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消えたにわとり(2)

~田川~

 田川が授業をさぼるところを見たことがない。いや、授業中に保健室やほかのところに消えるのはひょっとしたら俺くらいなのかもしれない。実際に保健室に行くと言って、行っているのだから文句はないだろうと思っている。ま、学校と言う所はテストで点を取れば見方が変わるところでもある。だから俺はテストに賭けているのだ。今はこの見た目のため不良と思われているが、テストの点数で結果が変わると思っている。別に学年1位を狙っているわけじゃない。上位に入れさえすればいいと思っている。学年1位は確か入学式の時に挨拶をしていた竜村とかいう女の子だ。3組の学級委員長と聞いている。髪を左右に分けて結んでいて、少しだけ茶色に染めて黒い大きなメガネをかけていた。それがガリ勉という感じじゃなくおしゃれに見えるからまた不思議な子だった。普通は学年1位だとプレッシャーもすごいと思うのだがクラスの中心になっていると聞いている。こういうのを勝ち組というのだと思った。俺はこの赤い髪のせいでレッテルを貼られる。だから中学の時は「あっち」に行かせてもらっていたのだ。でも、やはりずっとというわけにもいかない。だから「こっち」に来たのだがどうしてもなじめない。そう思いながら俺は後ろに田川が付いてきているのを確認して、立ち入り禁止のロープをまたいだ。この先に屋上に行く扉がある。

「ちょっとどこ行くのよ?」

 田川が言いながらスカートを抑えながらロープをまたいでいる。俺はロープを上から力いっぱい踏んづけてこう言った。

「屋上。きもちいいよ」

 今日は昨日と違って快晴だ。「サツキバレ」というやつだ。本当は芝生の上で寝転がりたい気分なのだが、教室から丸見えのためそれは出来ない。芝生の代わりが屋上なのだ。

「ちょっと、いつもこんなことしているの?」

 田川が言ってくる。いつもじゃないが屋上への上がり方は入学してすぐに調べてしまった。やはりどこか居心地がいい場所を探したいからだ。一人になれる場所がほしくなるのはわかっている。

「たまに」

 そう伝えた。実際4月は教室が騒がしくて授業にならないときは屋上に上がっていた。金網もしっかりしているがあまり金網に近づくと2年の教室から見えてしまうので給水タンクの裏に腰かけるのが丁度いい。ま、日当たりはちょっと悪くなるけれど、段差もあり座るには適している。

 屋上へ上がる階段を上り、無造作においてある三角コーンとかを横にどける。俺一人だとどうでもいいのだが、田川もいるからと思い道を作る。その奥にある扉を開ける。そこには澄み渡った青い空が見えた。白い雲がなびいている。

「わー。気持ちいい」

「あんまり金網近くに行くと2年の教室から見えるぞ。見つかるとめんどくさい。こっちに」

 そう言って、俺は給水タンクの近くに田川を呼んだ。田川が言う。

「こういう所があったんだね。知らなかった」

 まあ、普通に学校に来ていて屋上に上がることなんてそうそうないのかもしれない。しかもあの無造作に置かれたいつ使うのかわからない塊をどけないと扉にすらたどり着けないのだから。ま、でもそこに扉があるということは開けていいことだと俺は思っている。さて、連れてきたはいいけれどどう聞いたらいいのか迷っていた。とりあえず空を見る。やっぱり晴れは気持ちがいい。そう思って空を眺めた。田川が言う。

「何も聞かないのね?加藤先生から頼まれたんでしょう」

「ああ、頼まれたな」

 頼まれはしたけれどどう切り出していいかわからない。それに明らかに田川は何かを隠している。

「だって、言いたくないのに無理に話す必要はない。それに隠すということは隠したい何かがあるからだろう」

 そう言った。雲が流れていく。田川を見る。田川は釣り目というか猫のような目をしている。ネコっぽく見えるのは化粧のせいかもしれない。そんなに濃い化粧をしなくてもいいのにと思ってしまう。田川が言う。

「何か隠していると思っているの?」

「そう、思う」

 今まで人間観察ばかりしてきたからわかる。田川は確実に何かを隠している。それが何かわからないが、知られたくないから隠しているのか、嘘をついているのだろう。そして、どこかで自分に線引きが出来ていない。そう感じるのだ。理由はわからない。ただ、なんというかしっくりこないのだ。元気のない田川は今自分自身が嫌いなのだろう。だが、うまく言えそうにない。とりあえず田川の問いかけにはゆっくり頷いた。

