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彼氏のログ(3)

~赤土~


 保健室には独特の雰囲気がある。匂いもそうだが白いシーツにカーテンにブラインド。白いものが俺は好きだ。俺の肌も白い。これだけは好きなところだ。日に焼けると赤くなってしまうのでこれからの季節は気を付けないといけないことが多い。後は太陽光線も苦手だ。本当ならばサングラスをかけたいくらいなのだが、この180センチ、赤髪で、筋肉質の俺がサングラスをかけるとそれこそ不良にしか見えない。瞳が黒ならばよかったのにとか思う時もある。微妙に青がかった灰色なんだ。ま、じっくり見るやつが今までいなかったから誰にも気が付かれずにいる。

 保健室に向かう。逸る気持ちを抑えきれずに早歩きになってしまう。保健室の扉をガラガラと開ける。

 ガタ。

 音がした。目の前に赤土さんがいる。松葉づえを盾にしてこっちを見ている。

「保健室の先生は、いま、せん」

 赤土さんにそう言われた。保健室には赤土さんしかいない。そう言えば前もそうだったな。とりあえず、保健室の端にある黒革のソファに座った。

「出て行って、くだ、さい」

「いや、ちょっと相談したいことがあって」

「私はしたく、ない、です」

 う~ん、かたくなだな。どうしたら相談に乗ってくれるのか悩んでいた。そうしたら赤土さんがこう言ってきて。

「相談、乗ったら、出て行ってくれ、ます、か?」

「ああ、出ていくよ」

「もう来ないって約束、して、くれ、ます、か?」

「いや、しない」

 変な沈黙が続く。赤土さんが言う。

「ストーカーさん」

「いや、羽島です」

「羽島ストーカーさん、なんで保健室に来るん、です、か?」

 なんでって言われると難しい。赤土さんに会いにと言いたいけれど言うと余計に警戒をされそうだ。でも、そもそも俺はどうして赤土さんに会いたいんだ。そう思って赤土さんの方を見た。黒く長い髪、艶のあるその髪を引き立てるように白い肌、そして大きな瞳は少し眠たそうにも見えるとろんとしている。まるっとした輪郭、150センチくらいの小さい体。俺は一目ぼれをしたんだ。この人に。では俺はどれだけこの赤土さんを知っていると言うんだ。話してみると対人恐怖症なのかいつも何か盾にしている。俺が怖いのかと思っていたがそうじゃないのかもしれない。なんというか守ってあげたいんだ。でも、こうゆっくり、おどおど話しながらたまに毒を吐く。このギャップにやられてしまったのかもしれない。でも、好きなのかと言われるとそうじゃないようにも思ってしまう。気になるのだ。もっと赤土さんのことを知りたい。そう思うんだ。

「俺は、もっと赤土さんのことが知りたい。昨日までの俺は最低だったかもしれない。でも、赤土さんが言ってくれたから変わろうと思ったんだ。だから、もっと知りたい。今は無理でも」

「無理、です」

「え?」

「無理、です。私は、一人で、いたい」

「どうして?」

「羽島さんに迷惑が、かかり、ます」

「迷惑じゃない。それにもし迷惑がかかったとしてもそれは俺が決めたことの結果だ。気にすることはない」

 どんな迷惑がかかるのかなんてわからなかった。けれど、変わるきっかけをくれた人からなら例えどんな迷惑でも大丈夫だ。

「わかりま、した。相談って何、です、か?」

 安堵した。もしここで断られたらこの難問をどう解決しようかと思っていたからだ。

「昨日の件、近藤から感謝されて、それで、なんか誤解されたみたいで友達の上野って子の彼氏が浮気しているかどうかを調べてほしいって言われたんだ。上野の彼氏は大河原って言って、直接聞いたら吉野って子と浮気をしているのは確実なんだ。でも、証拠がなくて」

 自分で言いながらまとまってないなと思った。それで、今日あったことを時系列で話していった。そう、昨日と同じように。うまく伝えられたのか不安だが10分くらい話し続けていた。話し終わってまず言われたのはこうだった。

