戦その拾漆 美奈子限界突破
遂にトラウマエネルギーを解放したヤンキーレッドこと赤井真一は、圧倒的な強さを誇っていた明野明星美奈子を押し返していた。
「くうう!」
美奈子はその美しい顔を醜く歪め、自身の攻撃を受けても全く怯まずに向かって来る目の前の異様にリーゼントが大きいヤンキーを睨みつけた。
「許さない、絶対に許さないぞ!」
ヤンキーは意味不明の言葉を叫びながら、美奈子の繰り出すパンチやキックをかわし、間合いを詰めて来た。
「何が許さないのよォッ!?」
美奈子は全身を振るわせて叫んだ。後ろで見ていた五島誓子がギョッとした。
「会長……?」
誓子は美奈子が本気で怒った事を何度か見た事があるのだが、彼女がそこまで怒りに我を忘れるのは見た事がなかった。
(もうどうなるかわからない……。あのヤンキー、殺されてしまうかも……)
誓子は八つ裂きにされるリーゼントのヤンキーを想像し、身震いした。
「この私に楯突いた者こそ、許されないのよ!」
美奈子の動きが更に速くなった。
「え?」
離れて見ていた笹翠茉莉はハッとした。
(どうしたの、明野明星さん?)
それは救援に駆けつけた茶川博士にもわかったようだった。
「黒田君、ヤンキーパンサー、出動じゃ。イーヒッヒ。このままだと、赤井君が明野明星に殺されてしまうぞ。イーヒッヒ」
非常に重大な発言のはずなのに、間に挟まれる笑いが全てを台無しにしていると黒田パンサーは思った。
「わかりました」
パンサーは黒のワゴン車を降りると、
「変身装着!」
素早くヤンキーパンサーに変身し、真一の援護に向かった。
「明野明星美奈子……。イーヒッヒ。まだ強くなるのか? イーヒッヒ。まずいぞ。イーヒッヒ」
真顔で言う茶川は、誰が見ても異常者であった。
「ぐうう……」
真一は美奈子の目にも留まらぬ速さの突きを鳩尾に突き入れられ、呼吸が停止しかかった。
「ヤンキーレッド!」
そばで見ていたヤンキーパープルこと村崎香織がようやく立ち上がり、美奈子に掴みかかった。
「貴女はまだ寝てなさい!」
美奈子は香織をチラッと見て左の回し蹴りを彼女の右の顔面に叩き込んだ。
「ぶはっ!」
香織は口から血が混じった涎を吐き散らして、地面に横倒しになった。
「ヤンキーパープル!」
呼吸を回復させた真一が叫び、美奈子から飛び退くと、倒れた香織に駆け寄る。
「敵に背中を見せてるんじゃなくてよ!」
美奈子の踵落としが真一の背骨を軋ませた。
「ぐはあ!」
真一は前のめりに倒れ、顔を地面に打ちつけた。
「きーさーまー!!」
そこへ眉なしで黒いサングラスに黒い特攻服を着た坊主頭のヤンキーが走って来た。
(な、何、あれ?)
それを見た誓子はチビりそうになった。
(黒田君てわかっていても怖過ぎる……)
茉莉ですら、顔を引きつらせている。
「まだいたの、不良! さあ、かかってらっしゃい!」
だが、美奈子は全く驚く事なく、パンサーを睨み返し、挑発した。
(ひいい!)
