彼氏のログ(2)
~大河原~
今日の体育はバスケットだ。前にいた学校では俺の背は高いほうではなかった。何を食べたらあんなに大きくなるのだと思っていたが、実際こっちに来たら大きいのは俺だったのでびっくりした。
これが文化の違いなのだろうか。俺はそう思った。バスケットになった理由はただ一つ、雨が降ってきたからだ。だから運動場ではなく体育館を使うこととなった。卓球かバスケットかという話しになったが運よく男子がバスケット、女子が卓球となった。準備体操をするため俺は大河原のほうに歩み寄った。
「うっす」
「おぅ」
なんかよくわからない挨拶をする。ストレッチをはじめる。どう切り出そうかと考えていたら上野がこっちを見て手をふってくる。多分俺にじゃないだろう。
「なんか女子が手を振っているぞ、大河原じゃないのか?」
こっそりつぶやいた。大河原が女子のほうを見て上野が手を振っているのを見てこう言った。
「ああ、彼女というか彼女だな。一応」
なんだか煮え切らない感じだった。沈黙が続く。どうやらこれ以上は聞きだせそうにない。仕方ない、こっちを振ってみるか。
「なあ、吉野って子知ってる?」
「うぁい?」
なんだその明らかに挙動不審な返答は。どっからそんな声が出るのかびっくりした。大河原が言う。
「一体なぜ?」
「いや、同じクラスの上野から調べてくれって言われてさ。ま、直接大河原に聞くのがいいかなって」
ストレートに聞いてみた。大河原が固まっている。そりゃそうだろうな。大河原が言う。
「上野ってさ、俺のメールとか発信記録とか全部知っているんだよ。それが全てだって言っておいてくれ」
なんだか更に煮え切らない。やっぱり聞き耳スキルで情報を集めるほうが楽だなとあらためて思った。だが、別のクラスの情報についてだと聞き耳スキルは使いにくい。さすがに別のクラスに言って眠るとかはできそうにないからだ。俺はそこまでの勇者じゃない。ほら、ゲームの勇者って知らないところでも寝てHPとか回復させるじゃない。あれってすごいと思う。ま、勇者は何しても許されるしな。タンスの中を勝手に家捜ししても許されるし、モンスター狩りというかつあげをしてお金をゲットしてもゆるされる。
「わかったよ。ちなみに吉野ってかわいいの?」
「にょわ」
「どの辺にいるの?」
「ぎょえ」
なんだか大河原って返事の仕方が独特だと思った。いや、嘘です。打たれ弱いんだなって思った。よくこんな感じなのに二股をしようと思ったものだ。無言で目を合わせる。指指した先に黒髪を肩付近にそろえた愛くるしい感じの女の子がそこにいた。背は低い。多分赤土さんと同じくらいの150センチくらいだろう。狸顔で癒し系に見える。マネージャーをしているためか日に焼けて本当に遠目からだと絵に描いたデフォルメの狸っぽく見える。いい意味でだけれど。ま、簡単にいうとかわいらしい感じの子だ。上野はどちらかというと狐顔。人の好みにもよるかも知れないがかわいいというよりは美人がおなんだろうと思う。目もちょっと釣りあがっているからこれまた絵に描いたようなデフォルメ狐のようなのだ。狐と狸の争い。どちらも化かしあいをするのかと思いきや大河原という見た目かっこいい男子に引っかかっている。ま、どうでもいいんですけれどね。
「結構かわいいんだね」
「紹介しないぞ」
「いや、別に大丈夫」
多分、赤土さんに出会っていなかったらかわいいと思っただろう。だが、赤土さんは見た目は完璧な日本女性、いやもとい俺のタイプだ。小さくて白くて黒い髪。髪はしかも前髪がまっすぐに揃っている。そう、昔見たことの有る日本人形みたいなのだ。俺はどうやらそういうのがタイプらしい。茶髪とか日本人の何か大切なものを忘れているように感じてしまう。しかもそれが生え際が黒くプリンのキャラメルのようになっているとなおさらだ。
でも、これでわかったことがある。確実に浮気をしている。クロだ。だが、証拠がない。言動だけだったらしらばっくれられても仕方ない。でも、上野は浮気の証拠が欲しいのだっけ?そういえばそう言っていなかったように感じる。浮気をしていないことを知りたいといいながら浮気の証拠を探している。良く考えたら矛盾だらけだ。ま、人生竹を割ったようにすぱっとしたことばかりじゃないことはわかる。でも、破滅に向かうような矛盾ってどこかおかしいだろう。
そう思いながら俺はバスケットの試合前のアップもかねてチェストパスを大河原としている。試合では目立ちたくないけれど一旦試合になるとスイッチが入ってしまいそうだ。
そう思っていたがやっぱりスイッチが入ってしまった。ボールを求めてダンクシュートを決める。いや、普通にシュートも決める。スリーポイントシュートも得意だ。ま、バスケットに厳しい学校で、クラブだったのもある。どこからか「桜木花道だ」と言われた。その漫画は知っている。そうそれも合って俺はバスケを続けるか悩んだのだ。赤い髪でバスケットをする選手なんていわれたらそう言われても仕方ない。しかも坊主とまではいかないが俺は髪も短くしている。「花道!花道!」どこからか声援が聞こえるが無視し続けた。おれは花道ではない。羽島光太郎だ。だが、試合に集中しているため何も言えない。
