戦その拾壱 グラスマン活動開始!
赤井真一、村崎香織、黒田パンサーの三人が一番心配したのは、変身した時の姿だったが、サングラスと特攻服を脱ぐと、嘘のように元の姿に戻れた。
「まるで魔法ですね、博士」
正義の味方になれたのが余程嬉しいのか、真一は興奮気味に茶川博士に言った。
「そうじゃろう? イーヒッヒ。じゃがな、わしははかせではない。イーヒッヒ。ひろしなのじゃ。イーヒッヒ。何の資格も持っておらんからの。イーヒッヒ」
茶川はそう言いながらも、ドヤ顔をしている。真一は別段何も感じていないようだが、横で聞いていた笹翠茉莉は、「イーヒッヒ」の連発に切れそうになっていた。
(このジジイ、気持ちが昂ると、余計に癇に障る笑い声をぶっ込んで来るわね!)
自分用の変換スーツを作ってもらったら、一度茶川を締めようと思う茉莉である。
「でも、すごいですね。このスーツ、どういう仕組みになっているのですか?」
三人の中でも取り分け変身後の姿を気に入っている香織が目をキラキラさせて尋ねた。
それを見て真一が嫉妬する。
(香織さん、君の恋人は僕なんだよ! 茶川博士をそんな目で見つめないで!)
すでに妄想ではキスまですませたつもりの真一は敵意に満ちた目で茶川を睨んだ。
「それは秘密じゃ。イーヒッヒ」
茶川はニヤつきながら、香織を見た。そして、
「香織君がわしとデートしてくれるのなら、教えてあげてもよいぞ。イーヒッヒ」
トンデモ発言をかまして来たので、真一と茉莉がギョッとして茶川を見た。
「え? ホントですか? 私みたいな暗くて地味なブスと?」
香織は謙遜でも何でもなく、本気のレベルでそう思っているので、とても驚いた顔をしている。
「香織君は少なくともブスではないぞ。イーヒッヒ。わしの中では、茉莉君より上位じゃ。イーヒッヒ」
茶川がまた不用意な一言を言い放った。だが、茉莉も香織の手前、露骨に怒る事ができず、顔を引きつらせるだけだった。
「ええ? 学校で、津野原那菜世先生と人気を二分している笹翠先生より上位だなんて、あり得ません!」
香織は恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。
(可愛い……)
真一ばかりでなく、パンサーまでも香織の控え目な仕草を見てキュンとしてしまった。
「え? そうなの?」
Z県立鮒津高校の英語教師である那菜世と人気を二分しているなど、全く感じてもいない茉莉はキョトンとした顔で香織を見た。
(笹翠先生は僕の初恋の人だから、それくらい人気があるのは当然だ。だけど、香織さんの前ではかすんでしまう)
真一の妄想劇場が第二章に突入しようとしていた。
(だからこそ、茶川博士を虜にしてしまうのも無理はないけど、恋人は僕なのだから、断わって欲しい)
何かを訴えるように香織を見る真一だが、
「私でよければ、喜んでデートします」
この世の終わりのような発言を聞き、血の涙が出そうになった。
「いや、本当はデートしてくれても教えられんのじゃよ、香織君。イーヒッヒ」
茶川も、まさか承諾されるとは思っていなかったので、嫌な汗を掻きながら言った。
「そうなのですか……」
悲しそうな顔で応じる香織を見て、真一は更にショックを受けてしまった。
パンサーは何とかこの奇妙な「企画」から逃れられないかと思案していたが、
「こんなものを持ち帰ったら、両親に叱られてしまいますので、置いていきますね」
そう言って、特攻服とサングラスを茶川に返そうとした。すると茶川は、
「それなら心配要らんよ、黒田君。イーヒッヒ。コンパクトにできるから誰にも気づかれずに持ち運びが可能じゃ。イーヒッヒ」
