七不思議(3)
(3)
「どう、する、の?」
赤土さんの声でようやく動けた。もし、あのままだったら呆然としたままだった。
「どうするって?」
声が出せた。どうするって何をだ。そうだ、俺は赤土さんに会いに来たのだ。
「追い、かける、の?」
「いや、後にする」
そう、近藤には後で話しをすれば大丈夫だろう。それより今は赤土さんだ。
「さっきも言ったけれど、2年の新谷さんの件なんだ。新聞部からの依頼を受けた。依頼と言っても新聞部のバイトだ。でも、このバイトどこかに掲示されていたわけでもない、しかも話しを持ってきた近藤は友達から聞いただけという。つまりこれは俺を狙った内容なんかじゃないかと思った。でも、俺には新谷さんにこんな依頼をされる理由が思いつかない。で、思ったんだ。赤土さんが理由なんじゃないかと」
俺はそれから七不思議と話しをした。そう、保健室に日本人形のような片足がない女の子がいる。その子と仲良くなると足を切られてしまうという話しも。赤土さんが言う。
「どうして、私だと、思った、の?」
「保健室に日本人形のような片足がない女の子がいる。その子と仲良くなると足を切られてしまう。この不思議を聞いた時はじめは赤土さんが幽霊なのかもと思った。でも、これだけもし本当だったとしても確認ができるって思ったんだ。他のは連れ去れたり、誰かを傷つけたり本当になった確認ができない。つまり不思議を確認するならこの保健室からになる。だから思ったんだ。これは赤土さんが関係しているのじゃないかと」
しばらく赤土さんは黙っていた。
「間違っていた?」
多分間違っていないはずだ。赤土さんが言う。
「じゃあ、話します。こっちでも大丈夫ですか?」
びっくりした。赤土さんは松葉づえを横に置いてまっすぐ俺を見ている。その目に力がこもっている。俺はその目力に押されて頷いた。赤土さんが言う。
「まず、やっぱりあなたは最低です。友達を追いかけなかった。友達はびっくりしていたのだと思います。だって、私とあなたが『英語』でずっと話しているのだから。あなたは感情が高まると知らないうちに『英語』で話してしまうみたいですね」
言われて初めて気が付いた。そりゃずっと今までアメリカにいたからこっちに来てなれないことは多い。でもあっちにいた時から俺にはあまり居場所はなかった。だから『あっち』から『こっち』、そう日本に来たんだ。
「すまない」
気を付けて日本語で話す。赤土さんが続ける。
「でも、私を気遣ってくれてありがとう。そこは変わったのね、羽島さん」
「名前で呼んでくれた」
ちょっとうれしかった。羽島とちゃんと呼んでくれたからだ。赤土さんが言う。
「私は去年に新聞部の新聞がねつ造ばかりだったのでそれを話したの。ただ、話すだけじゃない。ねつ造があったことを証明するために証拠を作った。そう、その記事は一人の教師が生徒にセクハラをしたというもの。実際教師は教育委員会にまで報告が行き依願退職しているわ。私はそれが許せなかった」
「その先生は仲良かったの?」
「別に、普通だった。仲良くも悪くもない。けれど許せなかった。でもその先生は退職しているし、結局どうしようもなかった。けれど、新谷は違った。私をうらんでいた」
「単なる逆恨みじゃないか」
なんだか納得いかない。それになんで罰せられていないんだ。赤土さんが続ける。
「学校も少しは指導をしてくれたみたい。でも変わらなかった。そんな時私が学校の階段から突き落とされたの。犯人は誰かわからなかった。でも多分わかっている新谷が誰かにやらせたのよ。だからはじめあなたが、羽島さんが来たとき新谷が誰かをよこしたのかと思った」
なるほど、だからおびえていたのか。赤土さんが言う。
「でも、羽島さんはウソがつけるほど器用じゃないし、それに新谷はそこまで英語が得意じゃない。難しいことは言ってないと思ったの。後はそうね、勘かな。羽島さんは私の味方だって思えた。でも、結局は迷惑をかけちゃったね」
「迷惑なんてかかってない。それに、気が付けたから」
「でも、どうして?」
俺は大きく息を吸い込んでこう言った。
「違和感があったんです。はじめはその違和感が何かわからなかった。けれど、進めて行ってわかったんだ。取材を依頼しながら不思議はちゃんと把握している。それって依頼をする必要なんかないですよね。聞き込みをして噂をまとめていくのが一番大変なのに、大変な部分はショートカットされている。そう思うとこれはほかに何かがあるって思えたんだ。後は俺も勘かな。赤土さんはずっと気を使ってくれていた。もし本当に幽霊だとして、俺をどこか違う所に引きずりこもうとするのならもっと、こう、なんていったらいいのかなそういう距離になると思ったんです。だからかな」
