダメージを回復させる機能が茉莉をそうさせたのだ。


「茉莉さん……」


 治がそっと口づけしたのを、茉莉は知らない。


(わああ、見ちゃった!)


 香織はそれを目撃して赤面した。


(やっぱり、笹翠先生は諦めて、香織さん一本にしよう)


 妄想がすぐに暴走するヤンキーレッドこと赤井真一はまたおかしな事を考えていた。


(どうしよう、茶川博士が連れて行かれてしまった……。脱退したいのにできない……)


 ヤンキーパンサーこと黒田パンサーは、まだそんな事を考えていた。


 


 真一達が、茉莉と治のメロドラマのようなやりとりを見ていた頃、明野明星あけのみょうじょう邸に戻ったお庭番衆達は、拉致した茶川を、美奈子が待つ応接室へと連行した。


 応接室は畳五十畳ほどあり、その奥にある大きな一人かけの黒革張りのソファに美奈子が脚を組んで座っていた。


「ようこそ、茶川さん。先日お会いしたのが初めてかと思っていましたけど、そうではなかったみたいですわね」


 美奈子は立ち上がって目だけ笑っていない笑顔で告げた。すると茶川は、


「ほお。覚えていたのか? あの小さかった嬢ちゃんが」


 イーヒッヒを言う事なく、真顔で言い返した。美奈子はフッと笑い、


「覚えていた訳ではないですわ。貴方の履歴が、我がグループのメインコンピュータに残っていましたの。二十年前の爆発事故で貴方は死亡。そして、その後の試験薬による蘇生。全てを闇に葬るために貴方を飼い殺しにするつもりが、何故か野に放たれてしまった」


「飼い殺しにする程の値打ちもなかったからじゃろう。イーヒッヒ」


 また余裕が出て来たのか、茶川は笑いをぶっ込みながら、美奈子を挑発するような物言いをした。


「今届けられた資料によると、貴方の周りにいた不良おバカさん達の一人が、笹翠先生だったようですね」


 美奈子は目の前にあるラップトップコンピュータを見て言った。


「という事は、残りの三人の不良おバカさん達の正体もおのずと知れますわね」


 美奈子は勝ち誇った顔で茶川をもう一度見た。


「赤井真一、村崎香織、黒田パンサー。この三人が、残りの三人の不良おバカさん達、という事で、間違いないですわね?」


 美奈子のダメ押しのような発言にも、茶川は表情を変えずに、


「それがわかると何かまずい事でもあるのかの? イーヒッヒ」


 更に美奈子を挑発する事を言い放った。

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