「そっか、羽島にはばれていたか」

 いや、多分俺だけじゃないと思うぞ。結構バレバレだったと思う。だが、それは心の中にだけにしておいた。田川が言う。

「なんていうかさ。私ってこんなんじゃん。だから、つい強がって。でも、内心びくびくしているのよ。今だって授業さぼって屋上なんかにいることなんて不良じゃんって思うの」

 そう言われて授業をさぼることが不良なのかと思った。俺の中の不良の基準は他人に迷惑をかけることだ。騒がしい授業や居づらい教室を出ることは普通のことだと思っていた。違うのかな。しかも、『こんなんじゃん』の意味もよくわからない。一体何を指しているのだろう。わからないので黙っていたら田川がさらに話し続けてきた。

「だからさ、びっくりしたんだよ。羽島って怖いと思っていたから。でも、近藤からいいやつだって言われて話したらホントにいいやつだし、今だって私が教室に居づらいから連れ出して来てくれり、しかも何も聞かない。ありがとう」

 聞き出そうと思っていたけれどどう切り出していいかわからないんだよね。なんだかものすごく勘違いをしているような気がする。でも、いいヤツって言われてちょっとうれしかった。田川が続けて話す。

「なんかさ、羽島になら話せそうな気がする。ま、私の独り言だと思って聞いておいて。実は昨日勢いで吉野を呼び出しはしたんだけれど、吉野一人で来なかったんだよね。サッカー部の人が後2人いたの。こっちは私一人。もう無理かもとか思ったの。やばかったのよね。押し倒されそうになって、あの吉野って遠くから私を見て笑っていやがった。そしたら、大河原がやってきて止めてくれたの。一瞬何が起こったのかわからなかった。そしたら吉野のやつ『怖かった』とか言いやがって、大河原に抱きつくの。怖かったのはこっちだっちゅうの。ホントにムカつくからそのまま目の前まで歩いて行ってビンタしたんだよね。それが真相。でも家に帰ってピアスが無くなっていることがわかって、あの飼育小屋の前でもみくちゃにされた時かなって思ったの。あのピアスは大事なピアスなの。中学の時に好きだった先輩がくれたもの。先輩はいなくなっちゃったけれど、唯一の残りがあのピアスだったの。押し倒されたときかと思って学校に早く行ったの。飼育小屋を見たけれど見つからなくてね。そうしたら背後から何かを感じてよけたの。金属バットで殴られそうになった。怖くて逃げたんだけれど多分それがあの犯人だと思う。けれど、見えたのはサッカー部のかっこのように見えた。背は低かったな。それだけ。顔はアイスホッケーか何かので隠していた。なんかごちゃごちゃだった」

 え~と、服装はサッカー部のユニフォーム、手に金属バット、顔はジェイソンということね。なんか用具室にでももぐりこんだんだろうな。サッカー部の更衣室には色んな部の物のがあると聞いたことがあるがさすがにアイスホッケーの防具はないだろう。いや、誰かがあのお面みたいなものだけを持ってきているということはあるかもしれない。実際うちの学校にアイスホッケー部はないから冗談で持ってきただけなのかもしれない。だが、なんかそこまで変装をしないといけないものなのだろうか。しかも、中にいた鶏が逃げ出すくらいに。田川が続ける。

「それで怖くて逃げたの。ホントびっくりした。だから飼育小屋がどうなったのか私は知らない。でも言えないじゃない。私が逃げ惑っていたなんて」

 俺は田川の思いはよくわからなかったけれど、無理をしているんだと思った。

「無理すんなよ」

 そう言って、俺は田川の頭の上に手を置いた。俺を見上げる田川の顔は泣いていた。田川が言う。

「いいじゃない。私、私。ヅカ先輩に言われて強くなろうって決めたの。忘れないためにピアスを開けた。ヅカ先輩との思い出もなくなっちゃった」

「俺が探してやる」

 言ってしまった。けれど、俺の胸で泣いている田川を前に「頑張れよ」とか言ったらまるでアンデッドに聖水をかけるみたいな仕打ちじゃないか。だからこう、言ってしまったんだ。