自分で言いながらまとまっていないのがわかる。やはり日本語だとうまく伝えられる自信がない。赤土さんが言う。
「ふふ、そうね。今回は追加で聞くことはないわ。だって、ちゃんと解決できているんですもの。もう最低さんなんて言えないですね。んで、これからどうするんですか?」
そう、俺はもし自分の考えが正しかったらしようと思っていることがあったのだ。それを赤土さんに伝えた。赤土さんが言う。
「やっぱり最低ですね。でも、止めません。ふふ」
止められたってやることには変わりない。まあ、俺一人ではどうすることもできないが。とりあえず教室に戻って近藤に説明をしないといけない。このことを。それからこれからのことを。
教室に戻り近藤に近寄るとこう言ってきた。
「羽島っち。足ある?怪我してない?」
ああ、そうか。あの「保健室に日本人形のような片足がない女の子がいる。その子と仲良くなると足を切られてしまう」を気にしているからか。確実にねつ造なのに。俺は保健室にいる人は幽霊じゃなく「赤土さん」という2年生の人であること、それと過去のことを簡単に近藤、上野、そして田川に伝えた。田川が言う。
「何それ?なんかうちらいいように使われただけってこと?」
「ってことは、金一封もらえないじゃない」
近藤がそこに怒っている。怒るポイントがよくわからない。近藤にこう言った。
「あ、俺、実力テスト終わったら3丁目のコンビニでバイトするんだわ。まだ欠員らしいから応募してみるか?」
「うん。そうしたら羽島っちと同じシフトで働きたいな~」
どうやらそんなにバイトがしたかったみたいだ。お金に困っているのかな。よくわからないが。上野が言う。
「なんだ幽霊じゃないなら怖くないよ。で、どうするの。このままやられっぱなしにする?」
田川も近藤もやっぱり納得が言っていないみたいだ。俺は用意しているプランを伝えた。田川が言う。
「なんかそれ面白そう。うまくいかなくてもちょっと楽しそうだし」
近藤も言ってくる。
「でも準備大変そうだね。うまくいくかな」
「ま、それは今日の授業中に様子を見てやろう。後はまとめた文章も作っておかないとな。今回騙されたふりをしないとこのプランははじまらないのだから」
俺はみんなが協力してくれるのがうれしかった。近藤が寄ってきてこう言う。
「ねえ、さっきの保健室でのって英語だよね?」
「ああ、そうだ。どうも英語の方がまだ話しやすいんだ」
少し間が開いて近藤はこう言ってきた。
「じゃあ、今度英語教えてよ。私苦手なんだよね。何話していたのか知りたいし」
「話していたのはさっき説明したよ」
「そうじゃなくて、私、羽島っちと英語であんな風に話してみたいの」
「わかったよ」
なんかたまに近藤がよくわからなくなる。まあ、英語の勉強がしたいのだと思うことにした。とりあえずメンバーわけとして俺と田川が授業中に新聞部部室を覗きに行く。近藤と上野が書類作成となった。4人いっぺんに授業に出ないと目立ってしまうからだ。田川が言う。
「なんか結構さぼり癖になりそう。結構何も言ってこないんだね。先生って」
「多分俺がいるからじゃないかな。まあ、次の実力テストでいい点を取れば大丈夫だよ。教師ってそういうもんだろう」
俺はそう思っている。成績優秀者には何も言ってこない。だから俺はテストに向けて頑張っているんだ。
「じゃあ、行ってくるな」
そう言って俺と田川は教室を出た。
教室を出て向かったのは屋上だ。今廊下に居たら授業前だから教師に見つかってしまう。だからまず隠れるように屋上へ上がった。そして、もう一つ。屋上から2年の教室をこっそり見ているのだ。覗き見スキルもここまでいけば立派なものだ。
「ねえ?いた?」
すぐ横で田川が横になっている。俺と田川は見つからないように寝転がりながら2年の教室を眺めている。俺は1階を、田川が3階の教室を見ている。
どこなんだろう。せめて何組かわかっていれば楽だったんだけれど。確実に3組でないことはわかっている。行った時に3組に新谷はいなかったからだ。
「あ、あれじゃない?1組の奥にいる」
言われて1組を見る。確かにそこに新谷はいた。
「もうそろそろ授業が始まる。そうしたら行こう、新聞部の部室へ」