もういいや。そう思ったら笛がなった。メンバーチェンジだ。授業だとクラス全員が試合をしないといけない。だからチェンジが早い。もっと全力疾走してもよかったかもと思ったが終わってしまったことだ。どうでもいい。良く見ると卓球場からこっちを見ている女の子がいる。だが、まじまじと女子の方を見ると不良ではなく、「HENTAI」と思われてしまう。だからこっそり覗き見る。これが孤独な俺が習得したもう一つのスキル。覗き見スキルだ。うん、聞き耳スキルといい役に立つスキルなんだが胸を張って言いにくいスキルでもある。
俺は姿勢を変えながらどうやったら覗き見られるか考えていた。大河原がこっちにやってくる。もうちょっとだけ待ってくれ。そう思ったら話しかけられた。
「すごいな、バスケ部に入らないのか?」
「興味ないね」
いや、今興味があるのは俺に視線を送っていたやつについてだ。だが、どうもうまくいかなかったみたいだ。しかも大河原がやってきたため視線が増えたようにも感じる。多分一人は睨み付けている上野だ。ものすごくわかりやすい。そして、もう一人遠くからじっとこっちを見ているのがさっき知った吉野だ。普通に考えたら吉野の勝ちだろう。上野も諦めればいいのに。だが、そう簡単に行かないのだろう。ま、わかるとできるは大違いだって誰かが言っていたのを思い出した。大河原が言う。
「バスケやってたんだろう?」
「まあな」
実際バスケ部がちゃんと活動をしていたら入ろうと思った。だが、ちらっと見た感じだとただの同好会レベルだ。それならばやらないほうがいい。それにトレーニングは毎日続けている。家の近くの公園でだ。ダイエットもかねて体を動かしている。ただ、悲しいかな痩せない代わりに筋肉だけはモリモリついてくれる。目指しているのは大河原みたいな体系だ。背が高く細マッチョだ。実際大河原は細マッチョではなく、細いだけなのだが。大河原が言う。
「もっと愛想よくすれば彼女だってできるだろうに」
「これは生まれつきの顔だ。それに俺はこびるのが好きじゃない」
というかコミュニケーションに自信がない。大河原は中学が「あっち」だったこともあり話しやすいのだ。それもありコンビを組むことが多いのかもしれない。だが、大河原は俺と違ってコミュニケーションがうまい。ま、うまいから二股ができるのだろう。
「んで、上野には内緒にしておいてほしいんだ」
「上野が気がつくのならいいのか?」
「ま、気がつくのならな」
変な沈黙が続く。更に俺が聞く。
「別れないのか?」
「う~ん、どうだろうね」
こういうヤツがいるから女子が泣くことになるのだろう。だが、この話しだけでクロと言って上野が納得するとも思えない。ちゃんとナゾも解いてやよう。そう思った。
ま、それがいいことなのかは別だけれど。
「うらむなよ」
「それはない」
大河原がそう言って俺の肩をぐいっと抱きかかえるようにくっついてきた。どこからか黄色い悲鳴がした。ん?そんなすごいプレーがあったのか?
俺は前を向いたが卓球場から女子が何名か覗き込んでいる。いや顔だけをひょっこりだしているからまるでプレーリードックみたいだと思った。
「サービスだよ。そのうちわかるって」
大河原はそう言って俺から離れていった。一体何のサービスだったというのだろうか。わからない。
体育も終わり教室に戻る。4時間目は何だったかと思い出したら数学Ⅱだということがわかった。数学ってここまで複雑な計算が何の役に立つのだろうと思ってしまう。まあ、それを言うと物理だって、化学だって似たようなものだ。ま、無駄なことに時間を費やすのが学生の仕事だと思っておこう。
着替え終わって席に着くと上野がこう言ってきた。どうやら俺には安息はないらしい。ま、これはこれで楽しいのかもしれない。
「大河原は何て言っていた?」
「彼女は上野だって言っていたよ」
そう言うと上野は一瞬顔を赤くしたが、すぐに「他には?」と言ってくる。不思議なものだ。安心したいはずなのに、浮気の決定的なものを探している。なぜなんだろう。
「別れたいのか?なんだか浮気の決定的な証拠をさがしているように見える」
「不安なのよ」
まあ、実際浮気されているんだから不安もなにもないと思うんだがな。でも、さっき聞いたことは言えない。でも、何に大河原は上野が何かに気がつけばと言っていた。では、どこかに浮気の証拠でもあるのだろうか。
「終わりを望んでいるようにしか俺には見えない」
「そうなのかもね。疑っている自分がいや。でも疑ってしまう」
なかなかかわいいことを言うんだと思った。けれど、実際疑われるようなことを大河原はしているんだよな。だから上野の思いは間違っていない。
「わかった。じゃあ、探すよ。その何かを」
俺はそう言ってしまった。でも、一体どこにあるというんだ。考えてもわからない。そう思っていたら教室にやってきたのは数学Ⅱの教師ではなく加藤先生だった。加藤先生が言う。
「今日、伊佐木先生はお休みなので数学Ⅱは自習です。みんな静かにするように」
俺はそう言われて、席を立った。行く先はもう決めている。保健室だ。加藤先生に「保健室に行ってきます」とだけ伝えて俺は教室を出て行った。どうせ今から教室は騒がしくなる。居ても勉強ははかどらないのなら保健室で今回のナゾを相談しようと思った。