戦その拾陸 追いつめられた赤と紫
ヤンキー戦隊グラスマンのヤンキーパープルこと村崎香織を助けるためにヤンキーレッドの変身した赤井真一。
その思いの半分以上は下心からだったが、それが戦いに悪影響を与えているのを彼は知らない。
「はあ!」
真一と香織は、練習したとしか思えない息の良さで、蹴りと突きを繰り出したが、生徒会長の明野明星美奈子はその悉くを軽くかわした。しかも、余裕の笑みを浮かべたまま。
「それでおしまいなの、不良達? やはり、あなた方のような空っぽのおつむでは、その程度のフォーメーションしかできないのでしょうね。可哀想で仕方がないわ」
美奈子は口に右手を添え、オホホと嘲った。
「く!」
真一と香織はほぼ同時に歯軋りをした。傍目には、頭の悪さを笑われたヤンキーが悔しがっている図に見えるが、真実はそうではない。
(このスーツを身に纏えば、無敵じゃなかったの?)
正義の味方になれた事が嬉しかった香織は、スーツの開発者である茶川博士の事を疑い始めていた。
(ああ、香織さんの前でカッコ良く戦いたかったのに!)
真一もまた、スーツの使用上の注意を守っていなかったのだ。というか、使用上の注意をきちんと教えていない茶川が悪いのかも知れないが。
(明野明星美奈子、化け物なの?)
彼女達の戦いを見ていた笹翠茉莉も、美奈子が驚異的に強いと思っていた。
美奈子も並外れた身体能力なのは確かだが、それだけが理由ではないのである。
(さすが、会長! あんな馬鹿者なんて、敵ではないのですね!)
生徒会役員の五島誓子は、憧れの眼差しで美奈子を見ていた。
「もう一度だ、ヤンキーパープル。もう一度、いくぞ!」
真一は乱れたリーゼントを撫でて直しながら、香織に言った。
「オッケー、ヤンキーレッド! 私達は無敵のヒーローなんだもんね!」
香織は真一を見ず、美奈子を睨みつけたままで応じた。
(香織さん、そこは僕を見てよ……)
悲しみが広がる真一である。
「まだやる気? 別に良くてよ。さあ、かかってらっしゃい、不良達」
美奈子は右手の人差し指をクイクイと動かして挑発した。
(ヤラれちゃいなさい、社会のダニ共!)
誓子は中学生の時、不良の高校生に絡まれて、カツアゲされた経験があるため、ヤンキーには人一倍恨みがあった。
「正義は勝つ!」
真一は何の足しにもならない事を叫び、突進した。
「悪は滅びる!」
香織も以下同文であった。
「私が悪? 悪はあなた達でしょ、不良共!」
美奈子の顔が険しくなった。彼女は鬼の形相で走って来る赤い特攻服の男と紫色の特攻服の女を睨め付けた。
(うわ、久しぶりに見た、会長の憤怒面!)
誓子は身震いし、後退りした。
「はああ!」
踵落としを繰り出した香織をかわし、正拳を見舞って来た真一の喉を右手で掴んだ美奈子は、そのまま真一を仰向けに地面に叩きつけた。
「ぐうう……」
普通の人間なら、間違いなく病院送りだが、真一は無事だった。
「おりゃあ!」
香織の左回し蹴りをかい潜った美奈子は、香織の鳩尾に手刀を突き入れた。
「ゲフッ!」
香織は一瞬呼吸が止まり、膝を折った。
「今度こそ、そのふざけたサングラスを叩き潰してあげるわ!」
美奈子はけたたましく笑うと、右の拳を振り上げた。
「まだだ!」
するとその拳を立ち上がった真一が掴んだ。
「まだ意識があったの、驚いたわ」
美奈子は真一に向き直ると、左膝を真一の股間に叩き込んだ。
「ぬぐお……」
真一は意識が飛びそうになった。いくら強くても、そこは急所だったのだ。
「ごめんなさいね、痛いでしょ? でも、女の私にはわからないのよ」
美奈子はそう言って笑いながら、次に股間に右膝を叩き込んだ。
「ぐうう……」
真一は崩れるように前のめりに突っ伏した。
「よし!」
後ろで見ている誓子がガッツポーズをした。
(赤井君!)
茉莉は真一が男として終わってしまったと思った。
「さて、今度は貴女の番よ、金髪さん」
美奈子はニヤリとして地面に両膝を着いてしまっている香織を見た。
「く……」
香織は美奈子を睨み返したが、立つ事もままならない程ダメージを受けていた。
(香織さん……)
激痛に堪えながら、真一は香織を見た。
(茶川博士、ヤンキー戦隊は無敵のヒーローではなかったのですか? それとも、生徒会長が強過ぎるんですか?)
真一は悔しさと悲しさの入り交じった涙を流しながら、今そこへ向かっている茶川に問いかけた。
「さて、もう私もあなた達の相手をするのに飽きて来たわ。そろそろおしまいにしましょうか」
美奈子のその言葉に香織は思わずビクッとしてしまった。
「いいわねえ、そのリアクション。そうでないと、叩きのめし甲斐がないわ」
美奈子はフッと笑い、香織に一歩近づくと、
「その使えない頭で何とか理解して欲しいんだけど、無理かしらね? でも、わかるわよね? 勝者は私。敗者はあなた達だという事くらいは」
その時だった。美奈子は背後に何かが起っているのに気づき、眉をひそめて振り返った。
「はいしゃ、ハイシャ、歯医者!」
そこには身体中からスパークを発している真一が立ち上がり、雄叫びをあげている姿があった。
「な、何!?」
美奈子には真一が何故復活したのか、理解ができなかった。
「歯医者の話はやめろー! もの凄く痛かったんだぞー!」
真一のリーゼントが倍の長さに伸び、身体全体が輝き出した。
「何なの、一体?」
誓子も目を見開いて驚いていた。
(何? 何が起こっているの?)
茉莉も唖然としていた。
「いい加減、潰れなさいよ、このバカ!」
美奈子が苛ついて回し蹴りを繰り出したが、真一はそれより早く動き、すでにそこにはいなかった。
「お前はどうして、俺を苦しめるんだ!?」
真一は美奈子の背後にいた。
「くう!」
美奈子は飛び退いて間合いを取ったが、真一はそれに合わせて美奈子を追いかけて離れなかった。
「許さない! 歯医者の痛みを知らないお前に何がわかるんだあ!」
真一は意味不明な事を言い放ち、美奈子に猛攻を仕掛けた。
「おのれ!」
美奈子はそれでも真一の攻撃を防ぎ、逆に反撃をした。
(赤井君……)
真一の奮起を見た香織は、初めて彼をカッコいいと思った。
「おや? トラウマエネルギーが振り切れとるぞ、赤井君は。イーヒッヒ」
ようやく救援に駆けつけた茶川は、黒いワゴン車の運転席でスマートフォンを見て呟いた。
「え? どういう事ですか?」
助手席に乗っている黒田パンサーは、意味がわからないので、そう尋ねた。
「赤井君は何かが切っ掛けで、トラウマエネルギーを解放できたようじゃ。イーヒッヒ。取り敢えず、よかったよかった。イーヒッヒ」
茶川の無責任極まりない言葉に、パンサーは呆気に取られた。