特攻服の襟に着いている白いボタンを押すと、サングラスと一緒に収縮し、黒いリストバンドに変わってしまった。
これにはパンサーだけではなく、茉莉も真一も香織も目を見開いてしまった。
「ほい」
茶川は唖然としているパンサーの右手首にリストバンドをはめた。
「君達もやってみてくれたまえ。イーヒッヒ」
茶川に促され、真一と香織も特攻服とサングラスをリストバンドに変えた。
真一は赤、香織は紫である。二人は顔を見合わせてから、茶川の頷きに応じ、リストバンドを右手首にはめた。
「次からは、『変身装着』と叫ぶだけで、グラスマンに早変わりするのじゃ。イーヒッヒ」
真一は嬉しそうにリストバンドを撫でた。香織はそれをジッと見つめている。
(よし、家に帰ったら、燃やそう。そして、なくしたとでも言って、抜けさせてもらおう)
パンサーも表面上は喜んでみせていたが、すでに脱退を考えていた。
「そのバンドはそのままで入浴もできる。イーヒッヒ。夜寝る時も心配要らない。イーヒッヒ。他の者の悪用防止のために決して取り外す事ができない仕組みになっているから、安心してくれ。イーヒッヒ」
茶川の解説を聞き、パンサーは絶望に打ち拉がれた。
(そんな……)
彼は項垂れてしまった。
(どうしたらいいんだ? 僕は嫌だ。普通に暮らしたいんだ!)
そんなパンサーの思いも虚しく、三人はまた茶川の運転する黒のワゴン車に乗せされ、町に戻った。
「この事は、秘密じゃ。誰にも言ってはならない。イーヒッヒ。もちろん、家族にもな。イーヒッヒ」
真剣な表情で告げる茶川だが、「イーヒッヒ」が台無しにしていると思う茉莉である。
そして、「茶川トラウマ能力研究所(仮)」に戻る途中、茉莉は助手席で話を切り出した。
「博士、私にもスーツを作ってください」
最初は下手に出ようと思い、微笑んで言ってみた。
「それは無理じゃよ、茉莉君。イーヒッヒ」
茶川を前を向いたままで言った。
「どうしてですか?」
切れる前に一応理由を問い質そうと思った茉莉は、まだおとなしめの口調で尋ねた。
「君は強い心を持っておる。イーヒッヒ。心に傷を抱えた者でなければ、あのスーツを着ても、何も起こらんのじゃよ。イーヒッヒ」
茶川は真顔で言った。茉莉はハッとした。
「茉莉君は十分いい女じゃよ。イーヒッヒ。胸が小さくても、心配要らん。イーヒッヒ」
何故か、茶川は茉莉の心を見抜いていた。
「ち、小さくないですから!」
茉莉は赤面しながら決して大きくはない胸を両手で隠した。
そして、翌朝。まだ誰も登校していない鮒津高校の生徒会室に役員が集合していた。
「皆さん、朝早く、ご苦労様です。今日の議題は、養護教諭の笹翠茉莉先生についてです」
議長席に座っている生徒会長の明野明星美奈子が、探偵事務所が提出した報告書を掲げて言った。
副会長以下、会長の目の鋭さに緊張し、黙って頷いた。
「彼女は、かつてこの鮒津高校の在校生でした。そして、当時の生徒会と悉く対立していたようです。それは、彼女が裏番、要するに影の番長だったからです」
副会長の二東颯が目を見開いた。
「そしてまた、笹翠先生は我が生徒会と対立しようと画策しているようです」
会議テーブルの中央にスーッと投げ出されたのは、鼻の下を伸ばした茶川の写真だった。
「男の名前は茶川博士。笹翠先生はこの男と何度か接触しているようです。何をしようとしているのか、徹底的に究明し、彼女の裏の顔を炙り出して、我が生徒会の下僕とするのです」
美奈子は立ち上がって両手でバンとテーブルを叩いた。二東以下の役員はビクッとして美奈子を見た。
「いいですね」
美奈子はニヤリとし、一人一人をゆっくりを見渡した。