そう言ってゆっくり体を起こした。風が吹く。
「きゃあ!見た?」
スカートがめくれそうになった。首を横に振る。今日は風がきつい。屋上だと風が気持ちいいが女性は大変だなと思った。
「先に中に戻っているから」
俺はそう言って振り返らずに扉まで走って行った。しばらくして田川がやってきた。
「じゃあ、行くか」
そう言って2階の廊下を歩いていく。新聞部の部室前につく扉は当たり前だが鍵がかかっている。
「どうするの?」
俺は前に一度鍵屋に鍵を開けてもらう時にじっくり見ていたことがある。金具をつかいながら見よう見まねで鍵穴と格闘する。
かちゃり。
音とともに扉があいた。
「やったね」
田川がハイタッチをしてきた。なんかテンションが高いなと思った。部室に入る。当たり前だが誰もいない。とりあえず当初の予定通り細工をしてまた鍵を締める。後は放課後にここを訪れるだけだ。気が付いたらチャイムがなっていた。早く教室に戻らないと。流石にここにいたことを見つかるわけにはいかない。それに細工に気づかれるのも避けたいからだ。
教室に戻るとすでに教師は職員室に戻ったみたいだった。近藤と上野の所に行く。
「できたよ、どう?ばっちりでしょう」
笑顔で近藤が言ってきた。「流石だね」って言うと笑顔で笑っていた。そう、ここに書いたのは七不思議のネタだ。一つだけこっちでねつ造をしている。内容はこうだ。
「4時44分 2階校舎中棟真ん中に霊が通り、霊障がおきる。経験したものは10日以内に悔い改めるものがある場合は懺悔をしないと異世界に連れて行かれる」
そう、その場所が新聞部の部室なのだ。そして、今さっき細工をしてきた。これが俺が最低と赤土さんに言われた内容なのだ。けれど、やられたままで終わらせるわけにはいかない。ま、一人じゃこんなことはできなかったけれど、みんながいたからできることだと思った。
それから俺は黙々と授業を受けた。気分は早く放課後、特に4時10分になることを待ち望んでいた。
「もうそろそろいいんじゃない?」
田川がそう言ってきた。時計は4時を回ったところだ。あまり早すぎると40分よりまえになってしまう。10分ほど会話をして出てからが丁度いいのだ。近藤が言う。
「緊張してきたよ。ちゃんとうまく言えるかな」
そう話すのは近藤がメインだ。近藤は何度も深呼吸をしたり教室を歩き回ったりしている。
「大丈夫、近藤ならできるよ」
そう言って、ぽんと頭をなでるように手を置いた。近藤が笑顔になる。
「ありがとう、なんだか大丈夫になってきた」
近藤が笑顔になった。今回説明するのが俺だと怪しまれそうだ。だから調査のメインは近藤が行ったことにする。
「じゃあ、行くか」
そう言って本日二度目の新聞部部室へ行く。ノックをする。奥から「どうぞ」と声が聞こえる。俺はちょっと強めに扉をあける。ドンという音が鳴った。中に入り「失礼」とだけ言った。近藤が言う。
「調べてきました。こちらがまとめた7不思議です」
そこのメモにはこう書かれている。
・夜中に音楽室のピアノが勝手に鳴り、曲を最後まで聞いてしまったら死んでしまう。
・4時44分に家庭科室の奥にある三面鏡を覗き込んだら鏡の奥から出てくる悪魔に連れ去られてしまう。
・中庭にある桜のうち校門から4番目の桜の下に死体が埋まっていて、夜な夜な俳諧をしている。出くわすと桜の下につれていかれる。
・技術準備室に真っ赤に染まったはさみがある。手にしてしまうと身近な人を切りつけてしまう。
・保健室に日本人形のような片足がない女の子がいる。その子と仲良くなると足を切られてしまう。
・4時44分 2階校舎中棟真ん中に霊が通り、霊障がおきる。経験したものは10日以内に悔い改めるものがある場合は懺悔をしないと異世界に連れて行かれる
・6つの不思議を知ったものが7つ目めの不思議に出会い「不幸」という名の呪いがかかる。
最後2つが創作だ。新谷が言う。
「これは取材をしたの?」
「はい、私がメインで行いました。といっても、確認すると異世界に連れて行かれてしまうので噂話を集めだだけですが、信ぴょう性はあると思います」
「これは何?」
そう、新谷はやはり6番目。そう、この部室でのことを指差している。近藤が言う。
「なんでも、霊の通り道がこの学校の真ん中にあるらしく2年校舎2階の真ん中を通るらしいです。しかも、知らなかった人には今までその霊障は感じられないらしいんですよね。なんかすごくないですか?」