中の人になっているパンサーの心は、美奈子の変貌ぶりにすっかり怖じ気づいていた。
しかし、身体の方は、
「おうおう、綺麗な姉ちゃんをいたぶれるのは、もの凄く楽しいぜ!」
外道丸出しの言葉を吐いた。次の瞬間、美奈子がパンサーの視界から消えた。
「俺の目は誤摩化せないぜ!」
パンサーは地面を這いずるように接近して来る美奈子を見つけた。
「でも、遅くてよ」
美奈子は不敵に笑い、パンサーの顎にアッパーカットを炸裂させた。
「ぬぐお!」
パンサーはもんどり打って仰向けに倒れ、口から夥しい血を吐いた。
「今のは只のアッパーではないのよ、おバカさん。全体重が乗った普通のアッパーの何倍もの破壊力なの」
血反吐を吐きながらも立ち上がるパンサーをニヤニヤして見ながら、美奈子は言った。
「どうしてなのかわからないけど、あなた達、妙にタフなのよね。私をここまで手こずらせてくれたのだけは、誉めてあげるわ。だから、手加減なしでいく事にしたの」
美奈子の言葉に茶川は目を見開いた。
(いかん。イーヒッヒ。本当に三人共殺されてしまうぞ。イーヒッヒ)
心の中でも笑いを挟んでしまう茶川である。そして、
(仕方がない。イーヒッヒ。最終手段じゃ。イーヒッヒ)
ギアをドライブに入れ、アクセルを踏み込んだ。
「三十六計逃げるに如かずじゃ。イーヒッヒ」
茶川はワゴン車の屋根から大きなアームを三基出し、美奈子に接近した。
「む?」
美奈子はワゴン車を見てその運転者が茶川だと気づいた。
「いよいよ黒幕のお出ましね」
美奈子は腕組みをして、茶川を出方を窺った。すると茶川は伸ばしたアームで真一と香織とパンサーを捕えると、
「茉莉君、乗りたまえ。イーヒッヒ」
茉莉に呼びかけ、茉莉が助手席に飛び込むと、凄まじい勢いでバックし、路地から逃走した。
「私です。すぐに調べて欲しい事がありますの」
美奈子は携帯電話で通話を開始した。
ワゴン車は茶川トラウマ能力研究所(仮)に到着した。
「茉莉君、運ぶのを手伝ってくれ。イーヒッヒ」
茶川は真顔で告げたが、相変わらず笑いをぶっ込んで来るので、茉莉はイラッとしてしまった。
「大丈夫なんですか、博士? 病院に連れて行った方がいいのでは?」
茉莉が三人の怪我の状態を見て意見すると、
「そのスーツには自動治療装置が内蔵されておる。イーヒッヒ。時期回復するじゃろう。イーヒッヒ」
「ええ!?」
まるで魔法ね。茉莉は仰天した。そして、
(やっぱり、私も欲しい)
そうも思った。すると、
「茉莉君、実は君にもスーツを用意したのじゃ」
「え?」
つい、嬉しそうな顔で茶川を見てしまう茉莉である。
「明野明星美奈子の強さは、まさにわしの想定外じゃった。イーヒッヒ」
二人は真一達を研究所の奥にある休憩室のソファに運んだ。
「これじゃ、茉莉君」
真一達の様子を見ていた茉莉に、茶川が翠色の特攻服を差し出した。
「でも、私にはトラウマがないからダメだって、博士が……」
茉莉は受け取りながらもそう言って突き返そうとした。すると茶川は茉莉をジッと見て、
「茉莉君にもトラウマがあるではないか」
「え?」
茉莉はキョトンとした。茶川の視線の先には、茉莉の胸があった。
「わ、私は別に……」
慌てて胸を特攻服で隠した。茶川は、
「そうか。わかった。イーヒッヒ。では、別の誰かに渡すとしよう。イーヒッヒ」
そう言って、茉莉から特攻服を取り上げようとしたが、何故か茉莉は放さない。
「茉莉君、放してくれんと困るぞ。イーヒッヒ」
茶川がニヤリとして言うと、茉莉は顔を赤らめて、
「はいはい、そうですよ! 私は貧乳がトラウマです!」
茶川から特攻服を取り返して、自棄気味に叫び、プイと顔を背けた。
「あら? 村崎さんだけ、変身が解除されてる」
茉莉は香織が元の姿に戻ったのに気づいた。
「香織君の怪我が一番軽かったのじゃ。イーヒッヒ。次は恐らく黒田君じゃろう。イーヒッヒ」
茶川の指摘どおり、次に変身が解除されたのは、パンサーだった。
「それにしても、明野明星美奈子の強さは恐るべきものじゃった。イーヒッヒ。明日から、放課後に特訓をするぞ。イーヒッヒ」
茶川の宣言に茉莉はゾッとしてしまった。
(本当に明野明星さんに勝てるのかしら?)
茉莉は不安になっていた。