「やっぱり、羽島最低さん、です、ね」

「いや、名前は光太郎だよ」

「わかりました、最低光太郎はストーカー、です、ね」

 おや、ストーカーが復活した。さっき消えたのに不思議なものだ。消えたりついたりするものなのだろうか。だが、名前で呼ばれるのはやっぱり好きじゃない。それは伝えておこう。

「名前で呼ばれるのは好きじゃないんだ」

「そう、なの?」

「だから羽島でお願いします」

「わかり、ました、羽島最低さん、で」

 どうやらまともに呼ぶつもりはないらしい。もうなんでもいいや。

「で、なんで最低なんですか?」

 とりあえず聞いてみた。いや、今回はなんとなくわかっている。浮気をしていることは確定しているんだ。ただ、それをどう上野に気が付かせるのかが大事なんだと思う。だが、証言しかない。証拠があれば気づかせてあげられるのに。そう思っていた。赤土さんが言う。

「浮気を止めないことも最低、ですが、ここに証拠もあるのに、放置するのも、最低」

 証拠があるだって。どこにだ。ぽかんとしていたらこう言われた。

「何、ぽかんとしているんですか?ひょっとしてアンポンタン・ポカン君だったり、するん、ですか?」

「なんだそりゃ?」

「ドグラ・マグラです、よ。読んでないん、です、か?」

「あいにく教科書にそんな作品はなかった。今日は古典で伊勢物語が出てきたくらいだ」

 ってか、そんな本があること自体はじめて知った。アンポンタン・ポカン君か。また新しい名前を付けられてしまった。赤土さんが言う。

「在原業平朝臣のを習ったのなら余計に、最低、です。このメールを見てなんで、気が付か、ない、の?」

 そう言われてメールを見た。まず大河原からのメールだ。

4月27日 7時31分

「オハイオ。朝ご飯大福だったんだぜ、大福。朝は焼き魚がいいだろうって、シャケとかアジ。大福って俺は女子かよ。

そうそう。昨日部屋にムカデが出たんだよ、ムカデ。山とかで見るカンジ、後は沼?

ま、そんな夜だったからお疲れです、おつ。だから今日は部活さぼりてー。今日顧問いないしって、部長がいる!」

 吉野の返事

4月27日 21時41分

「なくなったの、ゴールネットのスペア。今の大事に使わないといつかネットなしなし。

だから顧問に言ったった。でも、あいつ聞いてないのほとんど。だからその後部長に相談中。大河原くんからも言ってくれると助かりまーす。ま、ガチで尊敬にあたいすーる。」

 大河原の返事

4月28日 8時12分

「2組の佐伯って水泳はやいけれど、犬かきなんだよ犬かき。しかも中二病で『いでよ』とかこの前言っていた『いでよ』。笑うー。そうそう、PCわかる、IBM。調子悪くて動かないんだよな、たりー」

 吉野の返事

4月28日 22時12分

「見つかった、スペア。これでなしなしはなし。顧問に謝ったった。顧問わすれてるし、聞いてなかったんか!なんか振り回され感があるわ、うちら。ま、見つかったからいいんだお。そういえば、愛美のなくしたんだってとけー。知らないかい?見つけたら言ってね、ソッコー」