「すごくないわよ。それにどこが中心か知っているの?」
「いえ、知りません。どこですか?」
「ここよ。この部室なのよ。今まで私はずっとこの部室にいるけれどそんな霊障なんて起きたことなかったわよ」
そう言っている新谷はかなり怒っていた。近藤は「でも、聞いたんです」とだけ伝えて黙る。
「まあ、いいわ。検討した上で金一封は考えるから、今日はこれで出て行ってちょうだい。私にもすることがいっぱいあるんだから」
そう言って、俺らは部室の外に追い出された。
「失礼しました」
そう言って扉を閉める。大丈夫。思った通りになった。時計を見ると4時40分。後4分だ。みんなで小さくガッツポーズをした。1年校舎の向こう側に赤土さんが立ってこっちを見ているのがわかる。何もあんなに離れなくてもと思った。時間が過ぎていく。4時44分になったので、ボタンを押す。そう、まず仕掛けたのはロッカーの奥に笑い袋を置いたのだ。しかも遠隔操作できるように。と言っても離れすぎると作動しないので扉を隔てた廊下からでないと操作はできない。笑い声とともに振動でロッカーがカタカタとゆれる。
扉越しにざわつきが聞こえる。扉ががたがたと音がするが開かない。そう、扉はスライド式。そして今開かないようでっぱりが丁度いい感じではまっている。俺が勢いよく扉を開けたのは仮止めしていたでっぱりを倒すためだ。出る時に若干ひっかかりを試したのだ。後は窓から光が入ってくるのはわかっているが電気を落とす。これで終了だ。ちょうど扉付近は薄暗いとでっぱりに気が付きにくい。
「じゃあ、行こうか」
俺はガッツポーズをしながら廊下を歩いて行った。1年校舎に差し掛かるところで赤土さんが笑っているのがわかった。小走りで俺は赤土さんに近寄る。赤土さんが俺を見て、こう言ってきた。
「やっぱり、最低さん、ですね。でも、ちょっと、すっきり、しま、した」
「どういたしまして」
「でも、明日、から、私が、また、狙われる、かも、しれま、せん。責任、とって、守って、くれ、ます、か?」
びっくりした。
「もちろん」
俺はそう言った。近藤たちが俺に追いついてくる。
「今の人は?」
「ああ、保健室の君だよ」
ま、名前を言ってもよかったんだけれど俺はついそう言ってしまった。田川が言う。
「変なの。ま、いっか。帰ろうよ」
そう、俺らのささやかな復讐はこうやって終わったのだった。
~エピローグ~
5月も下旬。実力テストも終わり、答案も帰ってきた。職員室の廊下には学年10位までの名前が張り出されている。
「うわ~赤点は免れたけれどきっついな~さぼりすぎたかな」
田川はそう言って答案を見せてきた。確かにぎりぎり赤点でない答案ばかりだ。田川が言う。
「羽島っちはどうなの?」
「え?田川っち知らないの?職員室前の廊下に張り出されていたじゃない」
上野がそう言う。そう、俺は学年で2位だった。ちなみに、1位も同じクラスにいる。上岡さんだ。おっとりしているが勉強はかなり力を入れているのがわかる。田川が言う。
「え?羽島っちって頭いいの?なんかずるいぞー。近藤はどうだったの?」
近藤は見せるように英語の答案を見せてきた。89点だ。
「見て見て、英語でこんな点数取ったの初めてだよ。やっぱり羽島っちに勉強教えてもらって正解だったわ」
「え~ずるい。私も勉強教えてよ」
田川がそう言ってきた。上野も乗っかってくる。とりあえず、あれから新谷は何もしてこなかった。俺にも赤土さんにも。それに俺が何度も保健室に顔を出しているということもあるかもしれない。
「ちょっと行ってくるわ」
俺はそう言って保健室に向かった。途中に職員室が張り出している成績表がある。ふと目をやると2年の学年トップに「赤土芽衣」とあった。名前がこれでわかった。保健室の扉をガラガラっと開ける。そこにやはりこちら向きで座っている小柄で真っ黒できれいな長い髪をした女性が座っている。もう大丈夫だろうと思って近づくと、教科書を盾にして「近づかないでください」と言ってきた。
「近寄ったらダメ?芽衣さん」
「なんで、私の名前を知って、いる、んです、か?やっぱり、あなたは、ストーカーだったの、です、か?」
あんまり距離は変わっていないのかもしれない。でも、この距離が居心地がいい。
「で、なんで、英語、で、話す、のです、か?」
「なんとなく」
今日も平和でよかった。そう、それが束の間の平和だとしても。そう、本当にそうなるなんてこの時の俺は知る由もなかったが。