「でも、どうやって?」

「まかせとけ。とりあえず、涙が引いたら教室に行けよな」

 俺はそう言って屋上を出た。向かう先はまずは飼育小屋だ。


 学校の端にひっそりと飼育小屋はある。木でできた小屋。緑色の網で正面が囲われている小屋だ。中には鶏が2羽いたらしい。らしいと言わないといけないのは俺は飼育委員でもないし、面倒を見ていたわけでもない。そう、このスペースは人がたまに来るので俺のベストスペースではなかったからだ。実は入学してからどこかに自分が落ち着ける場所がないかと探したものだ。流石に上級生がいる棟に行くことはない。そう思うと2年がいる棟との間つまりH側の中かその周囲だと思った。校門から一番近いのが1年生の棟だ。そして、校門から反対側にある敷地内の隅にひっそりと飼育小屋はある。周りは桜が何本か成っていて視覚的には隔離された場所と言える。校舎奥の細道を使えば用具室にたどり着く。俺は屋上から2階まで降りて端まで歩いていく。授業中のため芝生の上を歩くと授業を受けている生徒や教師が俺を発見してしまう。こっそりが俺のモットーだ。だから2階の端に行き階段を降りる。そう言えばこの先に保健室があるな。赤土さんはどうしているのかと思ったが流石にまだ話しができるような状況ではない。それに今回は自分で解決して話しをしてみたい。階段を降りると三角コーンとポールで飼育小屋付近に近寄れないようになっていた。ここから見ると扉付近が壊れている。へしゃげていて隙間ができている。でも、思ったのだ。普通ならおびえて奥に行くんじゃないだろうか。動物ってそうだろう。危険を察知したら逃げようとするだろう。鶏が金属バットの方に向かって脱出したとは思えない。誰かが鶏を取り出したんだろう。どうしてだ。食べるのか。でも、解体するのも一苦労だろう。血も出るし、血も出るし。って、俺は血を見るのが嫌いだ。このガタイ、風貌からよく声をかけてくる連中は暴力的だし、相手をなぐって血が飛び散るのを普通に見て楽しんでいやがる。俺の感性にはないものだ。といっても俺も鶏肉はよく食べる。特にささみなんてどれだけ食べているかわからないものだ。でも、どうしてか生きている鶏を見るとこいつを食べてやろうって気にはならないんだよな。ここにいても仕方がない。それにここは田川が調べたはずだ。消えたピアスに鶏。鶏はおそらく誰かが連れ出したのだろう。でも、何のために。とりあえず俺は次にサッカー部が更衣室として使っている部室に向かって歩いて行った。


 うちのサッカー部はそこそこの強豪だ。県大会でたまに優勝をして、全国大会に行くことがあるのだ。中にはどこかのユースチームに所属をしていた人とかもいるらしい。今年は県大会優勝ができるのではとか気合いが入っているとどこかから聞いた。そうだ、大河原からだった。大河原は身長が高いこともあって注目されている。確かに運動神経もいい。顔もいい。そして俺が望む細い体だ。体重が軽いせいなのかわからないが足がやたらと速い。それもまた一つの魅力らしい。けれど、そんな大河原でもレギュラーではない。なかなかに難しい世界みたいだ。俺もバスケットをしていたからわかるがレギュラーになるために練習をしていた。実際補欠までしかなれなかったが。ま、どうでもいい話だ。

 そういうわけで、サッカー部は結構優遇されていて、他の部活動と違って結構大き目の更衣室兼部室がある。といってもプレハブ小屋だが。そう、子の細道を抜けて3年校舎の奥にある。扉の前にいってみる。開いているかなと思いノブを回したが鍵がかかっていた。まあ、そうなんだろう。とりあえず、この中にジェイソンの面があるのかを探したい。本当にサッカー部なのかどうかが知りたいからだ。考えたが大河原に聞いてみるくらいしか思いつかなかった。時計を見ると後ちょっとで授業が終わる。とりあえず教室に向かうか。


 1組の教室を覗く。田川は席にいなかった。まあ、今日は気持ちのいい「サツキバレ」だから空を眺めているのも気持ちいいはずだ。そして、2組の教室を覗く。窓側に大河原が座っている。早くチャイムがならないかと待っていた。チャイムが鳴る。教師が出ていく。教室の後ろの扉を開けて中に入る。

 一瞬教室がざわつき、静かになる。俺はまっすぐ大河原の所に向かって歩いて行った。

「ちょっといいか?」

 そう言って、俺は大河原に教室を出るように言った。このまま部室前まで行こうかと思ったが鍵を持っていなかったら困るなと思った。とりあえず中庭にでも行くか。そう思い中庭に降りて行った。大河原は後ろから無言でついてくる。中庭について向かい合う。なんか目線をこっちに向けてこない。仕方がないのでベンチに座った。

「話しがある」

 自分でそう言って、そりゃそうだろうって思った。大河原が言う。

「上野のことか?」

「いや、違う」

 そう言いながら呼び出したはいいけれど、何から話せばいいのか考えてしまった。とりあえず昨日のことと今日田川に起きたことを聞こうと思った。そう、それが今回の事件の鍵だと思っているからだ。ま、赤土さんに後から「最低、です」って言われなければいいと思いながら俺は話し出した。そう、結果が何を連れてくるのかを考えもせず。





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