戦その弐拾肆 愛は憎しみを越えて
笹翠茉莉は全ての清算をするために、かつて唯一愛した事がある宵野明星治を倒す決意をした。
(貴方との過去はよき思い出として、胸の中にしまっておくわ、治君。ありがとう)
茉莉は、顔で笑って心で泣いてをまさか自分が現実にするとは思わなかったと感じながら、目の前に立っている治を睨みつける。
「どうしました? 大見得を切っておきながら、怖じ気づきましたか?」
治は茉莉を嘲笑うように言い放った。茉莉は負けずにニヤリとし、
「怖じ気づく訳ねえだろ? 怖いものなんかねえのが、ヤンキー戦隊グラスマンなんだよ!」
言うや否や、風を巻いて治に突進した。
「む?」
治はヤンキーグリーンと名乗った女が予想以上に速かったので、一瞬ハッとしたが、
「なるほど、少しは楽しめそうですね!」
身構え、相手の出方を窺った。茉莉は治の強さを目の当たりにしたので、不用意に突っ込む事は考えていなかった。
(とにかく、様子を見る!)
茉莉は治の直前で止まると、右にフェイントをかけ、左に流そうとした。
「甘いですよ、ヤンキーグリーンさん!」
だが、治はそんな様子見すらさせるつもりはないらしく、左に動いた茉莉を的確に追尾して来た。
「くう!」
茉莉の先回りをした治が下からの右の突きを放って来た。
(どうする!?)
茉莉は焦った。ところが、
「甘いのはてめえだよ、表六玉!」
茉莉自身も驚くような対応速度で治の突きを左手で掴み、そのまま治の懐に飛び込むと、彼の左脇腹に右の膝を叩き込んだ。
「ぐう!」
治は呻いたが、すぐに茉莉を突き飛ばし、間合いを取った。
(全然、見えなかった……)
一番ダメージが少ないヤンキーパープルこと村崎香織は、二人の戦いの凄まじさに目を見開いていた。
(怖い! 怖過ぎる! 今度こそ、絶対に脱退させてもらおう!)
その次にダメージが少ないヤンキーパンサーこと黒田パンサーは思った。
(笹翠先生、強い! 惚れてしまいそうだ……)
一番重症なヤンキーレッドこと赤井真一は虚ろな目のままだったが、確実に茉莉と治の戦いを見ていた。
相変わらず妄想はレベルが高かった。
(何だ、今の動きは? 美奈子様ですら、さっきの攻撃はかわせなかったのだぞ?)
治にとって、明野明星家は先祖代々仕えて来た絶対的な存在である。その中でも、美奈子は特別であった。
だからこそ、彼女を師範として徹底的に鍛え上げ、最強の格闘家に育て上げたつもりだった。
(一体この不良は何者なのだ?)
治には、左脇腹に受けた衝撃より、突きをかわされた衝撃の方が遥かに大きかった。
「どうした? 私が強過ぎて、びっくりしているのか? だが、驚くのはまだ早いぞ、表六玉。舎弟をぶちのめされた礼は、まだまだすんでねえんだからよ!」
茉莉は自分の口から次々に出て来るあまりにも下品な言葉に驚いていた。
(ああ、これでますます、正体を知られる訳にはいかない!)
心の中で血の涙を流す茉莉である。
「確かに貴女は強いようですね。昔、貴女と同じくらい強い人がいたのを思い出しましたよ」
治はスッと構えを取りながら告げた。
「茉莉君。イーヒッヒ」
真顔で呟く茶川博士の額に汗が流れ落ちているのを香織は見た。
(茶川博士は何を考えているの?)
表情からは読み取れない茶川の感情を香織は測りかねた。
(やめてー、治君! それ以上、過去を詮索しないで!)
茉莉は今の自分と昔の自分の共通点を見出される事が嫌だった。
治との過去を清算するつもりで始めた戦いなのに、その過去が邪魔をする。ジレンマだった。
「だが、その人は貴女のように下品な物言いはしなかった。確かに時々強い言葉で挑んで来た事はあったが、決して品性は失っていなかった。だから、貴女を見て、その人を思い出すのは、その人に失礼ですね」
治はそう言ってフッと笑い、その後、真剣な表情になった。
(治君……)
治が今目の前にいる女と高校時代の茉莉を別人だと思ってくれたのにはホッとしたものの、やはり内心は複雑な茉莉である。
(要するに昔の私は好きだけど、今の私は嫌いだと言われたようなものよね……)
茉莉は落ち込みかけたが、
「だから、その人の事を思い出させた貴女を叩きのめします! その人との思い出を守るために!」
治が言い、茉莉に接近して来た。
「くう!」
茉莉はすぐさま反応し、治の前転で勢いをつけてからの踵落としをかわして、軸足を払おうと見を屈め、右のローキックを放ったが、
「遅い!」
すでに治は左に身を翻し、その動きを利用して、茉莉の後頭部に裏拳を叩き込んだ。
「ガハッ!」
咄嗟に左手で防御し、直撃こそ防いだ茉莉だったが、その衝撃で前のめりに倒れ、転がってしまった。
「うう……」
茉莉は頭を左右に振りながら立ち上がりかけた。
「ヤンキーグリーン!」
ほぼ回復した香織が叫んだ。立ち上がりかけた茉莉の顔面に治の右膝が入っていたのだ。
「ぶはあ!」
茉莉は口と鼻から血と涎の入り交じったものを吐き散らしながらもんどり打って仰向けに倒れた。
「おお!」
後ろで見ていたその他大勢の黒尽くめの男達は、治の完全勝利を確信して叫んだ。
「やはり貴女は彼女には似ていない。全くね」
大の字に倒れている茉莉を軽蔑するような目で見下ろしていた治は、茉莉の血が着いた膝を真っ白なハンカチで拭った。
「さてと」
治は血で汚れたハンカチを投げ捨て、茶川を見た。茶川は微動だにせず、治を睨みつけている。
「貴方には美奈子様がご用があるそうですので、明野明星家までご足労願えますか?」
治は無表情な顔で淡々と告げた。すると茶川は、
「その前にヤンキーグリーンが誰なのか、知りたいとは思わんか? イーヒッヒ」
とんでもない事を言い出した。
「えええ!?」
香織もパンサーも真一でさえも、茶川の無謀な発言に仰天した。
(変態ジジイ、何言うのよ!)
茉莉にも茶川の言葉は聞こえていたが、今の彼女は指一本動かせる状態ではなかった。それほど、治の膝蹴りは凄まじかったのだ。
「どういうつもりですか?」
治は茶川の真意を測りかね、眉をひそめた。そして、ハッとした。
「まさか!?」
目を見開いた彼は、ヤンキーグリーンに駆け寄った。そして、ゆっくりと緑色のサングラスを外した。
そこには懐かしい顔があった。
「茉莉さん……」
治の目から一粒の涙が零れ落ちた。