 大河原の返事。

5月1日 7時31分

「昨日、西高の江口に会った。どっかのユースにはいったらしい。まじですごい。憧れるけれど聞いたら寮の門限に食事にと制約がおおいんだって、制約。

そー。そう。サッカー場にたまに現れる白い子猫。佐伯が拾ってかうんだってよ、もう予防接種とかもすんで。はえーよな、猫好きらしい。俺も子猫ほしい。」

 吉野の返事。

5月2日 7時43分

「次の練習試合旭川大。あるかもね、メンバーの入れ替え。監督も頑固。そこまでないかもだけれど、おっきな。でも、覚悟しておいてほしい。」

 大河原の返事。

5月2日 9時30分

「強いしな、旭川大。でも、俺はレギュラーでしょ、甘い?俺でない試合なんでそんなのノーだよノー」

 吉野の返事。

5月2日 12時54分

「甘えてるぉ。新谷なんて練習深夜までやってるよ、深夜。強豪だものね旭川大。頑張りな。応援するしぃ。」

 もらったメールはこれだけだ。はじめ見た時、最後以外は会話が成立していないと思った。ま、こんなメールのやり取りで浮気を疑うってなんだろうって思った。だが、実際大河原に聞くと浮気をしていることはわかっている。では、このメールに何が隠されていると言うのだ。今日の古今和歌集では、五・七・五・七・七の頭文字をとったら「か・き・つ・ば・た」になるというものだった。ではまず1通目のメールを再度読んでみる。

「オハイオ。

朝ご飯大福だったんだぜ、大福。

朝は焼き魚がいいだろうって、シャケとかアジ。

大福って俺は女子かよ。

そうそう。

昨日部屋にムカデが出たんだよ、ムカデ。

山とかで見るカンジ、後は沼?

ま、そんな夜だったからお疲れです、おつ。

だから今日は部活さぼりてー。

今日顧問いないしって、部長がいる!」

わかりやすいように改行をして書き直してみる。

「お」「あ」「あ」「だ」「そ」「き」「や」「ま」「だ」「き」

 頭文字だけを抜き出してみたがまったくわからない。ひょっとしてアナグラムなのだろうか。だが、考えてもわからない。一つ目がわかりにくいだけなのかもしれない。そう思って二つ目のメールも改行して書いてみた。

「なくなったの、ゴールネットのスペア。

今の大事に使わないといつかネットなしなし。

だから顧問に言ったった。

でも、あいつ聞いてないのほとんど。

だからその後部長に相談中。

大河原くんからも言ってくれると助かりまーす。

ま、ガチで尊敬にあたいすーる。」

「な」「い」「だ」「で」「だ」「お」「ま」

 やっぱりまったくわからない。顔をあげて赤土さんを見る。松葉づえを盾にしながら勉強をしている。

「あの、よかったらヒントをください」

「まだ、わから、ない、の?」

「わかりません」

 考えてもまったくわからなかった。確かに変なメールだとは思っているし、会話も成立していない。赤土さんがこう話してきた。

「何も頭文字とは限ら、ない、わ」

 そう言われて二文字目、三文字目と見ていく。まさか。俺は1通目のメールをもう一度読み返した。

「オハイオ。

朝ご飯大福だったんだぜ、大福。

朝は焼き魚がいいだろうって、シャケとかアジ。

大福って俺は女子かよ。

そうそう。

昨日部屋にムカデが出たんだよ、ムカデ。

山とかで見るカンジ、後は沼?

ま、そんな夜だったからお疲れです、おつ。

だから今日は部活さぼりてー。

今日顧問いないしって、部長がいる!」

 読み返したのは最後の文字。

「お」「く」「じ」「よ」「う」「で」「ま」「つ」「て」「る」

 屋上で待っているとなる。では、2通目はどうなるんだ。

「なくなったの、ゴールネットのスペア。

今の大事に使わないといつかネットなしなし。

だから顧問に言ったった。

でも、あいつ聞いてないのほとんど。

だからその後部長に相談中。

大河原くんからも言ってくれると助かりまーす。

ま、ガチで尊敬にあたいすーる。」

「あ」「し」「た」「ど」「う」「す」「る」

明日どうする。となる。

 鳥肌が立った。なんだこれは。次のメールを見る。

「2組の佐伯って水泳はやいけれど、犬かきなんだよ犬かき。

しかも中二病で『いでよ』とかこの前言っていた『いでよ』。

笑うー。

そうそう、PCわかる、IBM。

調子悪くて動かないんだよな、たりー」

「き」「よ」「う」「む」「り」

 今日無理となる。次はどうだ。

「見つかった、スペア。

これでなしなしはなし。

顧問に謝ったった。

顧問わすれてるし、聞いてなかったんか!

