戦その拾伍 生徒会長の実力
正義の味方に憧れていた村崎香織。今、まさにその正義の味方である「ヤンキー戦隊 グラスマン」のヤンキーパープルに変身している彼女は、喜びに打ち震えていた。
(遂に、遂に願いが叶ったのよ! 悪を倒すわ!)
香織は目の前に直立して待ち受ける鮒津高校の生徒会長である明野明星美奈子を見た。
(きっと、生徒会長は私を只のヤンキーだと思っている。でも、違うのよ!)
香織は自分の身体の中を駆け巡る熱いものを感じていた。
「正義は勝つ!」
香織はそう叫ぶと、美奈子の手前でジャンプし、前方宙返りで勢いをつけて、踵落としを見舞った。
「見え見えよ!」
ところが、美奈子はそれをいとも容易くかわすと、空振りした香織の右脚を回転して払った。
「くう!」
香織が本当に只のヤンキー娘であったら、そのまま地面に倒されていただろうが、彼女は間一髪で側転してそれを回避し、次は左の後ろ回し蹴りを炸裂させた。
「それも見え見えよ!」
美奈子は風を切って迫って来る香織の左脚を左腕で受け止め、
「はあ!」
そのまま両手で掴み、一本背負いを繰り出した。しかも、美奈子は香織の脚を放さずに投げたため、香織も回避ができず、そのまま地面に背中から叩きつけられてしまった。
「終わりよ!」
美奈子はまさしくニヤリとして右足を上げ、大の字に倒れている香織の鳩尾目がけて踏み込んだ。
「まだ終わりじゃない!」
香織は美奈子を睨み返して叫び、寝転んだままの態勢から右キックを放った。
「く!」
美奈子は踏みつけるのを中断し、横に飛んで香織のキックをかわした。
「えい!」
香織は反動をつけて立ち上がり、美奈子を睨みつけた。
(会長、強い……。もしかして、五島さんより、強いの?)
香織は美奈子の後ろで唖然としている五島誓子をチラッと見て思った。
(何、このヤンキー? 生徒会長とあれほどやり合ったのは、今までに一人もいないわ……)
誓子は誓子で、美奈子の強さをよく知っているので、一撃で倒されていない紫色の特攻服を着たヤンキーに脅威を感じていた。
(やはり、明野明星会長が生徒会のトップでいるのは、一番強いからなのね?)
香織は得心がいったのか、フッと笑った。
「やるわね、貴女。なかなかの強さだわ。私と戦って、三十秒以上倒れなかったのは、貴女が初めてよ」
美奈子はニヤニヤとして、バカにしたような拍手をしてみせた。
(明野明星さん、何者なの? あの茶川博士の話だと、変身した香織さんは無敵のはずなのに……)
まだ痛む首を撫でながら、笹翠茉莉は目を細めて美奈子の背中を見た。
「でも、私には遠く及ばない。覚悟はいい?」
美奈子がニヤつくのをやめ、香織を睨み返した。香織は思わずビクッとしてしまった。
(もしかして、やられちゃうの、私?)
逃げ出したくなる衝動に駆られたが、身体は違う反応をした。
「それはこっちの台詞だよ、明野明星美奈子!」
右手でバシッと生徒会長を指し示したのだ。しかも、それに続けて、中指だけ立てて、挑発した。
(何をしてるの、私? 下品だわ!)
香織の心は、自分の仰天行動についていけなくなりかけていた。
「減らず口を叩くのも、そこまでよ!」
次の瞬間、美奈子が風を巻いて走り出した。一気に両者の間合いがつまり、香織の目の前に美奈子が現れた。
「う!」
香織は瞬時に飛び退き、美奈子の正拳突きをかわした。
「逃がさないわ!」
美奈子は嬉々として言い放つと、また間合いを詰め、今度は香織の顔面目がけてハイキックを見舞って来た。
「く!」
香織は 上体を前に倒して美奈子の懐に飛び込み、タックルをかけようとしたのだが、
「甘い!」
素早く右脚を引っ込めた美奈子は、左の膝を香織の腹に突き入れていた。
「ぐう……」
香織はその衝撃に堪え切れず、崩れた。
「次はそのふざけた紫色のサングラスを叩き潰してあげるわ!」
美奈子は香織の長く伸びた金髪を掴み、トゥーキックを顔に見舞おうとした。
「それ以上は許さない!」
すると美奈子の腕を横から掴んだ者がいた。
美奈子と誓子と茉莉が一斉にその人物を見た。そこには、赤いサングラスに赤い特攻服を着たでかいリーゼントのヤンキーが立っていた。
「もう一人いたのか?」
美奈子は舌打ちしてそのヤンキーを見た。
「ヤンキー戦隊グラスマンのリーダー、ヤンキーレッドだ!」
変身した赤井真一は美奈子の手を香織の髪から放して、香織を庇うようにして立った。
しかし、ヤンキー戦隊の生みの親である茶川は、黒田パンサーをリーダーだと言っていた。
何も知らない真一は哀れである。
(いつから赤井君がリーダーって決まったの?)
香織と茉莉は、ほぼ同時にそう思った。
(戦隊のリーダーと言えば、レッドでしょ?)
真一は自分の台詞が決まったと思い、フッと笑った。恥ずかしい奴である。
「まあ、何人いようと、差し支えはなくてよ、不良達。いっぺんに相手をしてあげるから、自分のタイミングでかかってらっしゃい」
美奈子は乱れた制服を直して、嘲るような笑みを浮かべ、腕組みをして真一と香織を見た。
その頃、襲撃して来た生徒会一の巨漢である士藤四郎を雁字搦めに縛り上げた茶川は、
「これから、赤井君と香織君を助けに行くんじゃが、君はどうする、黒田君? イーヒッヒ」
緊張感の欠片もない笑い声を挟んで尋ねた。パンサーはビクッとして、
「え? どういう事ですか?」
すると茶川は白衣のポケットからスマートフォンを取り出して、
「二人が、明野明星美奈子と戦っているんじゃ。イーヒッヒ」
それには、どういうシステムなのか、美奈子と戦っている真一と香織が映っていた。
「ええ!?」
パンサーはその団栗眼を更に見開いて驚愕した。そして、
「でも、二人も強くなっているんですよね? 大丈夫じゃないですか?」
一緒に行くのは嫌だと言えないので、そんな事を言ってみた。
「いや、確かにトラウマ能力を最大限に発揮できれば、ヤンキー戦隊はほぼ無敵じゃ。イーヒッヒ。じゃが、今の赤井君と香織君は、そうではない。イーヒッヒ。じゃから、助けに行くんじゃよ。イーヒッヒ」
非常に重大な発言をしているはずの茶川なのだが、笑い声が挟まれる事によって、冗談にしか聞こえない。
「そんな!」
パンサーは更に怖くなってしまった。
「行きたくないのであれば、帰って構わんよ、黒田君。イーヒッヒ」
茶川が真顔で言った。そのせいで、パンサーには、
「生きたくないのであれば」
そう聞こえてしまった。
「行きます! 一緒に行きます!」
パンサーは慌てて茶川を追いかけ、黒のワゴン車に乗り込んだ。
「それでこそ、ヤンキー戦隊のリーダーじゃ、黒田君。イーヒッヒ」
茶川は微笑んで告げた。
「いやあ……」
単純なパンサーは、照れ臭そうに笑った。
間接的に可哀想なのは実はリーダではない真一であった。