戦その弐拾参 ヤンキーグリーン VS 宵野明星治
ヤンキーグリーンこと笹翠茉莉。
今でこそ、Z県立鮒津高等学校の養護教諭として、大人しく暮らしているが、かつて、鮒津高校に在学していた時は、近くの高校の名だたる不良達がその名を聞いただけで逃げ出す程の存在であった。
小さい頃から、人と交流する事が苦手だった茉莉は、話し相手と言えば、近所の変わり者として有名な茶川博士だけだった。
そのせいかどうか、茉莉は人一倍変わり者になり、人一倍正義感の強い少女として育っていった。
正義感が強い少女が、何故不良も恐れる存在になったのかと言えば、その最大の原因が、鮒津高校生徒会のトップである宵野明星治である。
鮒津高校に入学した茉莉は、成績優秀で、クラス委員にも選出され、順風満帆な学校生活を送っていた。
ところが、茉莉の強過ぎる正義感が仇となる事件が起こる。
茉莉のクラスの一人の女子が、生徒会に呼び出されたのだ。理由は一学期の期末試験におけるカンニングの容疑であった。
その女子生徒の事をクラス委員として把握していた茉莉は、それが完全なる濡れ衣だと見抜いていた。
だが、その濡れ衣が、Z県ばかりではなく、日本全国にその名を知られた豊本グループの創業者一族が関わっているために、決して触れてはいけない事態である事を知らない茉莉は、生徒会に乗り込み、猛抗議をした。
時の生徒会長である明野明星美祢子は、茉莉の猛抗議をけんもほろろに撥ねつけ、女子生徒をカンニング容疑で生徒会裁判にかけた上、有罪とした。
やがて、有罪になった女子生徒は退学し、Z県から家族と共に姿を消してしまった。
鮒津高校の生徒会を頂点とする組織に絶望した茉莉は、その日でクラス委員を辞め、制服も校則に違反したものを着用するようになり、生徒会と悉く対立するようになった。
そんな茉莉を最初に諌めたのが、隣のクラスのクラス委員の治だった。
小学校時代も、中学校時代も、友達すら作れなかった茉莉には、恋愛はもっと無縁なものだったが、クラス委員の会議で会う治には、心を惹かれた。
茉莉自身には、それが恋愛だという自覚はなかったのであるが。
そんな感情があったため、茉莉は治に自重するように言われて苦しんだ。いくら自分の考えを治に説いても、明野明星家の遠戚に当たる宵野明星家の治には、彼女の思いは届かなかったのだ。
やがて、茉莉は治とは対立する関係になっていった。
それが決定的になったのは、二年生に進学して、治が生徒会長に選ばれた時だった。
ある日、茉莉は治に呼び出され、二人きりで体育館の裏で会う事になった。
あり得ないと思いながらも、淡い期待を抱いてしまった茉莉は、鼻歌を歌いながら体育館裏に行った。
ところが、治はそんな楽しい話題をするつもりは毛頭なく、
「これ以上、生徒会と対立するのはやめて欲しい」
事務的な口調で茉莉に告げた。茉莉の中の何かが壊れる音がした。茉莉は治の言葉に何も応えずに踵を返すと、歩き出した。
その茉莉の後ろ姿に向かって、治は、
「君が今まで何をしても退学にも停学にもならなかったのは、僕が手を回したからなんだよ」
その言葉に茉莉は驚愕し、立ち止まって振り返った。
「僕は君が好きだ。だから、その君が反社会的な行動をとる事をよしとしない。どうか、以前の君に戻って欲しい」
治の言葉に嘘はないのは、茉莉にもわかった。彼の目が潤んでいたからだ。
だが、茉莉はそれでも譲れないものがあると思っていた。
「貴方の言葉は嬉しいけど、それでも私は立ち止まれない。もし、立ち止まってしまったら、それは私が間違っていたと認める事になってしまうから」
茉莉は零れ落ちそうな涙を俯いて誤摩化し、その場から駆け去った。
そして、二度と治と二人きりで話す事はなく、卒業した。
(あんな事があってからも、私が無事に卒業できたのは、治君が助けてくれていたからなんだろうな)
つい、過去の事を思い出し、感傷に浸ってしまった茉莉は、目の前に立つ真っ白なスーツを着た治を見て、現実を突きつけられた。
(どこまでいっても、貴方と私は平行線のままなのよ)
茉莉は過去と決別する決意をした。
「さてと。私の舎弟達をここまで可愛がってくれた礼だけは、きっちりさせてもらうよ、表六玉」
茉莉はニヤリとして、治を見た。治はフッと笑い、
「それはそれは。よい心がけですね。不良はそうでなくてはいけません」
二人が相見えようとしたその瞬間、茉莉の背後にいた茶川が、
「それでも戦うのか、ヤンキーグリーン?」
何もかも知っているかのように尋ねた。茉莉はチラッと茶川を見て、
「それがヤンキー戦隊グラスマンだろ、博士?」
そう言って、Vサインを出した。
茉莉と治の因縁の対決が始まろうとしていた頃、鮒津高校の生徒会室では緊急召集させられた役員が集まっていた。
「遂に決着、ですか?」
生徒会副会長である二東颯が尋ねた。すると議長席に悠然と座っていた明野明星美奈子は、颯を嘲笑うように、
「そうよ。何しろ、私の師範である宵野明星治が出張ったのだから」
その名を聞いて、役員全員の顔が蒼ざめた。
(会長の師範?)
美奈子の強さを承知している彼等彼女等は、その師範の強さがどれ程のものか、想像してしまったのだ。
(死者が出るかも知れない……)
誰もがそう思い、お互いに顔を見合わせた。そんな役員達を見て、美奈子は一人ほくそ笑んでいた。
(そして、治さん。事態は貴方にも過酷ね。恐らく現場には、貴方の思い人であった笹翠茉莉もいるでしょうから)
美奈子はそこまで想定して、治を送り込んだのだ。どこまでも非情な女である。
(貴方は長い間、我が明野明星家に隠し事をしていました。その罪は償ってもらわないとね)
美奈子は茉莉と治の過去すら把握していた。
だが、そんな美奈子でさえ、治と茉莉が直接戦おうとしているとは夢にも思っていなかった。