なんか振り回され感があるわ、うちら。

ま、見つかったからいいんだお。

そういえば、愛美のなくしたんだってとけー。

知らないかい?

見つけたら言ってね、ソッコー」

「あ」「し」「た」「か」「ら」「お」「け」「い」「こ」

 明日カラオケ行ことなる。次はどうだ。

「昨日、西高の江口に会った。

どっかのユースにはいったらしい。

まじですごい。

憧れるけれど聞いたら寮の門限に食事にと制約がおおいんだって、制約。

そー。

そう。

サッカー場にたまに現れる白い子猫。

佐伯が拾ってかうんだってよ、もう予防接種とかもすんで。

はえーよな、猫好きらしい。

俺も子猫ほしい。」

「た」「い」「い」「く」「そ」「う」「こ」「で」「い」「い」

「体育倉庫でいい」となった。これは疑問文なのだろうか「体育倉庫でいい?」なのだろうか。次はどうなんだ。

「次の練習試合旭川大。

あるかもね、メンバーの入れ替え。

監督も頑固。

そこまでないかもだけれど、おっきな。

でも、覚悟しておいてほしい。」

「い」「え」「こ」「な」「い」

「家来ない」となった。これも疑問文なんだろう。「家来ない?」なのだろう。なんだか怖くなってきた。次はどうなる。ここから先はその日のうちにやり取りしたメールだ。

「強いしな、旭川大。

でも、俺はレギュラーでしょ、甘い?

俺でない試合なんでそんなのノーだよノー」

「い」「い」「の」

「いいの」だ。これも疑問文なんだろう。「いいの?」なんだろうな。なんだか暗号がとけてドキドキしてきた。次でラストだ。

「甘えてるぉ。

新谷なんて練習深夜までやってるよ、深夜。

強豪だものね旭川大。

頑張りな。

応援するしぃ。」

「お」「や」「い」「な」「い」

「親いない」になる。茫然とした。赤土さんが言う。

「ようやくわかった、みたい、ね」

「ああ」

 衝撃が大きすぎた。

「でも、どうしてこんなわかりにくいやり取りをしたんだろう」

 赤土さんはこう言ってきた。

「多分、楽しかった、んだ、と思う、わ。文章を考える過程から、だから、昔の人は歌に想いをこめたんだ、と思う。わかったら、出て行って、くだ、さい」

 確かにそういう約束だった。俺は約束を守る男だ。うん、破ったらなんか叫ばれそうと思ったからだ。


 教室に戻って俺はメールのこと、暗号のこと、楽しみにしていたんだろうってことを上野に伝えた。上野は泣くか怒るかと思っていたらうなだれていた。そして次に国語辞典を開いて何かを書きだした。上野が言う。

「ねえ、このメールで伝わるかな」

 そう言って見せてもらったメールの本文はこうだった。

「あなたのしぐさ。忘れないよ。思い出の棚。ありがとう、旅立ちは大海原」

 同じように文字を取り出したら「さよなら」となった。ま、文章はなんだっていいのかもしれない。上野が言う。

「あ~、どっかにいい男いないかな~。背がでっかくて優しい人」

 そう言って上野が俺を見た気がするが気にしないようにした。俺のことを言っているなんて思い違いをしてしまいそうだ。それに悪いが俺は黒髪が好きなんだ。上野みたいに茶髪プリンは好きじゃない。上野が言う。

「ねえ、羽島っちはどういう人がタイプなの?」

 なんだ、その「っち」ってのは。今まで言われたことすらない。

「そうだな黒髪のきれいな人」

 そう答えた。まさか次の日に上野が髪を黒く染めてくるなんて思っていなかった。そして、また、次の日に相談をされるとも思っていなかった。次はしかも加藤先生からの相談だった。



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